饗宴編 合コンをしよう!①
「ブラン商会で仕立て屋をやってますメイスでーす」
「ガラハッド騎士団副団長を務めておりますガレスと言います」
「聖ルチーア教会所属のシスター、セラフィナと申します」
「………レオンです」
「じゃあ、出会いを祝して〜乾杯!!!」
「「乾杯」」
「………」
乾杯の軽快な音を鳴らしてからレオンは無言で酒を飲み思った。
「(俺は何をしているんだ………)」
メイスに男の人を紹介されたから顔合わせの場に付き添って欲しいと頼まれたのは昨日の話である。
ミルリーゼの店のバイトを速攻で辞めたかったレオンにとって、「辞められるようにミルリーゼに口添えする」というメイスの甘い囁きは地獄に落とされたレオンが見た細い蜘蛛の糸であった。
酒を飲んで居るだけで良いという話だし、王都から辺境に来ているメイスには知り合いも少なく、未成年のミルリーゼや酒の苦手な弟のロッドに酒の席を頼むよりは良いだろうとレオンも納得して今夜この場に来たのだ。
「レオンくんお仕事は?ブラン商会アルバイト従業員でええんやで?」
「レオン殿、団長がガラハッド騎士団で事務顧問として雇いたいと先日言っていましたよ」
「レオン様はエル様の家庭教師ですわ、それはそれはとても素晴らしい指導をなさっております」
「…………」
どういう縁かミルリーゼがメイスに紹介したいというガレスはレオンも顔見知りの男であった。
辺境滞在中に多大にお世話になっているガラハッド辺境伯の私設騎士団にて副団長を務めている男性で、副官として毎日、団長である辺境伯をサポートして勤勉に勤めている。
初見、その利発そうな顔立ちや立ち振る舞いにレオンは「辺境にも事務仕事ができそうな男がいるじゃないか」と勝手に評価したが彼の作った文書の辛うじて読める程度の汚すぎる文字を見て勝手に裏切られた気分になったのは記憶に新しい。
それでも性格はガラハッドの騎士らしく誠実で温厚、武術も騎士団の中でもトップクラスな有能な男である。
「ミルリーゼさまが『酒は三杯しか頼むな』って言うんよ、だから間違えてセラフィナちゃんの分頼んでもうたエール酒はノーカウントな!」
「ふふふ、わかりましたメイス様」
目の前で着席と同時に勝手に注文した大ジョッキのエール酒を両手に持ちながら豪快に煽る女性は、ミルリーゼの店で働く同僚であった。
知り合いで顔馴染みのロッドの姉だというこの女性は、レオンの知り合いの中でも屈指の常識人のロッドと絶対に血の繋がりはないと確信できるほど性格が真逆であった。明るくて活発といえば聞こえはいいが、正直賑やかすぎてテンションが常に高い。
前々からうるさいと思っていたミルリーゼでさえ彼女の隣にいるとおとなしく感じることも多いくらいだ。
メイスは聖職者のセラフィナが戒律でワインしか飲めないことを知ってか知らずかエール酒を彼女の分まで注文してしまったので、セラフィナの分のジョッキを即自分のものにして豪快に飲んでいる。
「………セラフィナ嬢。あなたは何故ここに?」
「昼間騎士団にお邪魔していたら、ガレス様にお声掛けいただきました」
セラフィナは白ワインのグラスを上品に傾けながらレオンの質問に答えた。
どうやらメイスがレオンを誘ったように、ガレスも同行をお願いしたのだろう。レオンとしても知らない女性が来るよりは気持ち的に楽ではあった。
「騎士団で何を?」
「それは………ねえ、うふふふ」
「セラフィナ様は当騎士団若手部隊の格闘技術向上のためにご協力いただきました。……次からは、いらっしゃる時はご連絡ください。お迎えにあがります」
セラフィナはまたやらかしたらしい。
レオンはこの場では怒る気になれなかったし、今回は加減をしたのか傷も特に残っていなかったので一旦見逃すことにした。
