饗宴編 特訓再開①
「さぁ、たくさん食べて!アタシも頑張ってみたの」
レオンとエルの王宮行きをかけた勝負から少し日の経った昼下がりのガラハッド邸の食堂にて、カイルの妹のエリザベートがおたまを片手ににっこりと微笑んだ。
「わぁ、ありがとうベティ。とってもおいしそう」
皿の上には色とりどりの野菜と肉が煮込まれたシチューがある。野菜の切り口は多少歪だが、独特のソースで味付けをされた湯気の立つ逸品は彼女の頑張りを象徴していた。
「……うん!初めて食べる味」
「北の国のシチューにはたくさんのハーブやスパイスを入れるのよ!」
一口、スプーンで掬ってエルは頬張った。
ハーブの香りが鼻腔をくすぐり、スパイスの風味は食欲を誘うが口に入れた瞬間エルの頭の中は一つの文字がよぎった。
塩だ。
「(なにこれすごく味、しょっぱい……)」
ちらりと同じもてなしを受けているセラフィナを見ると同様の感想を持ったのか、スプーンをもつ手が震えていた。
決して顔には出さないのが、シスターの彼女の優しさだ。
「(これ本当にあってる?……ほとんど塩の味しかしないけど)」
口の中で強烈な塩味を感じながらエルは震えるスプーンでなんとかもう一口を食べた。
やはり舌先は塩の味しか感じない。
そういえば昼時だというのにカイルの姿がなかった。奴は妹の料理を知っていた可能性がある。
「(あいつ……)」
エルはスプーンを握りながら、ここにはいない少年へ恨みの念を抱いた。
「ミルリーゼさんもランチにお招きしたのに来ないみたい」
「ミルリーゼは……あの子は極端に食が細いから」
この料理を幸運にも回避した親友が心から羨ましかった。食べる度に寿命がなんだか削れている気がする。とにかく水が欲しい、でも食卓の上にはとうに飲み干した空のカップしかない。
「ダイエットなのでしょう?でもアタシ、ミルリーゼさんには必要ないと思うわ!エルさんもよ、エルさんアタシよりもすっごく背が高いけど絶対アタシより体重軽いもの!ねえ、いま体重どれくらい?友達としてアタシにこっそり教えて?」
「ダメよベティ、女性に年齢と体重を聞くのはマナー違反よ。これは都会の令嬢なら常識だから覚えておきなさい」
エルは済ました顔をしながらスプーンを動かした。
エリザベートが精魂込めた料理を残すのもマナー違反だと認識しているからだ。
「はーい、あっ!おかわりもあるから!たくさん食べてねセラフィナさんも!」
エリザベートは無垢な顔で、濃すぎる塩シチューを勧める。その表情に邪気はない、あるのは彼女の謎の自分の料理への自信とエルに向ける親愛の念だけだ。
「………私もダイエットしてるから一皿で充分よ。」
「わ、わたくしも……お気持ちだけありがとうございますわ」
さりげなく注いだ水を大量に飲んでごまかしながら、エルとセラフィナは少女の笑顔に引き攣った顔で返した。
「いっでえ!!」
ダンスの練習部屋に隠れていたカイルを見つけたエルは容赦なく背中を叩いた。
「なんだよエル!」
「ベティの料理、知っていたでしょう!?」
「……すこし個性的なお料理でしたね」
口元をきれいなハンカチで抑えながらセラフィナはが苦笑した。
エルの怒りはエリザベートの料理より、それを知らせずに逃げた兄のカイルに向けられる。
「だってベティ頑張ってたし……兄貴にはあげないって言ってたし……」
「また喧嘩したのでしょう?あなたたち兄妹喧嘩多くない?私とお兄様は殆ど喧嘩した事なかったわよ」
「……エルの兄ちゃん?」
カイルが聞き返した。
セラフィナも興味深そうにエルの話に耳を傾けている。
「ええ、私の五つ年上のお兄様。すっごく優秀な人。今はお父様の仕事を手伝っているの。お兄様はお母様に似て身内の私から見てもすごく綺麗な人よ、お兄様が女性だったら傾国だったんじゃないかしら?」
「エル様もお綺麗ですよ?」
セラフィナは穢れなき眼差しでそっと告げた。
美しい彼女に綺麗と褒められるのは誇らしいがエルの内心では、男性だというのに美しすぎる兄の顔が浮かび上がる。
「私はどちらかと言ったらお父様似よ、お兄様はねなんというかすごく儚げな感じなの。男なのに嫋やかで、殴ったらすぐ折れちゃいそう」
「エルとは真逆だな」
「カイルはよほど私にグーで殴られたいようね」
拳を握りながらエルはにっこりと笑いかけた。
目は明らかに笑ってはいない。
「……そういうところだよ。で、そのエルの兄ちゃんはめちゃくちゃ綺麗なんだな。そんな穏やかならまぁ喧嘩はしないだろうな」
「いや穏やかではないわ。お兄様は無表情だし何を考えているか妹の私からみてもよくわからないけど、やると決めた事に対しての信念は凄まじいわ。家族で一番、気概があるかもしれない」
「エル以上なのか!?」
「もし学園で私の立場にいたのがお兄様だったら、絶対にアルフォンスにもリリエッタにも屈したりはしなかったと断言できる。それくらいすごい方よ……まぁ何を考えているか分からないけど」
エルは身内を語りながら懐かしむ。
在りし日にあった家族への想いを思い出して、少しだけ胸をつかえさせた。
彼女は、ソフィアの企てに敗北して今はその家族から追われる立場にいるのだ。
「素晴らしい方なのですね」
セラフィナは彼女の考えに寄り添うように優しく微笑んだ。
いつのまにか彼女の口を覆うハンカチは消えていた。ちなみに、エルの口の中はまだ塩味が残っている。
「あとレオンの学生時代の後輩で仲がいいみたい。レオンが私の家庭教師をしてた時、たまに休みの日に二人でどこかに遊びに行ってたもの」
「あー……」
カイルの頭に、剣技に優れ、知識も万全、冷静沈着だが怒りっぽくて顔のいい仲間の顔が思い浮かぶ。
「レオン様のお友達とお聞きしてすごく納得致しましたわ」
「世の中は本当に不公平だよ、でもエルもだけどそういう奴らは見てないところで必死に学んで会得した技術や才能なんだろうな。凡人のオレにはわかんないけど、なんていうかすごいよ」
「ふふ、わかっているならいいわ。何の努力もせずに得た能力ではないのよ。私だって学園時代はすごく頑張ってたもの、もう公爵令嬢だったエスメラルダは死んだからどうでもいいけどね」
「エル様……」
エルの横顔はどことなくそんな日々への未練を思い出させるようであった。
「さて、今日から改めてダンスの練習をするわよ!………なんかこういう時、絶対邪魔が入るけど今日は練習!何があっても練習よ!」
「はい!頑張りますわエル様」
「そうだな!王都にあるガラハッドの別邸への移動とか考えたらパーティーの半月前には向かいたいから、そろそろマジで練習しないとまずいよな」
「最悪、私の満足できるダンスが踊れるようになるまで寝かせないから、ふたりとも覚悟してね」
さらりと恐ろしいことを述べるエル、その顔には再度、いつの日かの鬼教官かいつのまにか君臨していた。
身長は
エル>セラフィナ>ベティ>ミルリーゼ
体重は
セラフィナ>ベティ>エル>ミルリーゼ
セラフィナさんは筋肉、ベティは成長期です。




