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学園編EX2 親愛なる生徒へ

 



 俺の名前はレオン・ヴァルター

 いまは教師を志して日夜勉強をしている。


 俺の家は、15年前に父の死と共に没落した。父と同じ病の母を看取った後は修道院に迎えられ幼少期をそこで過ごした。

 3つ上の兄がいたが兄は母の最期を見る前に家を出て行って消息は不明だ。



 修道院では朝から晩まで常に己を律した生活を強いられて、ただでさえ慣れない他人との共同生活は困難の連続であった。

 詳細は語ると長くなるが、幸いにも幼少期に基本的な教養は学んでいたので修道院では更に高度な学問や教養を、そして血の滲むような武術訓練を受けて俺は成長するにつれて生きるための知識と剣技を身につけた。


 ある程度の年齢になって修道院を出ることを許された後は、傭兵稼業に身を落す傍ら寝る間を惜しんで勉学に勤しみ、たまたま戦場で知り合った、とある貴族に後見人をお願いして俺は王立学園に入学した。

 没落したとはいえ、当時はヴァルター家の威光もまだ少しだけ残っていたのが幸いであった。


 学園では、俺はいくつもの論文を仕上げて新分野の研究を行い、常に研鑽をすることで歴代でもそれなりに記録に残る成績を収めることができた。

 俺の代では、特に目立つ有力貴族や王族がいなかった事も幸運であった。

 その年の最優秀生徒にも選ばれて卒業式で勲章を授かった後、俺たちの次の代の生徒会長であり親しい後輩である公爵家令息エドワルドの妹君の家庭教師の一人に雇われた。

 他の優秀な貴族は、各々領地で責務があるので、収めるべき領地のない没落貴族で暇な俺に白羽の矢が当たったってわけだ。


 当時10歳を少し過ぎたばかりのエスメラルダ様は、それはそれは宗教画に描かれる天使のように可憐で愛らしかった。

 だが、既に第一王子の婚約者として未来が確定した彼女は子供らしく過ごすことは殆ど許されず、常に将来を見据えた教育が始まり、幼い彼女は多数の家庭教師に囲まれながら隣国の言語をはじめ数カ国を日常会話はマスターしており、王立学園の騎士科の基本訓練ならついて来れるくらいの体力もあった。


 そんな彼女が学園に入学する15歳までの間、俺は彼女に旧帝国の古典と基礎剣術を担当に受け持っていた。


 俺は学園では数少ない平民や爵位の低い家の貴族が通う普通科クラスにいたのだが、学園の武術大会で騎士科の奴らを倒して歴代初の普通科所属の生徒で優勝した事実がエドワルドの父であるロデリッツ公爵の目を引いたらしい。

 そもそも武術の専門家の騎士科の生徒と基礎的な剣術しか習わない普通科クラスの生徒を戦わせるなと教師陣には言いたいが、騎士クラスには貴族出身が多いし、彼らが普通科クラスに勝つことで自分は強いと錯覚させることが目的なのだろう。

 より高位の貴族の多い特別クラスでは、武術大会での勝敗を賭けた賭博も行われていると聞くし今思うととんでもない催しだ。


「俺が勝つから俺に賭けろ。そして負けた奴らにこんな愚かな賭博はやめるようにと伝達しろ」と当時の後輩の特別科所属のエドワルドに囁いて、結果として騎士科のテンプレート型の剣技しか知らないボンクラ共と戦場仕込みの俺の剣の勝敗は言うまでもなかった。

 普段無表情なエドワルドが、大会会場で豆鉄砲を喰らったような顔をしてたのは今思っても最高に傑作だったな。


 賭け金で儲けた金はエドワルドと二人で街に行ってぱあっと遊んで使った。あんなにはしゃいだのは俺もエドワルドも人生で初めてだったとお互いに笑ったんだ。




 そんなこんなで、未来の王妃である彼女に「レオン先生」と呼ばれるのは少しむず痒かったが、勉強熱心で真面目な彼女に指導するのはとてもこちら側も学ぶことが多くて彼女との家庭教師の契約が終了した後は、本格的に教師を志して再度勉強を始めるくらいには影響も大きかった。


