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饗宴編 高貴で愚かな王子様

高貴なる王子、アルフォンス視点です。

 




「なんでこんなことに……」



 アステリア王国第一王子、アルフォンス・エーデル・アステリアは王宮の自室で天井を睨みながら首を傾げていた。


 彼はこの国の第一王位継承者で、国王としての輝かしい未来が約束された存在であった。

 父親譲りの美しく整った容姿、母親譲りの王侯貴族としての誇り。母の実家は王家にも劣らない富豪の貴族なので幼少期から金に困ったことは一度たりともなく、欲しいものを言えばすぐに手に入る生活を過ごしていた。


 それでも決して傲慢にならず、必要以上に我儘も言わずに己を律し母の期待には応え続けていた。




「アルフォンス、おまえは何も心配するな。次の王位はおまえであり決して低俗な血の通う愚かな灰の王子ではないのだから」


 母である正妃カトリーナはそう言って、存命中の父が離宮に暮らす義弟と側妃に会いに行った夜は寂しがる幼き日のアルフォンスの頭を撫でて慰めてくれた。


「母上……僕はあの親子が好きではありません。義弟に僕と半分は同じ血が通うだなんて考えるだけで寒気がします」


「ああ私もあの側妃おんなも燃え滓もとても目障りだ。時を待てアルフォンス、神は王宮に資格なきまま居座る愚か者共に、きっと等しく罰を与える」


「……早くいなくなればいいですね母上」


 親子の会話を隣で聞いていた侍女も護衛騎士も、誰一人表情を動かさなかった。

 過去に王妃による側妃親子へのあたりの強さを嗜めた長年仕えた従者は次の日、王宮からはまるで最初からいなかったかのように消えていたという事件があったからだ。

 ここはそういう場所なのだ。誰もが王妃と王太子には逆らえない。逆らわない。


 王妃の不興を買ったらその瞬間が最後なのだ。




 その数年後、父である国王陛下は亡くなった。生まれつきの病が原因であった。


 そして瞬く間に側妃と側妃の一族の国家に対する反逆の罪が暴かれて、愚かな側妃の家門は断頭台の露になった。


 ただ一人、国王陛下の血を引くという理由だけで存命が許された灰の王子を残して。


「何も心配するなアルフォンス、おまえの王座はほぼ確約している。あとは正しい妃を迎え、アステリア王国の王族の血を繋げてくれれば私はそれ以上は望まない」


 全てが完遂してからことの次第を知って恐れを抱く王太子に、満足そうに笑う王妃ははが用意した婚約者は国内の四大公爵家の一家、建国からの名門公爵家の娘であった。


 エスメラルダ・ロデリッツ


 絹糸のような金の髪と翠玉の瞳の公爵令嬢。

 文武両道、容姿端麗。この国で一番厳格な公爵に育てられた彼女は、模範的な令嬢で誰もが目を惹きつける魅力の持ち主であった。


 だがアルフォンスはどうもこの令嬢が好きになれなかった。


 こちらを射抜くようなまっすぐな目は、時折自分の秘め事をすべて見透かされているようでいたたまれず、たまに婚約者として顔を合わせるエスメラルダからは敬愛の情は微塵とも感じなかった。

 うっすらと、どうせ嫌われているから距離を取りたいと思うくらいにはアルフォンスはエスメラルダに対してひとかけらも情も芽生えることはなかった。


 それでも表面上はなるべく穏やかに対応した。

 エスメラルダが嫌味のように学力試験で首席を取り続け、上位10位には修まっていることになっているアルフォンスの成績に「前より順位が落ちている」などと嫌味を言ってきた時は本当に腹がたった。


 だがその女も、もういない。愚かな罪を犯して裁かれた。


 やはりこの王宮において、アルフォンスの隣に立つのにふさわしくない者に神は裁きを与えるらしい。





「またリリエッタがやらかしたのか。何回やれば気が済むんだ。本当に勘弁してくれ」


 アルフォンスが頭を悩ませているのは、王妃からの毎日のような苦情である。

 来月に控えている婚約披露パーティーで着るドレスやヘアメイクについて王室御用達の服飾店の店主に、エスメラルダの代わりに次期王妃候補となった少女リリエッタが噛み付いたらしい。