あとで問いただそうと胸に誓いながら無言で酒を煽る。
「セラフィナ嬢もガレス殿と面識があったのですね」
「先日、カイル様とデートをしていた時お会いしましたの」
「…………」
こいつら来月には辺境領の命運をかけたパーティーがあるのに何をやっているんだろうかとレオンは静かに思った。
「えー!?デート!?セラフィナちゃん彼氏おるん!?」
「カイル様は彼氏ではございませんわ。デートと言ってもエル様が休日としてお休みをくださって、リフレッシュしてこいと街に送り出していただいたのです。カイル様と親睦を深めるのもパーティーのパートナーとしては大切なことですから」
「(カイル坊ちゃんとセラフィナ様は婚約者ですからね、彼氏と呼ぶのは違いますね。セラフィナ様、あなたの意思はガレスは理解しております)」
ガレスはガラハッド伯から直接、セラフィナを『カイルの嫁』と呼んでいたのを聞いているので、その認識はいまだに残っているようだ。
セラフィナとカイルの関係性の誤解は徐々にガラハッド辺境領に拡がっている。
「(なんだ、エル様のお考えか。確かに毎日ダンスの練習は体に負担がかかるし休日も必要だな。流石エル様だ。カイルとセラフィナ嬢の仲まで考えるとはきちんと見ておられる)」
レオンはエルが関わってると知った瞬間に手のひらを速攻で返した。
「なんか頑張っとるんやね!メイスちゃんも頑張って綺麗なドレス作るから楽しみにしとってなー!あぁ、そやドレスのデザイン見て欲しいからあとで店に来れる?」
「はい!お邪魔させていただきます!」
メイスは労いながらセラフィナを誘う。
いつのまにか二杯分飲んでいた彼女のジョッキは、まだレオンが半分も飲んでいないのに空になっていた。
“うわばみ”、いつの日かのミルリーゼが彼女をそう呼んでいたがその言葉に間違いはないようだ。
「店員さんー!エール酒おかわり!ピッチャーで!!……みんな酒全然進んどらんやん!どうしたー?三回制限のウチに遠慮せんでええんやで」
「俺のペースで飲んで居るから構わなくて結構です」
「あの……自分も普段からこのペースなので」
「メイス様のペースでお楽しみください」
まだ一杯目の酒が残っている各々の杯を見ながらメイスは店員が運んできたピッチャーの酒を直飲みする。
基本的に分けるために存在するピッチャーの酒を受け取った瞬間に躊躇いなくそのまま口をつけたメイスを見て酒場の店員は「えっ」という驚いた顔を浮かべた。
そんな出鱈目な飲み方をする人物が過去にいなかったのだろう。
「ガンガン進めていこかー!じゃあ自己紹介タイム続行な。年長者順に答えていこか、まず好きな食べ物はー?」
「あっ……自分は魚料理が好きです。鮭のムニエルとか」
この卓の最年長26歳のガレスは答えた。
確かに近くに鮭が登る川があるのか、鮭料理は結構な頻度で辺境の食卓で見かける気がする。
「好き嫌いはないが、珈琲は良く飲む……食べ物なら故郷のポテトスープは好きだが最近は食べていないな」
24歳のレオンは実際なんでも食べた。
与えられるならエルの暗黒料理でさえ残さず食べる。(そして半日倒れる。)彼の育ってきた環境は好き嫌いなど絶対に許されなかったからだ。
「どう言ったお料理なのですか?」
「芋を煮溶かしてスープにして、適当に塩で味付けをするだけだ」
「素朴な料理なんですね。自分も好きかもしれません」
レオンの説明を聞きながら、ガレスは未知の料理を想像する。彼の説明だと芋味のシンプルなスープが浮かんだ。
「なんとなくわかりました、うふふ……では今度お作りしますね」
セラフィナはふんわりとした雰囲気を纏いながら微笑んだ。
このシスターは前に飲んだ時も酔うのが早かったので、今回も酒が回りはじめているのだろう。
