饗宴編 強情の結末①
「エル様、食事が終わったら剣を持ってガラハッド騎士団の修練所に来てください」
「………」
今朝はセラフィナが昨日の約束通りに朝ごはんを作ってくれた。
キッチンを快くを貸してくれたガラハッド夫人は、「誰かの作るご飯は久しぶりだわ」と彼女の作った素朴で暖かなメニューに舌鼓を打っている。
「これが都会の味なのね……」
エリザベートは不思議そうに素材の味を生かした薄味の野菜のスープを口にして少し考えた後、調理したセラフィナに塩を足してもいいかと申し訳なさそうに尋ねた。
北の地の濃いめの味を常食している彼女にはあまり慣れない味のようだ。
エルはさりげなく増やされたパンに苦戦しつつも時間をかけて平らげて、食後のお茶を嗜んでいる。
そんな彼女にレオンは唐突に言い出したのだ。
「………わかったわ」
「エル様……レオン様……」
「セラフィナ嬢、不安ならあなたも来て構いませんよ。ただし今回は途中退席は絶対に許しません」
前回、騎士団駐屯所に彼女を自由にした結果の騒動を知っているレオンは念入りに釘を刺す。
「わかりました。わたくしも後片付けが終わったら向かいます」
セラフィナは力強くうなづいて同行の意思を示す。
「ではエル様も準備が終わったら来てください。お待ちしています」
「………」
言いたいことを言い残して、颯爽と立ち去るレオン。その背中をエルは無言で見つめて見送った。
「何故おまえもいるんだ」
一時間ほどの後、レオンが指定した修練所にはエルとセラフィナ、そしてカイルもいた。
「レオン、何かやろうとしてるんだろ?オレも見届けたいと思ってさ」
「わたくしがお誘いしました。ガラハッドの騎士団はカイル様のお父様の騎士団なので」
「エルもセラフィナもここにいるならダンスの練習もできないし、別にいいだろレオン。おまえエルに剣を持たせてなにするつもりなんだよ」
カイルは頭に腕を組みながら双方を窺った。
レオンは練習用の木刀を、エルは切れ味のある剣を持っている。
あきらかに異質な雰囲気はカイルも疑問に思っている様子だった。
「エル様、白黒はっきりさせましょう。俺に一太刀でもいれたらあなたの王宮行きについて今後意見は言いません。期限は今日の日暮れまで。どうです?乗りますか?」
「なっ……!?」
レオンの提案はわかりやすかった。
エルに剣を教えた家庭教師のレオンに、一度でもいいから切り付けてみろという挑発だ。
レオンは並の騎士よりも剣技にかなり優れた使い手だ。型は荒いが囚われない分、鋭く速い。
並みの令嬢より剣技の心得も実践経験もあるとはいえ、エルではその条件はかなり難しいだろう。
「乗るわ」
「エル様っ!?」
レオンの挑発に、エルは間髪入れずに答えた。
どうやらやる気らしい。セラフィナは不安そうに名前を呼ぶ。どう考えてもエルに達成するのは無理だと思ったからだ。
「じゃあオレが審判やってやるけどさ、いまから日暮れまでって相当長いぜ?」
現在時刻はお昼前。いくら冬は日が沈むのが早いとはいえ時間は有り余る。
「限界が来たら遠慮なくおっしゃってください、その時点で終了にしますので」
にっこりと目だけで笑って条件を付け加えるレオン、口調こそ柔らかいがなんとなく教師の時の厳しい彼の面影を感じる。
「……馬鹿にしているわね」
「心配しているだけですが?」
「おい喧嘩すんなよ……」
またピリピリし始めたエルとレオンに、カイルは仲裁するように間に立つ。
セラフィナは不安そうに手を組んで、祈っている様子であった。
「当然ですが今回もセラフィナ嬢の治癒魔法は禁止です。あなたの手の内がわからないので魔法全般禁止です」
「承知いたしました」
「禁止禁止って本当に嫌な男。絶対一太刀入れてあげるんだから」
「………」
両者、修練場の中央にて対峙して剣を構える。
「開始!」
カイルの声と共に、エルは剣を振りかぶった。
カキンッと硬い音がして、エルの刃をレオンは片手で構えた木刀で受け応える。
レオンはその場から一歩も動かなかった。
「正直エルじゃ、日が暮れても無理だと思うんだ。だってレオンだぜ?悔しいけどあいつの剣技は多分国の中でも指折りだよ」
「……はい。レオン様はとてもお強い剣士ですわ」
壁際に並んで二人の対決を見ながらカイルはセラフィナに小声で囁いた。
これまでの旅路で幾度もエルを支えてきた彼が、今エルの壁となって立ち塞がる。