 流石に王妃にクレームはつけないが、その店主は『事実を報告』を強調してリリエッタの愚かな言動を述べ上げた。


 王妃の隣でそれを聞いていたアルフォンスは、王座に座る母が怒りを通り越して感情が無になっているのを見てこの世で一番恐ろしいものを見てしまった気がした。



「リリエッタがここまで愚かだと思わなかった。僕はどこで間違えたんだ……」


 アルフォンスは不満をぶつぶつと呟きながら天井を睨み続けた。


 不満なのはそれだけではない、唯一助命された愚かな灰の王子のアッシュは、病に侵されたというのにいまだに庭園の隅の離宮にてしぶとくみっともなく生にしがみついている。


 言葉にはしないが、アッシュが生きていることがアルフォンスは不満だった。

 国家反逆なんて重い罪を犯した側妃の息子なのだから、他の家門のものと同じく連帯責任で潔く首を刎ねられればよかったのだと思っている。


 第二王子のアッシュが生きている以上、アルフォンスの王座は“ほぼ”確定であって、100%確約ではないことがこの上なく不満だ。


「あんなボロボロの痩せた体に真っ白な髪で惨めに生きていくなんて僕には恥ずかしくてできないね」


 アルフォンスはそう言って鏡を見た。

 美しい金の髪、高貴なる青い瞳の整った容姿の美青年。きっとこの国で一番美しい男は?と王宮の女に尋ねたら誰もが『王太子アルフォンス』と答えるだろう。

 それくらいにアルフォンスは非の打ち所がない程に美しかった。



「……………」



 だがふと一瞬、とある男の顔が二人よぎった。


 一人は追放した元婚約者の兄であるエドワルドだ。

 公爵令息として、アルフォンスがこの世で一番苦手な男であるロデリッツ公爵の隣に立っていたところを何度も見たことがある。

 最近では、娘の罪により謹慎を言い渡されている父のロデリッツ公に変わり息子のエドワルドが会議に出ているらしい。

 なんという身の程知らずだとアルフォンスはそれを伯父である母の兄、アルバート公にきいたときは失笑した。


 だが、エドワルドは美しい男であった。

 妹のエスメラルダと同じ血が通うのだ、それは当然だが美しさの格が違った。

 繊細な人形のようなきめ細やかな白い肌と光を浴びて輝く金糸雀色の髪、エスメラルダと同じ透き通る翠玉の瞳。

 アルフォンスとは違った儚げな美貌は、人によってはアルフォンスより美しいと答える困ったものもいるかもしれない。


「ま、まぁ人の好みは仕方ない。公子は背が低いからね。僕のほうが背が高い。なので男らしさなら僕のほうが上!つまり僕が一番!」


 アルフォンスは自分を誇示するように声を上げた。

 エドワルドはアルフォンスより五つ年上だが、背丈は平均的な身長のアルフォンスより目に見えて低かった。彼のプライドはかろうじて守られた。



 そしてもう一人の男も頭をよぎる。

 アルフォンスの亡き父の妹姫の産んだ従兄弟のヴィンセントだ。


 筆頭公爵家のデュラン家は、嫁いだ王妹ステラーシャの権威によってこの国で二番目の権力を誇る、ロデリッツ家と並ぶ名門だ。

 当主であるデュラン公は年若く、母のカトリーナより10歳近く年下で妻であるステラーシャ夫人よりも3つ年下であった。

 その容姿はとても若々しく整っていて息子であるヴィンセントと並ぶとまるで兄弟のようで、アルフォンスは顔を合わせることが多い従兄弟親子を見るたびに『なんか変』だと内心思っていた。