とはいえ悪酔いはしないし、変に絡んでは来ないのでレオン的には問題はない。隣でうわばみを発揮しているメイスの数倍マシである。
「なんやなんやー!そこええ感じやん!」
「レオン殿とセラフィナ様は、団長の家にお住まいなのですよね」
「はい、エル様も一緒にガラハッド辺境伯のお屋敷にお世話になっております」
「セラフィナちゃんの料理ウチも気になる!今度食べさせてなー?」
「わたくしでよければ、いつでもお作りしますね」
「………」
レオンは既にピッチャーの酒を半分にしているメイスを見た。
どうも先ほどからメイスはガレスを紹介されていると言うのに、どちらかと言ったらセラフィナに絡むことの方が多い。
年が近い同性な分、話しやすいのは理解はできるがこれではあまり紹介された意味がない気もしたが、レオンには関係ないので思うだけにする。
「えっとー、ウチの好きな食べ物はザッハトルテと木苺のミルフィーユとマカロンとミルクレープや!どや、女の子らしいやろ」
「………本当は?」
23歳のメイスが頑張って覚えた横文字のデザート名に、嘘を見破ったレオンは低く尋ねた。
「イカの塩辛と蟹味噌、あとエイヒレ」
「わかります、お酒に合いそうですね」
メイスはあっさりと嘘を認めて本当の好みを白状する。
酒飲みの彼女らしいメニューに、ガレスは納得して頷いた。
「メイス嬢、甘党のふりをしたいなら酒のペースを抑えた方が良いです。せめて甘い酒を上品にお飲みください」
「あかん!カシオレなんて飲めへん!5秒で終わる!!」
「そっちですか!!ゆっくりしたペースで飲めば良いんですよ!水みたいにガバガバ飲まないでもっとセラフィナ嬢みたいに味わって」
甘くて無理、的な理由かと予想したら量の問題らしい。あまりにも酒飲みらしい理由にレオンは思わず突っ込んだ。
「酒は水や!!!命の水や!!豪快に流し込んで喉越しを味わうのがウチの楽しみ方やねん!!ほっといてーな!!」
メイスは叫んだ勢いでピッチャーの酒を飲み干すとドン!!と大きな音を立ててテーブルに置いた。
おおー!!と周囲の客から拍手が上がり、徐に近寄ってきた店員は頼んでいないのにピッチャーのエール酒を運んできた。
「マスターからです。お客様に感銘を受けたとのことです」
「やったー!おおきに店主さん!!これはノーカンな!ノーカンやから!ええな!」
「………ご自由にどうぞ」
ミルリーゼはおそらく通常のグラスサイズで「酒三杯」を指定しているのだろうが、いつのまにか三杯は三回に変更されて、飲酒量も既に大幅にオーバーしているがレオンは関係ないのでスルーする。
もう勝手に酔い潰れていていただきたい。
「ご自由にするわ!!……じゃあセラフィナちゃんやね、好きな食べ物は?」
「わたくしも好き嫌いは基本的にしないようにしておりますが〜強いて言えば赤身肉と鳥ささみとゆで卵が好きです〜」
ワイングラスを傾けながら、21歳のセラフィナはすっかりとろけそうな表情で答えた。
このシスターは酔うとふわふわになる。いつもよりおっとりとした口調になるのでわかりやすい。
「………」
なんか戦士みたいな食べ物だなとレオンは思ったが個人の嗜好なのでコメントしないでおいた。
聖ルチーア教が肉食を禁じていない以上、清楚なシスターが牛肉を食べようが鶏肉を食べようが問題などないのだ。
「えっセラフィナちゃんガッツリ系なんやね、肉食系女子や!」
「セラフィナ様、騎士団の食堂にそのようなメニューがよく出ますよ!また今度いらした時は食堂にもお越しください」
「まぁ、ありがとうございます」
「(なんでガレス殿は当たり前のようにセラフィナ嬢の騎士団訪問を受け入れているんだろう)」
レオン、セラフィナ、ガレス、メイスの謎の合コン(in北の辺境の酒場)はまだまだ続く。




