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饗宴編 特訓再開②

 




 順調にエルのダンスレッスンは日夜問わずに行われた。



「カイル恥ずかしがってないでちゃんとセラフィナの顔を見なさい!あなたが王宮では彼女を守るのよ!自分の守る女の顔くらい真正面から見なさいよ!!」


「うっせえ!恥ずかしいこと言うな!!」


 ようやく手を握れるようになったカイルもまだ視線はぎこちなかった。

 清廉なセラフィナと向き合うたび、カイルは気恥ずかしさから目が泳ぐ。

 そしてエルに指摘されると、気恥ずかしさは更に加速してカイルはいまだに真正面から彼女の顔を見ることができなかった。



「セラフィナは自分の恋人だって思い込みなさいよ」


「ばばば!ばばばか!!そそそそんなむむむむりりり!」


「セラフィナも王宮にいる間はカイルを世界一でいちばん愛しい人だと思い込んで……できそう?」


「……それは難しいと思いますエル様」


 顔を真っ赤にしているカイルの横で、セラフィナは困り顔に眉を寄せた。

 恋愛とは縁遠い聖職者の彼女に愛を語るのは難しいのかとエルが納得しているとセラフィナはエルに対して慈愛の微笑みを浮かべる。


「わたくしが世界でいちばん愛しいのはエル様なのですから……」


「そう言うのいいわ、割り切ってカイルを愛しなさいセラフィナ。命令よ」


「そ、そんな……」


 鬼教官が降臨しているエルに、セラフィナの献身は効かなかった。セラフィナはがっくりと腰を落として、目に見えて落ち込んでいる。


「えっ……そんなレベルで嫌なの!?」


 その様子を見たカイルは、更なるショックを受けていた。


 そんな感じでダンスレッスンは鬼畜教官エルと可哀想な生徒二人の汗と涙で進んだ。


 時には鞭と拳骨が飛び、興味本位にレッスン部屋に顔を出したエリザベートが何も言わずに見ないふりをして帰るくらいには部屋の中は混沌と過酷さと凄惨に極めていた。






「今日はマナーというか、知識を教えるわ。王宮にて気をつけるべきことよ。辺境伯のカイルの家は侯爵家くらいなら対等と扱ってもそこまで問題にならないからあなたが注意をすべき公爵家について私の知ってることを教えるわね」


「はーい」


「よろしくお願いします」


 本日は座学らしい。

 エルはガラハッド騎士団の作戦会議室を借りて教室代わりにした。

 席についたカイルとセラフィナに見えるように、黒板に家門の名前を書いていく。


「まずは私の実家のロデリッツ家だけど、多分お父様は婚約パーティーには立場的に出席しないと思うから気にしなくていいわ。お兄様も来ないだろうし、お母様はいるかもしれないけど話しかけてくることはないから基本的に気にしないで」


「そうなのですね、エル様のお兄様にお会いしてみたかったです」


「エルの言うすっげー兄ちゃんだっけ?オレも気になってた」


「お兄様は騒がしいことが好きじゃないから昔からパーティーとかも、適当にそれっぽい理由をつけて参加しないことが多いの」


 二人の様子に苦笑しながら、エルは咳払いをした。

 語るべきはここからだと思っているのだろう。


「残る三家ね。まずは筆頭公爵家のデュラン」


「ヴィンスの家だな」


「ええ、王妹ステラーシャ様がいらっしゃるお家ね。ステラーシャ様、お元気かしら。あの方は王宮でもとてもお優しい方だったの、いろいろあってお身体を悪くされてるって聞いたけど」


「ヴィンスの母ちゃんだな」


「前国王陛下の妹姫様ですよね」


「そう。雰囲気はセラフィナに似ているかも、とてもお優しくてお美しい方だもの……もし紹介できるならしたい位だわ。正直カトリーナ様じゃなくてステラーシャ様が王座を預かるべきだったのよ」