 学園に入ったエスメラルダ様からは定期的に手紙が届いたが、ある時期を境に手紙が途切れてしまった。


 本来なら没落貴族の俺とは関わることのないお方だし、仕方ない。それに婚約者のいる若い女性が他の男に手紙を送るだなんて、例え家庭教師の身分でも決して褒められたことではないだろう。

 名残惜しくも世間の目に納得をしているとある日突然、彼女の兄のエドワルドに学生時代に飲んだ街外れの酒場に呼び出された。


「妹を助けて欲しい」


 やってきた、暗い面持ちのエドワルドから語られたのは、想像に絶するほど悲惨な学園で受けたエスメラルダ様への仕打ちであった。


「父上も母上も、エスメラルダの言い分を一切聞かず修道院に送るつもりみたいです。王宮側では、犯罪者として幽閉塔へおくれという声もある。でも僕は妹がそんなことをするなんてありえないと思っています」


「無論だ。それにしても教師のやり方も気に入らない。習ってない、いや普通なら学ぶ必要もない数式を使った問題を出すだなんてやり方……同じ教育を志す者としても信じがたい。公爵様はなんと?」


「エスメラルダが首席を逃したこと自体は父上はそこまで悪く捉えてはいないのですが、危害を与えられると予測して事前にその対策を練らなかったエスメラルダの落ち度だと言ってました」


 流石公爵様だ、家庭教師時代からわかってはいたが身内にも他人にもとにかく厳しい。

 でもさすがにそれは無茶な要望がすぎる。いくらエスメラルダ様が完璧な令嬢で有能な才覚をお持ちでもそんなこと不可能だ。


「父上は妹への期待が昔から大きすぎるんです、……それでレオン先輩、お願いが」


「わかった。エスメラルダ様を連れ出そう」


 俺はエドワルドの言葉を聞く前に答えた。

 ふだん無表情だが心の底から妹思いのこいつのことだ、頼んでくる願いなど手に取るようにわかる。

 俺にとってはエドワルドも可愛い後輩で、今でさえ身分の違いはあれど大切な学友でもあるのだ。


「……言い出しておいて、こう言うのもなんですが本当にいいんですか?公爵令嬢の誘拐罪は捕まったら処刑台行きは免れないですよ?」


 エドワルドの震える声が響く。

 俺に妹の為に死ねと言ってるのと同じ意味の言葉を言っていると改めて気付いたのか、顔を青くしてチビチビと酒のグラスを飲んでいる。

 まわりの酒場の喧騒に紛れていて、所々が聞き取りにくいがその声色は恐怖で慄いていた。


「構うものか、もともと没落した時に死んでいたっておかしくない身だ。それに可愛い生徒がそんな理不尽な目に遭っている時に、何も知らずに生活していた事を知って、俺はいま自分自身にも腹が立っている」


 そう言って俺はジョッキに残っていたエール酒を勢いよく飲み干した。


「エスメラルダ様を連れて逃げる。最悪、お前の家や王家の力が及ばない国外の安全な場所にでも逃すさ」


「ありがとうございます、もし捕まりそうになったら僕の名前を出してください。妹を……エスメラルダを頼みます。先輩」


 エドワルドは真剣な目で、いまにも泣き出しそうなくらいに熱を帯びた目でこちらに礼を告げてくるのでなんだか気恥ずかしくなった。


「やめろよ男同士で、お礼はここの酒代だな。……店員さん、エール酒をもう一杯頼む」



 俺は追加注文をすると、冷静に逃走計画を練り始めた。

 自分の中に音を立てて広がる静かな怒りの波を抑えながら。





学園編完結です。


次章からは少しコメディ要素が増えます。






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