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饗宴編【リリィ視点②】

 




 あれから、ソフィは王宮に来なくなっちゃった。

 あたしはひとりぼっちになっちゃった。


 朝起きた瞬間から、あたしは孤独を感じる毎日だ。


 アルフォンス様にお会いしてもマリッジブルーは治ってないみたいで、あたしの顔をまっすぐに見てすらもらえない。

 頑張って話題を見つけても、返って来るのは「へぇ」とか「そう」とか生返事と薄ら笑い。


 こないだ婚約披露パーティーで行うダンスの練習した時に盛大に足を踏んだこと、実は根に持っているのかしら?



 婚約披露パーティーといえば、あたしは主役だから盛大におめかしするってことで、とある日にあたしは王宮の一室でドレスを仕立てたのだけど、春に咲くお花のような淡いピンクのかわいいドレスを希望したのに用意されていたのは暗くて地味なソフィが着るようなドレス。


 あぁ、他意はないのよ?ソフィは落ち着いた雰囲気だから地味で質素なドレスがよく似合っているし?


 でもあたしには似合わなくない?

 服のデザインもなんか古いし、最近の流行りはもっと首や肩を出したデザインな筈。

 生地の素材はとってもいいのはわかるけど、なんでそんな良い素材でこんなドレス縫っちゃったのかなあ……って渋くなる目であたしはドレスを見回した。


「これ、あたしが着るんですか?ちょっと違くないですか?」


 あたしは思わず王都で服の仕立て屋を営んでいるという服飾係の女性に聞いちゃった。


「王妃様からの指定です。落ち着いた雰囲気とのことです。ドレスを確認された王妃様よりこちらで確定との承認をいただいておりますので原則変更は致しません」


「えっ!?!?」


 この地味なドレスは王妃様のセレクトだったの!?なんていう嫌がらせ!?


「(王妃様って服のセンスない!?ダサくない!?そりゃ王妃様の着てるドレスは、ご自分の年齢な合ったデザインだからよくお似合いですけどあたし18歳なんですけど!?これ、もしかしなくても嫌がらせよね!?!?)」


「リリエッタ様、では試着をお願いします」


「………はい」



 あたしの意思に関係なく、あたしは地味なドレスを着付けられた。

 コルセットを閉めるたびにとっても悲しい。


 鏡の中のあたしが「こんなドレス着たくない」って可哀想な目で訴えている。


「ちょっときついかも……」


 あたしは望みを託して、合ってないことを言ってみた。

 きついのはサイズじゃなくてデザインだけどね。


「そうですか、背丈はリリエッタ様のお体に合わせてお作りしているので婚約パーティーまでの残りの期間はダイエットをなさっていただきます。お茶とお菓子をお控えくださいね」


「えっ!?!?」


「王妃様より、リリエッタ様は最近少々肉付きがいいので痩せてほしいとのお話がでております。食事の方もダイエットメニューに切り替えますのでそちらを召し上がってください」


「あたし太ってないですよ!?標準ですよ!?」


「美しさを保つにはもう少しお痩せになってください。アステリア王国の名誉に関わることなので」


 にっこりと女性に言い切られて、あたしは固まった。


「エスメラルダ様は常に美容体重以下をキープされておりました。ここだけの話ですが、背丈があなたよりお高いのに今のあなたより体重は軽いです」


「あたしはリリィです!エスメラルダ様じゃないんです!そういう嫌がらせはやめてください!」


「嫌がらせではないですよ」


 あたしはもう一度鏡を見る。

 別に太ってなどいない、地味なドレスがすごく似合ってないけど顔はとても可愛いわ。あたしは痩せる必要なんてないの。


「………当日の髪型ですが、前髪をあげて清潔感をだした伝統的なアップヘアにします」


「いやです。流行りの髪の中にお花をあしらったかわいい巻き髪にしてください」


「いやですって……リリエッタ様、王妃様の指定で」


「あたしの婚約パーティーなんですよ、髪型くらいあたしが決めます。それ以外の髪型ならあたしでませんから。もうこの際このクソダサドレスは諦めます。でも髪型は譲りません」


「クソダサって……リリエッタ様、何おっしゃっているんですか不敬ですよ」


「あなたもあたしに対して不敬です!本当にあたしに似合ってると思うんですが!?あたしの髪色なら明るい色のドレスが似合うんですよ!そんなの街の女の子なら全員知ってます。あなたどこの店の人?あなたのお店はあまり流行ってなさそうですね」


「リリエッタ様!」


 あたしは八つ当たりも兼ねて、服飾係の女性に精一杯の嫌味をぶつけてやった。


 どう考えても似合ってないドレスを平然と着付けるこの女性には、こちらとしても相応の態度で応じてやるの。


 あたしは次期王妃なのだもの、こんなことで負けてたまるもんですか!