エルは何度食い止められても諦めずに切り掛かるが、レオンはその場から一歩も動かないで軽く交わしていく。
「……踏み込みが浅い、止まって見えます」
「……授業みたいにッ!しないでよッ!!」
カキン、カキンと再度剣がぶつかるがレオンは息一つ乱さずに受け流し、エルは刃を振るうたび息を荒げていた。
「疲れると振りが雑になってきます。悪癖が抜けてないです」
「疲れてるんだから……仕方ないでしょう!!」
ついに息切れを起こしてぜえぜえと肩で息をし始める状況だ。
始まってもまだ一時間も経っていない。
レオンが示したタイムリミットまで時間は大量に残っている。
「……くっ!少し休憩するわ」
「禁止したら噛みつかれそうなので許します」
「嫌な男!」
限界を感じたのかエルは一旦剣を納めた。
大量の汗を拭いながら、修練所の隅のベンチに座る。
「エル………大丈夫か?」
カイルかエルに近寄って心配そうに声をかけた。
「大丈夫じゃないわね、敵として対峙するレオンがこんなに脅威だなんて知らなかったわ」
実際はレオンは本来得意とする両手剣ではなく片手の木刀だし、エルと向き合ってる時もほとんど動いていないのだ。
おそらく彼の本来の実力の3割も出ていないだろう。
「手加減しているレオンに一太刀も入れられないなんて笑える……これくらいできないなら王宮に行くなって身を持って教えてるつもりなんだわ。こういうところ、彼らしいと思わない?」
「レオンは教師志願だもんな……教師であそこまで剣技がすごいなんて色々反則だと思う」
「出鱈目な人なのよ。頭もよくて、剣技もすごくて、ルックスも良いの。神様って不平等ね」
「……オレから言わせたらエルも同等だけどな」
カイルはそっと漏らしながらレオンを見た。
珍しくレオンのそばにセラフィナがいる。
エルにカイルが付き添ったので、彼女はレオン側についたのだろう。彼女らしい心配りだ。
「レオン様……」
「セラフィナ嬢、気遣いは結構ですよ。あなたもエル様のそばにいてください」
昨日のエルとセラフィナの情愛に満たされた抱擁を見たので、レオンは少し焦った。
セラフィナはその態度に不思議そうに首を傾げた後、一瞬だけエルを見てすぐにレオンに向き直す。
「わたくし、応援いたします。レオン様もエル様も……どちらの主張も決して間違っておりません。なのでこの勝負に委ねようと思います」
「そうですか、でも俺が勝ちますよ。おそらくですが日暮れまでエル様の体力は保ちません」
レオンは言い切った。
息は通常通りだし、汗すらほとんどかいていない。
ベンチに座り込んでまだ休んでいるエルとは雲泥の差だ。
「女神様がエル様に微笑むかもしれませんわ。なのでわたくしは大人しく見守ります」
「ご自由にどうぞ」
「ふふ、レオン様も頑張ってください」
数日前までレオンから『化け物』と警戒されて空気が若干険悪になっていたとは思えぬほどの穏やかな空気であった。
昨夜のやりとりは、レオンとセラフィナの仲も改善した様子である。
エルがそろそろ休憩を終えようと思い始めた頃、修練場に新しい来訪者の声がした。
「エルーーーー!!」
顔を出したのはミルリーゼであった。
走ってきたのか、息を切らせながら修練場に飛び込んでくる。
「ミルリーゼどうしたの?」
「大変なんだよ!助けて!」
「なんだ?」
ミルリーゼの焦った顔に修練場内が騒然となる。
「お姉ちゃんを探しにきてカイルの家に行ったらいないって言うから!エリザベートに聞いてここにきたんだ!」
「ミルリーゼ様、落ち着いてくださいませ。わたくしはここですわ」
「お姉ちゃん助けて!来て!!」
ミルリーゼはセラフィナに気づくと、彼女の手を握って来た道を戻ろうとする。
「ちょっとミルリーゼ!何があったか言いなさいよ!」
エルが呼び止める。
いつになく慌てた彼女に戸惑いつつ、振り返ってレオンに指示を仰いだ。
「ミルリーゼ嬢、慌てたら危ない。どうしたんだ?」
「お、おじさんが……」
「オズが?」
「すっごい二日酔いで死んじゃいそうなんだよ!!!!」
「「「は?」」」
「………」
エルとレオンとカイルの声が被った。
セラフィナは困惑を隠せずに戸惑っている。
「あの男何をしているのよ!もう禁酒よ禁酒!」
エルは数秒の時間経過の後、声を上げて怒りを露わにした。
エルの叫び声は何重も修練場に響いた。
人は何度も過ちを犯しても繰り返す……