「エル様、言葉を慎んでください。今の発言は反逆罪に問われます」


 後ろから声がした。エルが気づくと部屋の入り口にレオンが立っていた。エルのマナー教室を聞きにきたのだろう。


 彼は筆頭公爵家の夫人が王座を預かること、それを語ることへの危険性を冷静な声で指摘する。


「……レオン!」


「私もあなたの話を聞こうかと思いました。間違いがあったら訂正するのでどうぞ続けて」


 レオンは一番後ろの席に座ると、こちらの話を聞く姿勢だ。部屋の空気に威圧感が増した。

 エルの独壇場が、学生の成果発表会になったようだ。レオンの目は差し詰め生徒の成果を審査する教官だろう。


「……頑張ってくださいませエル様!さぁ続きを」


「えぇ、えっと……ステラーシャ様を話したから次はクレイモア公」


「あれ、デュラン公……ヴィンスの父ちゃんは?」


「あの人は四大公爵家でいちばんの三下だからあんまり気にしなくていいわ」


「エル様」


 レオンは低い声で、エルの暴言ともとれる発言を嗜めた。


「本当のことよ、ルックスはレオンに匹敵するくらい整っているけどレオンと違って中身はないわ。顔とステラーシャ様の権威だけで筆頭公爵になった人だもの。よくデュラン家を保てているってある意味では尊敬するけど、顔を見るたびに不思議で仕方ないわ」


「はえー、なんか大変そうだな」


 カイルはエルの話に率直なコメントをした。

 セラフィナはちらりと振り返りレオンを見る、レオンの容姿はとても整っているので彼と匹敵すると言うことは相当に端正な容姿の持ち主であることは分かった。


「セラフィナ嬢、何ですか?」


「レオン様はとてもかっこいいと思いましたわ」


「……どうも、素直な賞賛として受け取っておきます」


「ああ、一つだけ。もしデュラン公にお会いしたら彼の年齢についてはコメントしないで。あのひと、驚くくらいにすごく若く見えるけど、聞いた話ではそれを指摘されるのがものすごく嫌なんですってコンプレックスってやつね」


 エルは付け加えた。

 内心、若く見えることは悪いことではないとは思うけど、人それぞれコンプレックスはあるのだろう。

 公爵としての威厳を保つ為には若々しさは不要な要素なのかもしれない。


「ミルリーゼみたいなもんだな」


「そうね、わかりやすい見本がいたわね」


 親友の銀髪三つ編みの少女の姿が脳裏を過ぎる。

 背が小さく、幼い顔立ちの彼女もれっきとした18歳の女性だ。そんなミルリーゼは『子供』と言われると渋い顔をする。


「ミルリーゼは大人扱いされたいならあの可愛い服を着るのをやめたり、野菜を食べればいいのよ。三つ編みもどうかと思うけど、でも可愛いからいいか」


「エル様はミルリーゼ嬢に甘いです」


「いいでしょう親友なのだから、では次!」


 エルは声を張り上げてレオンのコメントを遮ってから、次の話題に移らせた。


「クレイモア公は……まあとにかく偉い奴にはヘコヘコして、逆に見下していたり爵位が下の人にはあたりがきついわ。私はある意味では一番苦手よ」


「マックスの父ちゃんだよな……あいつも見下し癖あるもんな」


 カイルは学生時代の元友人を思い出しながら呟いた。

 同じ騎士科だが、彼は剣での勝負で一度も勝てなかったカイルを常に見下していた。

 そして王太子のお取り巻きグループで心の中では自分がNo.2だとマクシミリアンが自負していることをカイルはこっそり知っている。


「あいつ流石にアルフォンスは敬っているけど、オレもテオもヴィンスでさえ下だと思ってるぜ」


「いい身分ね、私は嫌いよ。はい次ね!」


「エル様、短くはありませんか」


 デュラン公に比べて、語る量が少ないことをレオンが指摘する。これが成果発表会ならば減点になっていただろう。


「あーんな媚びてばかりのプライドのない人語ることはないわ!王妃様やアルバート公、政敵のお父様にでさえ媚びるのよ、その力で王立騎士団の権限までちゃっかり手にしているから嫌な家よ。レオン、元王立騎士団管轄のヴァルター侯爵家として何か語りたいことがあるの?」