「……あーあ、パーティーが一気に面倒くさくなっちゃったな」


 ドレスの試着を終えて、王宮の豪奢な通路を重い足取りで歩く。連日のダンスレッスンで足が痛い。プライベートな時間くらいヒールは履きたくないのだけど、王宮にきてから踵がぺったんこな靴はいっさい与えられなかった。


「アルフォンス様……」


 足が自然とアルフォンス様の執務室に向かっていた。

 この時間、お仕事中かしら?少しくらい顔を見ても良いかしら?


 あたしは思い切って部屋に入ろうとしたら、ノックをする寸前、部屋の中から声がしたの。



「……リリエッタにはほどほど困っているよ、おかげで毎日のように母上にどやされている」


「(えっ?)」


 部屋の中から聞こえてきたのはアルフォンス様の声だった。

 疲れたような声で、嘘なんてついてなさそうな感じだ。

 あたしに困っているってどう言うこと?


「お可哀想にアルフォンス殿下。心中お察しいたします」


「リリエッタはなぁ、もう少しやれると思ってたのにフタを開けたらガッカリだぜ」


 アルフォンス様のご友人のテオドール様とマクシミリアン様の声もする。

 みんなしてあたしを馬鹿にしているの?


「先日は授業をすっぽかしたらしい、教育係の夫人がとても怒っていておかげで僕にまで飛び火が来たよ」


「それはひどいですね……殿下」


「まったく迷惑な女だよ。優れていたのは容姿だけだったな」


「(………)」


 部屋の中から聞こえる話に胸が苦しくなる。

 姿は見えないのに、あたしを馬鹿にしている三人の顔が頭の中に浮かんで見えた。


 だってあたし、知ってるもの。

 あたしが王妃の席から追い出したエスメラルダ様の悪口を言う時のみんなは、すごく人を馬鹿にした顔をしているって。


「最近は婚約について考え直しているんだ……おいヴィンス、そんな顔してどうしたんだい。一人だけ黙っていて」


「………そろそろ帰ろうかと思って」


「ヴィンスおまえ、最近付き合い悪ぃな?」


「ヴィンス……もうお帰りですか?」


「うん、帰る。……少し気分が悪くなった」


「筆頭公爵家は体調管理もできないのかい?きみのお父上も最近見かけるたびに顔色が悪いけど」


「…………」


 三人かと思ったら、ヴィンス様もいらしたのね。

 あたしは慌てて盗み聞きがバレる前にアルフォンス様の執務室の前から逃げることにした。


 そういえばヴィンス様のお父様って、前にお会いした人だよね?

 体調を崩されているのかしら、心配だわ。


 あたしは逃げるように走りながら、先日、お城の庭園でお会いしたデュラン公爵を思い出した。


 とっても優しそうで若々しくてかっこいい方だった。

 ヴィンス様がお優しいのは、お父様の影響かしら?

 お会いしたことがないけど、王妹のステラーシャ様も優しくて美人って噂は聞くし、筆頭公爵家はとてもあたたかなお家なんだろう。


「………あれ?」


 少し離れたところで立ち止まる。

 気づいたらあたしの頬に涙が流れていたの。


 おかしいな、なんであたし泣いているんだろう。


「………ぐすっ」


 ポロポロと溢れる涙はどんどん溢れて止まらないわ。

 やめてよ、あたしは幸せなのにこんな風に泣いたら不幸みたいじゃん。


 あたしはエスメラルダ様から王妃の席を奪ったんだからエスメラルダ様の分も幸せにならないといけないの、クソダサドレスもアルフォンス様のマリッジブルーも我慢するから、どうかあたしに不幸だって気づかせないでよ。


「………」


 神様お願いします。どうかこれ以上、変なことが起きませんように。


 そうお祈りしながら、あたしは廊下の隅で膝を抱え込んだ。


彼女リリィの罪は、赦されない

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