 そんな若い父親のくせになまじ親子愛が強いのか、王宮でよくデュラン親子は二人で肩を並べて仲睦まじく過ごしているのを見かける。

 王宮の高位貴族のみに使用が許された食堂のテラス席で友人のように談笑しているところを見た時は、三年前に父王陛下を亡くしたアルフォンスの心に暗い影をしのばせた。


 その息子ヴィンセントは、アルフォンスから見た叔母であるステラーシャの髪色を継いで夜空に輝く星のような銀の髪の公子であった。

 王家と同じ青い瞳は、アルフォンスのものとも微妙に違って少し暗い。

 父親と母親の良いところを掛け合わせた従兄弟もまた美しい男であり、本人は隠しているが長身のデュラン公の遺伝子を立派に継いだのかアルフォンスより背が高かった。


「ま、まぁヴィンスは軟派だし誠実な雰囲気はない。情に甘いのは結構だけど甘すぎていまいち頼り甲斐がない!つまり誠実性がある僕の勝ち!」


 アルフォンスは自分を誇示するように再度声を上げた。

 ヴィンセントはせっかくの美しい銀髪も、中途半端に長く伸ばしていてあまり真面目な男には見られなかった。

 流石にヴィンセントをアルフォンス以上に美しいという稀有な人間は、エドワルド以上にはいないと思うので再度、彼のプライドはかろうじて守られた。





「………ってことがあったのです」


「それは大変でしたね。ご苦労されたようで、ご心痛お察しいたします」


 気を取り直したアルフォンスが部屋を出て執務室に向かうために王宮の廊下を歩いていると、どこからか声が聞こえた。


 なんとなく声の主を探ろうとすると、王宮で働く服飾係の女性がいて廊下に置かれたソファに座って困った様子で嘆いていて、そんな彼女にダークブラウンの髪の少女が寄り添って話を聞いているところだった。


「ソフィアさん……ありがとうございます。少し自信をなくしかけていたところでした」


「リリエッタが迷惑ばかりかけてすみません。後で私がよく言って聞かせますので」


「ソフィアさんが謝ることじゃないですわ!あなたもだいぶ苦労をしていると噂になっています。……本当、何故王太子殿下の婚約者候補があのような方なのでしょう。すぐ近くにこんなお優しいソフィアさんがいらっしゃるのに」


