学園編EX1 正義の騎士
オレの名前はカイル・ガラハッド
北の国境を守護するガラハッド辺境伯家の出身だ。
学園では騎士の花形、王宮騎士団入りを目指して学んでいる。
いちおう今の王国の王太子のアルフォンスの幼馴染の一人で、学園でもつるむことは多いけど他の「アルフォンスさまのお友達」と比べると辺境という生まれのせいか、オレの扱いはお友達連中の中でも少しだけ浮いている。
一人だけ荷物持ちを命じられたり、アルフォンスの代わりにやれと雑用を押し付けられたり、要はテイのいい使いパシリだ。
五人の中で、特に学力テストの成績は良くないし、女子にもなんだか怖いと避けられているし、唯一の取り柄の武術も学園では基本的に俺が此処に来るまでほとんど馴染みのなかった剣技しか学んでいないから騎士団長の息子で幼少期から剣技を磨いているマックスには到底敵うわけがなかったんだ。
それでも思うところはあるが、王太子の取り巻きその四としてそれなりに平穏に過ごしていたオレの学園生活だったがある日を境に変わっちまった。
少し前に転校してきた、男爵令嬢のリリエッタ・フローレンスの存在によって一定の規律は保っていたあいつらがおかしくなっていったんだ。
「おはようリリィ、今日も花のように可愛らしい」
「アルフォンス様〜ありがとうございます、嬉しいです〜」
アルフォンスたちはリリエッタが何かをするたびに、初めて歩いた我が子を褒める親みたいにチヤホヤしていて見ていてこっちが恥ずかしくなってくる。
最初は同意見で、リリエッタを囲う三人を冷めた目で見てたテオさえも、先日の試験で念願の学年主席に収まったと思ったらそれを大はしゃぎで讃えるリリエッタにあっさりと手のひらを返しやがったんだ。気色悪いぜ。
首席と言えば、それまでずっと首席を保持していたエスメラルダが心配だ。
話したことは殆どないが、少し前まで彼女はこの学園の星のような存在だったのに、今思うとリリエッタが生徒会室に入り浸るようになってから、彼女への周囲の扱いが目に見えて悪くなっていったんだ。
高嶺の花が孤立するのは簡単だった。
それまでだって、エスメラルダの完璧さに嫉妬して変な噂を流す輩はいるにはいたけれど、今回は嫉妬とかそんなかわいいもんじゃない。
なんていうか、もうエスメラルダの味方って言えそうなやつはいないんじゃないかと言い切れるくらい学園にいるあいつは、針の筵のようなんだ。
「それでね、エスメラルダ様に睨まれたけどあたし負けなかったんですよー! アルフォンス様、褒めてください」
「それは偉かったねリリィ」
絶対に原因はこいつらだろ。
オレは睨んでいた生徒会の書類から、視線を部屋の真ん中で人目を憚らずにいちゃついているアホカップルに移した。
……というか、アルフォンスに至ってはまだエスメラルダと婚約関係なのに何を公然と浮気していやがるんだ。
これが未来の主君だなんて、オレは絶対ごめんだぞ!
そう思って他の生徒会室にいる面子を見渡してみるけど、テオもマックスも微笑ましく二人を見ていて、ヴィンスに至っては「うらやましい」だなんて寝言をほざいていやがる。
もうダメだ。早くなんとかしないと。
そんな中、リリエッタの転落事故が起きて犯人はエスメラルダだと噂が流れた。
王太子本人も犯人はエスメラルダだと証言をしているが、エスメラルダの人物像がどうしてもリリエッタを突き落とすようには見えない。
なんとか彼女を庇おうにも、転落事故以降エスメラルダは謹慎処分で寮の部屋から出てこなくなってしまったし、やっと学園に来たと思ったらその日の生徒総会中にエスメラルダへの断罪劇がはじまったんだ。
オレはアルフォンスに仕事を命じられて、昼休みから通して生徒会の雑用やら荷物運びをしていたから断罪劇がはじまった頃はホールに不在で、頼まれた荷物を持って会場に来た時はすでにエスメラルダの姿は無かった。
会場内は何かに勝った時の祝賀会みたいなムードが広がっていてその嫌な空気に会場に入った瞬間に反吐が出た。
存在しない罪を並べられて追放されたエスメラルダの気持ちを考えると、なんか頭がおかしくなりそうなくらい腹の底から沸々と怒りが湧き上がってきた。
今思ったら積み重なった我慢の限界がついに来たんだな。
「アルフォンス! 目を覚ませお前はその女に騙されてやがるんだよ!!」
デレデレと気色悪いムードのまま、舞台上でいちゃついてやがるアルフォンスにオレは怒鳴った。
「カイル……?」
「話は聞かせてもらったがエスメラルダがそんなことする必要あるんだ! そもそもテオの持っている証拠の手紙だっておかしいだろ! エメラルドの姫たる彼女の字が、そんな癖強で汚いわけねえだろうが!!」
オレはテオが持っている手紙を指さすと、テオは慌てて子供が書いたような癖字だらけの手紙をポケットにしまった。
「カイル落ち着けよ、お前腹減ってるのか? 昼飯食ってないもんな」
激怒するオレをマックスがバカにしたような目で笑った。
こいつは、剣技でオレが勝てないことを逆手にとっていつも見下してきやがるんだ。
リリエッタが来てからは、「自分はこいつより強い」と誇示するように、その態度もどんどんあけすけになっていった。
