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饗宴編 お兄様の生存戦略②

※不穏回

 




「エドワルド、存分に寛ぐが良い」


 招かれた庭園の王妃のみが立ち入りを許されたガーデンの中央。

 陽の光を集める温室は、冬でも快適な温度に調整されてその中では色とりどりの美しい花が咲き乱れていた。


「お招きいただき光栄です」


 メイドたちがたくさんのお菓子やお茶を運んでくる。その量はカトリーナのエドワルドへの寵愛を意味していた。


 エドワルドはそっと、服の中に忍ばせていた小さな銀のスプーンを王妃の死角で紅茶のカップに沈めた。

 この恐ろしい戦場で盟友となったアッシュから贈られたカトラリーである。


 銀のスプーンの色に変化はない。

 無表情の下でこっそりと安堵したエドワルドは、何事もなかったかのように紅茶のカップを傾けた。


「おまえが茶を嗜む姿はまるで人形が飲食をしてようで面白い、ほれ、茶菓を食べてみろ。王宮のパティシエに作らせた銘菓だ」


「ありがとうございます」


 先ほどのスプーンでエドワルドはクリームを掬う。

 ちらりと確認したが、やはり銀のスプーンに変色はない。エドワルドの顔を見ている王妃は、死角で行われている行為に気づかないのだろう。


 安堵してから、エドワルドはスプーンを服の内に戻してクリームが乗ったケーキに手をつけた。


 白い柔らかなクリームを掬って、口の中に入れる。


 舌の中でクリームが溶けた瞬間、彼の口内は猛烈な違和感を感じて


「………ゴホッ」


 口の中で起こった盛大な違和感を吐き出すと共にエドワルドは真っ赤な血を吐いた。


「キャァァァァ!!」


 控えていたメイドたちが悲鳴をあげる。

 エドワルドはその場に倒れて、口から漏れる鮮血は彼の服を赤く染めた。


「………毒だ!医者を呼べ!早く!」


 毒の名門出身が故に、毒だと即理解したカトリーナはすぐに怒声をあげて指示をして、その場は蜂の巣をつついたような騒然となる。


「エドワルド……大丈夫か?死ぬな、ええい早くせぬか!」


「………カ…トリーナ……王妃……」


 息も絶え絶えで苦しそうなエドワルドに駆け寄るとカトリーナはその歪んだ顔を覗き込む。

 美しい青年が王妃の腕中で毒に悶えて苦しみ、辛そうに息を荒げる姿。うるむ瞳、赤い鮮血。

 カトリーナの心が、隠していた本能の昂りを感じた。


 彼女は美しい男が好きだった。


 その美しい男が、苦痛に歪む顔はもっともっと好きだった。


 王妃の誇りが隠していた、本当の彼女の本心を、泥に塗れた本能の奥底から引きずり出す。


 エドワルドが苦しそうにする姿は、そんな王妃の本能を刺激した。


「血を吐いたのが………あなたでなくてよかった………っぐ」


 エドワルドはそう言い残して意識を手放した。


 気を失う直前まで、自らではなく王妃を想う忠誠、その感情を間近で浴びたカトリーナは心からエドワルドを愛でたくなった。


「……この菓子に触れた者全員をここに引きずり出せ」


 王妃は低い声で兵士に命令すると、腕の中で気を失った人形のような美青年の頭を愛おしそうに撫でた。






「エドワルド……王宮で食べ物を口にするなど、私は重々に警告した。なぜ王妃の誘いを断らなかったのだ」


 数日後、王都にあるロデリッツ公爵家の邸宅にてエドワルドはようやく意識を取り戻した。


 解毒が間に合い命は取り留めた。

 だが、味蕾に後遺症が残ってしまい今の彼には味覚がない。時間経過で治るとのことではあったが、それがいつになるかはわからないとのことであった。


「ああエドワルド……これ以上母を嘆かせないで、あなたまでいなくなってしまったらわたくしはもう生きていけません」


 エドワルドが倒れている間、ずっと枕元で泣いていたロデリッツ夫人は震えた声で嘆いている。

 エドワルドの母は、妹のエスメラルダが屋敷を出てからは毎日ハンカチを涙で濡らして過ごしているのだ。


「申し訳ございません」


 視界の定まらない瞳でエドワルドは答えた。

 数日もの間、寝込んでいたせいか頭が重くて上手く考えることができなかった。


「エレノア……下がれ、私はエドワルドと話がある」


「……はい」


 貞淑な妻を部屋から下がらせたロデリッツ公は、深くため息をつくと枕元の椅子に腰掛けた。


「……エドワルド、私はそこまで王妃に深入りしろと命令した覚えはない。アッシュ殿下を支えて、おかしな会議に釘を指す程度でいいのだ。おまえに代理で王宮に行かせた私の判断が間違っていたと認識させないでくれ」


「……申し訳ございません」


「しばらくは安静にしろ。……毒はカトラリーに塗ってあったらしい、調理人が何人か処罰されたが実行犯は不明だ」


「アルバート公と予想しております」


「証拠がないことを決して口外するな。その言葉が外に漏れたら捏造の罪を塗られて次こそ本当に消される。アルバート公はそういう男だ」


 王妃の兄の老獪な公爵の顔が浮かぶ。

 彼は間違いなく、あの会議でいちばんの権力を持っている。

 筆頭公爵の看板に潰されかかっている歳若きデュラン公も、彼の掌の上で踊っているに過ぎないことは何度か会議の席に座ったエドワルドから見ても明らかであった。


「とにかくしばらくは休め。いいな。おまえまで失ったらロデリッツ家は終わりだ……エスメラルダの事はもういないと割り切ってお前だけでも生き延びろ」


「はい」


 エドワルドは何も言わずに肯定した。

 父は知らないのだ、屋敷から逃げたエスメラルダの逃走の手引きをしたのは兄のエドワルドであることを。


 言う必要のないことは黙れと言われたばかりのエドワルドは静かに口を噤むと、目を閉じた。


 王宮の闇深さを改めて身に刻み、残してきたままのアッシュの身と届けられなかった解毒剤の存在を思い出して、ちくりと心を痛めた。





エルのお母さんがこの作品でほぼ唯一の気の強くない女性キャラです

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