饗宴編 デートに行こう!①
そんなことしている暇はないはずだがデートをします
「ここ数日レッスンが続いたから今日はお休みにしてあげるわ、ちょっとカイル、セラフィナを連れて街でデートでもしてきなさいよ」
「はぁ!?!?!?!?なんで!?!?」
連日のダンスレッスンやマナー講習が続いたある日のガラハッド邸にてエルは、カイルとセラフィナの前で唐突に言い出した。
「エル様お気遣いは不要ですわ、わたくしに指南を!」
「セラフィナ、正直あなたはもう完璧といっていいの。いつパーティーに参加しても問題ないのよ」
「そんな……わたくし、まだまだエル様に教えていただきたいです」
熱心なセラフィナはエルの鬼のような修行にも耐え切って、パーティーで踊るダンスも王宮でのマナーも見事に習得した。
二ヶ月ほどの短い期間でどこの貴族令嬢にも劣らない完璧な淑女となったのだ。
「セラフィナはいいの。そう、セラフィナ“は”……」
ギロリとエルは、大量の汗をかきながら目を逸らしているカイルを睨む。
「な、なんだよ!オレだって手を繋げるようになったし」
「………」
「ダンスだってさっきは三回しか間違えてない」
「………」
「なんだよ!!まだ一ヶ月くらいあるじゃん!!組み手からはだいぶ進歩しただろうが!!学校の授業なら“良”がもらえるって!!」
責められた視線にカイルは慌てて反論する。
カイルの学生時代の教養として学んだダンス教科の成績は常に赤点であった。
それを手を握ってきちんと踊れるようになっただけでも彼としてはものすごい進歩なのだ。
同じ授業を受けた同級生から失笑と憐憫の視線に晒されたあの時の自分に見せてやりたいくらいだ。
「だめよ、これは学校の授業ではないの。あなたの家と領地が関わる戦いなの、私は良でも優でもなく秀しか認めません」
「う………この鬼教官!」
「なんですって!!」
カイルは言葉に詰まる。
流石に家と領地を持ち出されたら言い返せないのだ。
それにエルの忠告は実際に事実である。
王太子アルフォンスの招待にはガラハッド辺境伯家への脅迫のニュアンスも含まれているのは確定的に明らかだ。
「とにかく今日はお休みです、私も剣の訓練をするから二人は街でデートしてきなさい」
「……なんでデートになるんだよ」
「王宮に行く時は、あなたたちはお互いを世界一愛してるパートナーの仮面をかぶってもらうからよ。とりあえず今日の課題はデートでもしてお互いの親睦を深めること、でもデートだけね。それ以上はダメ」
「ば、、、馬鹿!エルの馬鹿!!何言ってんだよ!!!!!!!!!!」
エルの話にカイルは顔を真っ赤に染める。
この男は18歳になってもいまだにまともな恋愛耐性がないらしい。
「セラフィナもいい?あなた休みの日は奥様のお手伝いばかりしてるじゃない、たまにはのんびり羽を伸ばしてきなさい。これは餞別よ」
エルはそう言って銀貨や銅貨の詰まった袋をセラフィナに渡した。
「そんな!いただけませんわ……!!」
「いいのよ。あなたには普段からお世話になってるんだもの。これくらいはさせて……じゃあそう言うことで解散!」
「エル様……!!」
エルは手をひらひらと振りながらそそくさとダンスのレッスン部屋を出て行った。
本人の言うとおり、本日は剣の修行をするのだろう。
「なんだよエル!……えっとセラフィナ、なんか変なことになってごめんな!どうしよう」
「……このお金はお返ししたいです」
「そ、そうだよな!!」
セラフィナは渡されたままのお金を見ながら困り眉だ。
仲間から突然お金を渡されても困るのは当たり前の反応だろう。普段から清貧な生活をしているセラフィナなら尚更だ。
「とりあえずデート……とまでは行かなくとも、街に行って散歩でもするか?」
「それなら、わたくし騎士団に行きたいですわ」
「騎士団?親父の騎士団だよな、なんでそんなところに?」
穏やかなシスターの突然の申し出にカイルは不思議そうに首を傾げた。
だが、他にすることもないしエルの命令を無視して何もしなかったらそれはそれで後が怖いのでとりあえず大人しく従うことにした。
「あ、ブラン商会の馬だ。お前ここにいたのか!」
セラフィナの希望とおり、ガラハッド辺境伯の私設騎士団の駐屯所に来た二人は、散策中に偶然通りかかった厩にて見覚えのある馬を見つけて声をかけた。
その茶色い毛の馬は、旧都からの旅路で共に歩んだ荷馬車引きの彼であった。
「セラフィナ覚えてるか?ブラン商会の荷馬車を引いてたあいつだよ、どこにいるのか不思議だったけどここにいたのか」
カイルは慣れた手つきで馬の頭を撫でる。
馬は嬉しそうに目を細めた。
「覚えておりますわ、カイル様が気にかけていらした方ですよね」
「そう!親父がミルリーゼに貸した店には馬小屋とかないからどうしてるか気になっていたんだ」
「騎士団にいらしたのですね」
彼も立派な旅の仲間だ。
彼の現在の住処が、馬の扱いに慣れた者が多いこの場所にいてカイルはとても安心した。
「やっほーカイル!うちの馬の面倒を見てくれてるのかい?」
突然背中から声がした、振り返るとバケツにいっぱいの野菜を持ったミルリーゼが立っていた。
「ミルリーゼ!」
「お姉ちゃんもおはよう!この子の名前はプリンセスリーゼチャンだよ!パパとワンドが勝手につけた名前だから僕へのツッコミは受け付けないよ」
「プリンセスリーゼチャン様ですね」