「アルフォンスが申し付けた仕事のせいでな、オレが一人で荷物運びをしてるうちに随分とくだらない事をしていたんだな」
「……くだらないだって?」
アルフォンスの一番の腰巾着であるヴィンスが不機嫌そうに眉をひそめた。
だが、オレに言わせたら本当にくだらないね。
一人の女子相手にこんな学園全体で袋叩きするやり方、たとえエスメラルダが本当に悪くたって許されるもんじゃない。
最近の彼女が深く傷ついた様子を遠巻きから見ていたからオレは尚更、許せなかった。
「ああ何度でも言うさ。くだらない、おいリリエッタ、おまえ絶対わざと階段から落ちたんだろ!? なんで都合よくアルフォンスが旧校舎にいたんだよ! ぞろぞろとお友達まで呼び寄せて……絶対にお前が何か仕組んだんだろ!?」
「あっアルフォンス様……カイル様が怖いですぅ」
心当たりがあるのかリリエッタは一瞬だけたじろぐと、すぐに甘い声をだす。
「カイル、リリィに謝ってくれ」
いつものぶりっこすぎて反吐が出るくらいのリリエッタの甘え声に、アルフォンスが優しそうな声色で寄り添う。
もうこのやりとりを何回しただろう。
エスメラルダは何度、婚約者とこの女のこのやり取りを見たんだろう。
オレはエメラルドの姫と称されて、胸の内にほんの少しの憧れを抱いてたエスメラルダの誇りを無茶苦茶にしたこいつらに、口先だけの謝罪をするのは金輪際やめることにした。
「何をだ? リリエッタのぶりっこ顔の下で計画してた悪意を見抜けなくてわりぃってか? 白昼堂々婚約者では無い女といちゃつく主君を諌めずに、放置してたことか!?」
「……カイルこのままだと僕はきみにエスメラルダと同じ罰を与えることになる」
アルフォンスの冷たい目。
まわりに耳障りのいい言葉を吐くやつしかおかないアルフォンスは、滅多に聞くことのない否定の言葉を話すオレの口を黙らせたいのだろう。
上等だ! オレはここまで来た以上食い下がる気は微塵もない!
「ハン、こんな気色悪い学園こっちからお断りだ。生徒も教師も全員狂ってやがる!」
オレは怒りに任せてそう返した。
壁際でオレたちのやりとりを眺めていた教師陣が「な!」って怒りの声を漏らしたが、オレにはもう、どうでもいいことだった。
オレは正義の騎士になりたいんだ。
弱きを助け、強大な敵を倒し、主君を守る誠実な騎士に、だ。
一人の女子を集団で袋叩きにするなんて、オレのなりたい姿の真逆の存在だ。こんなところにいたらオレも堕落するところだったぜ!!
「そうやって一生見たいものだけ見て生きてやがれ! アルフォンス、お前は絶対に後悔するからな! 覚えてろ!」
オレはそう言い切ると、その勢いで学園を出ていくことにした。
後先考えずの行動だけど、オレは絶対に間違ってなんかいないと確信があった。
どうせアルフォンスたちに、とってオレは使い勝手のいい召使だ。「何だあいつ」くらいの反応しかないだろう。
もうそんな扱い、こっちから願い下げなんだ。
オレは実家のある一旦辺境へ帰ることにした。
騒動を起こして、学園を辞めたことに親父からはお叱りと勘当も行きずりの乗り合い馬車の中で覚悟をしたが、何日もかけて帰宅して顔馴染みの門番に挨拶すると門番は微笑んでオレを迎えてくれた。
「坊ちゃんおかえりなさい」
「派手に暴れたみたいね、旦那様がお待ちよ」
子どもの頃からお世話になっている、庭師の老夫婦も帰ってきたオレを見かけて優しく声をかけてくれた。
「あはは、我慢できなくてさ……」
なんて苦笑いを浮かべると、庭師の夫婦はそれ以上は何も言わずにオレに優しく笑ってくれた。
屋敷に入ると白髪頭の執事が飛んできて、そのまま家族が待つ部屋に連れて行かれた。
辺境伯である親父は、帰ってくるなりオレを怖い目でひと睨みして
「学園を勝手に退学してきたらしいな?」
と口を開いた。
「あぁ、勝手に辞めたのは悪いと思ってるさ。でも……」
学園で起きた胸糞悪い事を報告しようとしたら、親父は何も言わずに黙れと目で示した。
その圧に負けて、俺は大人しくお説教を受ける体制を取る。
「まず、主君であるアルフォンス殿下に暴言を吐き、その“お親しい異性の友人”を公然と侮辱した事。怒りに身を任せて感情をすぐに出す事。お前が反省すべき点だ」
「……」
「そしてたとえ周りにいる他の全員が黒いものを白いと言っても、黒く見えると主張できる。それがおまえの美点だ。カイル、私たちはおまえを口の悪さ以外で叱ることはないよ」
「よくやったわカイル、さすがワタシたちそして辺境領の自慢の息子よ」
いつのまにか部屋に来ていた母さんは、そう言ってオレの手を握って労ってくれた。
今夜はあんたの好きなチキンシチューにするからね、なんて言われて部屋に送り出されたからオレは涙腺に熱いものを感じちまった。
反抗期で最近冷たい妹まで、
「兄貴やるじゃん」
って夕食の時に言われたんだぜ。
ここ数ヶ月の学園の異質な空気でオレもそれなりに喰らってたんだ。たまったもんじゃねえよ!
恥ずかしいから詳しくは書かねーけど、オレは優しい家族のあたたかみに囲まれて少しだけ目頭から熱いものが溢れた。