「いえ……あなたの口からクレイモア公の悪口を聞きたかっただけですのでお気になさらず」


 遮られた仕返しとばかりに、エルはあえてレオンの過去に少しだけ触れる。手痛い仕返しにレオンは苦笑して流した。


「最後にアルバート公ね……カイル、王妃様のお姿はわかる?王妃様の実のお兄様ですもの、アルバート公も同じ目をしているわ、とっても冷たい目。そして嫌味かってくらい大きな宝石の指輪をつけているわ。お金持ちだから、国の財産の3割はアルバート家が持ってるらしいわよ。いくつもの鉱山を所有してるもの」


 エルは最後に、四大公爵家最大の権力者の名前を語った。


「アルバート公……表向きは財務卿で裏の顔は……」


「よく覚えていたわねセラフィナ、この国で一番闇の深い家よ。いいカイル、絶対にアルバート公を見かけたら近寄らないで、彼の視界に入らないように最大限の努力して。万が一接触したらプライドなんてすべて捨てて頭を下げて、公爵の話を否定も肯定もしないでいい感じにやり過ごすの、それが正解よ」


「そんなにヤバいのか?」


「やばいわよ。ガラハッド家を王家の仇敵にしたいのなら口答えでもなんでもすればいいけど」


 大袈裟だと言いたげなカイルにエルは冷たく漏らした。この中でいちばん王宮に馴染みの深い彼女が言うのだ、その言葉に嘘はないのであろう。


「以上がアステリア王国の四大公爵家よ。何か質問は?」


「エル様、ロデリッツ家の話はもうお済みでしたか」


「えぇ、最初に語ったわ。何か聞きたいことがある?」


「特にこれと言ってはないのですが」


「レオンはエルの家の家庭教師だったんだろ、あんたから見たロデリッツ公爵家はどんな感じなんだ?」


 カイルは何気なしに尋ねた。


「ロデリッツ公はとにかく厳しい人だ。自分にも他人にも、家庭教師時代遅刻はもちろん延長も許さない、どれだけエル様に泣かれても授業終了の時刻には俺は家の外に出されていた」


「泣いてないわよ!勘違いさせないで!」


 渋い顔をして答えるレオンにエルは顔を真っ赤にさせて訂正する。


「夫人は……まぁ貴族の夫人の模範のような女性だ。礼儀正しく慎み深い、常に夫を立てるような方で娘のエル様を見ればわかると思うがとてもお美しい方だ。物腰もけしてきつい方ではない」


「とっても素敵なお母様なのですね」


「身内を褒められるのってちょっとくすぐったいけどありがとう、お母様を褒められるのは嬉しいわ」


 レオンから語られるロデリッツ公爵夫人を連想してセラフィナはうっとりとした語り口だ。それを聞くエルは少しだけはにかんだ。


「エルの兄ちゃんは?」


「エド……エドワルドはなんというか……付き合いは長いがいまだによくわからない。悪いやつではない、悪い奴では決してないんだが腹の底に常に何かを秘めているような底知れなさを感じる」


「ちょっとお兄様を悪く言わないでよ!」


 冷や汗を流しながら言葉を濁すレオンにエルは声を荒げて指摘した。

 エルにとってのエドワルドは、いつだって優秀で美しい完璧な兄なのだ。


「なんか公爵家も癖が強いんだな」


「ふふふ、とても勉強になりましたわ。頑張りましょうねカイル様」


 全員の情報を聞いてカイルはそう結論づけた。


 この話を聞いている間もダンスのレッスンをした方が良いのでは?と思った疑問は気づかなかったこととした。

公爵家で現在名前が出てるのはロードフリード・フォン・デュラン(デュラン公)とその奥様のステラーシャ様とエルのお母様の名前はエレノア・ロデリッツのみです。



ところで最近の話で、デュラン公のコンプレックスをおもいきり踏んだ人がいますね。

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