「………すごいセンス」
ミルリーゼが実家でどのような扱いを受けているのか大体察する名前だ。
リーゼチャンはおそらくだが彼女の実家での呼び方だろう。
「ワンドって?」
「ロッド様のお兄様とうかがっておりますわ」
「うちで働いてる三兄弟の長男ね、パパの義弟だから僕の義叔父だね」
馬に持ってきた野菜を与えながら、ミルリーゼは簡易に説明した。
馬は美味しそうにポリポリとにんじんを齧っている。
「????、えっとミルリーゼの親父さんの妹の旦那さんとか???」
「ううん、パパと義兄弟の杯を交わして“ワンド・ブラン”って籍を作ったんだ。旧都なら昔はパパのコネでなんとかできたから」
「えっ、それ法的に良いのか?」
「あんまり良くないね。でも籍があった方がいいし名目上ブラン家に入れば貴族にもなれるからグランパの養子ってことになってるよ」
ミルリーゼはそう言って馬の立て髪を小さな手で撫でた。食事を終えた馬は満足そうだ。
「そういうのオレやセラフィナにベラベラ話して大丈夫なのかよ」
「……今の話はなるべく早くお忘れしましょうか?」
エルのチームでも特に善性の高い二人だ。
ミルリーゼの口から語られたグレーな話に二人とも反応に困った様子である。
「……二人は王宮に行くだろ?うちも招待されてるらしくてさ、そういうパーティーはパパじゃなくてワンドが行くことが多いからもしかしたら声をかけてくるかもしれないんだ。それで驚かせないようにあらかじめ教えておいた方がいいと思ったんだけど……籍のことは気にしないで!あいつ酒の肴で自分からベラベラ話すことも多々あるし」
「……なんかすげえ軽い性格だな」
「とにかく、王宮のパーティーで金髪の長髪の貴族の男がなれなれしく声をかけてきたら身内だから安心して!僕の義叔父!お姉ちゃんはメイスに会ったからわかるよね、メイスの3倍うるさい!!」
「メイス様以上に賑やかな方なのですね」
セラフィナの脳裏には、先日ブラン商会であった西の言葉を操る快活な女性が浮かんだ。
彼女も一人でボケとツッコミを繰り出して場の雰囲気を盛り上げるとても明るいの印象だ。
「もしかしてオレたちの情報って、おまえの家にだいぶ共有されてる?」
「おっカイルのくせにするどいじゃん!今日は冴えてるね、お姉ちゃんとデートだから?」
「……笑ってごまかすなよ。エルの情報もなのか?」
カイルは腕を組んで、真剣な眼差しでミルリーゼを見据えた。
「だとしたらどーする?」
「………」
「カイル様……ミルリーゼ様……」
一瞬、先日のエルとレオンの間に漂ったような雰囲気が二人の間に流れた。
カイルは気性が穏やかだし、ミルリーゼもエルたちほど気位が高くないのでそこまで激しいものではないが、それでも場の雰囲気はあまり良くはない。
「……きみたちが旧都でブラン商会の合言葉を使った瞬間から、きみたちの情報は全部筒抜けだよ。念のため言っておくけどパパに話したのは僕じゃない、ロッドだ。あいつ、パパの忠実なワンコだからね……情報屋ってのはそういうフェアなルールで成り立ってるんだ。悪く思わないでくれ」
ミルリーゼは、以前旧都で見せた皮肉屋な顔をして笑ってみせた。
会話の内容を理解できてない馬が、ミルリーゼに『もっと撫でろ』と頭をすり寄せてきているのが妙にシュールであった。
「ロッド……あいつ決して口外しないって言ってたくせに」
ミルリーゼの為に、こちらに誠意を示して頭を下げた青年の顔を思い出す。
あの言葉に嘘はないと勝手に信じていたカイルは裏切られた気持ちで胸がいっぱいだ。
「………ロッドは商会には死んでも隠し事はしないよ。お姉ちゃんがエルに向けるのと同じ類の視線をパパに向けてる。パパが拾って育てたからね」
「ロッド様は孤児だとご自分でも話されておられました」
「…………」
セラフィナは以前の冬山の朝での会話を思い出しながらつぶやいた。
カイルは悩んでいるのか拳を強く握ったまま、感情の行方に悩み沈黙する。
「でも信じて欲しい、僕たちは絶対に仲間を売らない。ブラン商会は全員が家族だから裏切りを絶対に許さない。エスメラルダのこともレオン・ヴァルターのことも共有されているけど外部には絶対に漏らさない。万が一漏らしたら僕が絶対に血の制裁を与える。僕が信用できなくてもブラン商会は信じて欲しい」
「怖……それ何の小説の影響だよ」
真摯な目で語るミルリーゼの頭をカイルは苦笑してぽんぽんと撫でた。
「わたくし、ミルリーゼ様を信じますわ。それに先日お会いしたメイス様の目は澄んでおられました、どのような立場があっても決して悪い方ではないと思います」
「お姉ちゃん……」
セラフィナが優しく微笑んだ。
冷たい冬の風に靡く髪が舞って、どこか神々しさを感じて見えた。
「セラフィナがそういうならそれで。でもこの話はこの三人の秘密な、レオンに聞かれたらお前本当に殴られるぞ」
「お兄ちゃんは殴る殴るって言ってるけど実際は殴らないから大丈夫!でも嫌われたくはないから黙っておくね」
「ではこの話は三人での秘密といたしましょうね」
三人で向き合い強く頷く。隣で馬がタイミングよく『ヒヒヒン』と鳴いたのでカイルは思わず苦笑した。
「おまえもしかして、誰にも言わないって言ってるのか?……それじゃあおまえに免じてオレもブラン商会を信頼するぜ」
カイルに撫でられた馬はうれしそうに目を細めた。