 憤慨した様子で女性は漏らすと、項垂れていた頭を振ってから静かに立ち上がる。


「私なんてダメですよ……リリエッタによく言われます。ソフィアは地味で目立たないのに背丈だけは高くてみっともないって」


「そんな……なんて酷い!ソフィアさん、身長なんて気にしちゃダメですよ。あなたはとてもお綺麗です」


「(あれはソフィア・オベロン伯爵令嬢……リリエッタが怒らせて家に帰ったと聞いたけど王宮にいたのか)」


 どうやらソフィアは、リリエッタの授業ぶっちぎり事件で喧嘩別れをした後もリリエッタの起こす騒動の尻拭いを人知れずしているようだ。


 その横顔はどことなく疲れが滲んでいる。




 悩み相談を終えた女性が去るのを確認してから、アルフォンスは柱の影から姿を現した。


「こんにちはソフィア」


「……アルフォンス殿下、こんにちはご無沙汰しております」


 ソフィアはアルフォンスに気づくと、側座に丁寧なカーテシーで礼をした。

 その寸分狂わぬ姿勢、いまだに綺麗な礼のできない婚約者リリエッタに見習わせてやりたい。


「いいよ、楽にして。二人きりで話すのはあの日以来かな?」


 あの日。リリエッタが階段からエスメラルダに落とされた日のことだ。

 あのまま頭を打って死んでくれても構わなかったのに……ふとアルフォンスは頭の影に浮かんだ黒い思念に、自分で気づいて怖くなる。


「(僕は今、何を考えた……)」


「はい、あの時はリリィを助けていただきありがとうございました」


「僕は何もしていないよ」


 実際何もしていない。叫び声を聞いて犯人と思わしきエスメラルダを詰っただけ。

 階段から落ちたリリエッタを運んだのは、アルフォンスの腰巾着たちだ。


「いえ、殿下のお力があっての偉業ですわ。おかげで悪辣卑劣なエスメラルダ様を追放して学園に平和が訪れました。これも全てアルフォンス殿下のおかげです」


 ソフィアはそう言って嬉しそうにはにかんだ微笑みを浮かべた。


「そ、そうかな…」


 なんだか久しぶりに誰かに褒められた気がして、アルフォンスは上機嫌になる。


 それにずっとリリエッタの隣で引き立て役をしていたけど、ソフィアも単体で見たら案外可愛かった。

 地味だと思っていたけど、落ち着いたシックな美人だと思ったらわりとアリ寄りかもしれない。


 彼女の物静かな雰囲気は、リリエッタの騒がしさに嫌気がさしたアルフォンスには新鮮だった。


「リリィも、頑張ってはいるんです。いまだに成果は追いつかないけど王妃教育を始めた頃に比べたらとても良くなってると思います」


「あ、リリィ……うん、リリエッタね。きみもリリエッタって呼んで、あの子は王妃になるから」


「失礼しました。リリエッタもアルフォンス殿下の隣に立てるように頑張っています。どうかお優しいアルフォンス殿下のご慈悲を授けてください。私、親友がこのままだと見捨てられないか心配なんです」


「ソフィア……」


 ソフィアは眉を寄せて頼りなさそうに自分の肩を抱くと、紫紺の瞳を震えさせる。

 そのどことなく漂わせる儚さは、久しぶりにアルフォンスの中の守ってやりたいという気持ちを呼び起こした。


「お願いします、お優しいアルフォンス殿下はきっとこの国の良き名君となるでしょう。その時に隣にいるのがリリエッタ以外の女性だなんて、私……耐えられないんです!あの子の頑張りを無駄にしないであげてください」


「………そうだよね。リリエッタも頑張ってはいるんだよね」


 ソフィアの説得が通ったらしい。

 先ほどまでどことなく不機嫌そうなアルフォンスは、何かを乗り越えたような雰囲気だ。


「うん。僕も少し母上に詰められて気が滅入っていたみたいだ。ありがとうソフィア」


「繊細な殿下ですから、きっと私のような者にはわからないたくさんの悩みがあるのでしょう。どうか私にその悩みの解決のお手伝いできることがございましたら何なりとお申し付けください」


 ソフィアは再度丁寧に礼をした。

 どこまでも謙虚で控えめな少女だ。


 アルフォンスは不満や我儘ばかりを主張するリリエッタや高飛車で傲慢なエスメラルダにはない魅力をソフィアからひしひしと感じはじめた。


「ありがとうソフィア、リリエッタはとても良い友人を持ったね」


「アルフォンス様……私のような者にまでとってもお優しいお方、あなたの統治が待ち遠しいです」


「ソフィアはオベロン伯爵家だったね、僕が王位を継いだ時に備えてきみの家をよく覚えておくよ、今後ともきみとは仲良くなりたいね」


「まぁ、ありがとうございますわ。お優しくて偉大なるアルフォンス殿下にお礼申し上げます。それでは私はまだリリエッタの事でお詫びしなくてはいけない方がいますので失礼します」


 ソフィアは最後にもう一度丁寧なカーテシーをして、去っていく。

 歩き姿も美しい。リリエッタはいつもくねくねと腰を動かす癖があり、マナー講師のスカー夫人に怒鳴られているのだ。


「ソフィア嬢か……身長がもう少し低かったらよかったのに」


 その背中を見ながらアルフォンスはつぶやいた。

 彼女の背丈は、下手な男性より高いのだ。平均身長のアルフォンスはあまり隣に立ちたくはなかった。











「お優しく偉大……か」


 アルフォンスから離れ、ぽつりとソフィアしかいない通路に聞きなれない低い声がした。


「愚かで間抜けな馬鹿王子の間違いだろ」


 ソフィアは低い声で、こちらを気色の悪い顔で見つめるアルフォンスの顔を思い出しながら皮肉に笑った。


 その目はぞっとするほど冷たい眼差しであった。



高貴なる馬鹿王子、自分に好意があると思った瞬間可愛く見えるタイプの人、……ダメだこりゃ。


アステリア王国の成人男性平均身長が175cmくらい


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