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珈琲

作者: yamico

俺は朝に弱い。

低血圧だからなのかもしれないが起きられないし、起きてもエンジンがかかるまでに時間がかかる。

朝食を摂らないのは不健康だと言われているが食べる気にもなれない。


俺は小さな会社のお客様サポートという職についている。

言わばクレーム担当である。

毎日毎日お客様の怒鳴り声を聞いている。

最初は病みそうになったが最近はやっと慣れてきて、人間はこういうものだ。と悟った。

それからは少し楽になった。

怒鳴って喚き散らしてストレス発散をしているのだろう。

俺はそんな人たちの話を聞いてあげる優しい天使だ。

怒ることもなく、優しい物腰で話し、お客様が欲しい言葉を与えてあげている天使だ。


俺はいつも寄っているカフェでカフェラテをテイクアウトで注文する。

毎朝同じ女の子がいて、毎日こんな俺に笑顔を向けてくれる。


今日も俺はカフェラテを注文した。

いつも笑顔の女の子が今日はつらそうな顔をしていた。

気になったが体調を聞くほど仲がいいわけではない。

俺は出来上がったカフェラテを受け取って店を出た。

いつも何も書いていない紙コップに何か文字が書いていた。

(誰かの特別な注文のやつと間違ったかな?)

ソイにするとかアーモンドミルクにするとかカスタマイズするアレだ。

俺はそんなおしゃれな注文はしたことがない。


『Happy Days』と書いていた。

どういう意味だ?

(幸せな日々??)

俺は急にメッセージを書かれてちょっと戸惑った。

有名コーヒー店ではメッセージやちょっとした絵なんかを描いている店もあるようだが。

あの店は個人でやっている小さなカフェのはずだ。

(有名店の真似を始めたのか)


俺は違和感はあったが飲み終える頃にはそんなことも忘れていた。


────


今日も仕事を頑張った。

電話してくる人たちはどうしてあんなに怒ることができるのだろうか?と思うほど怒りに満ちている。


定期的にかけてくるおばさんがいる。

うちの商品を愛するあまりちょっとしたことが気になるようだった。

それは開発部に引き抜きたいほどに商品を分析してくる。

俺は愛のあるクレームと呼んでいる。

どれだけ怒鳴られようが、このおばさんは変わらずうちの商品を使ってくれる。

こういうクレームばかりならいいんだけど。

理不尽に怒る人が多い。

俺は天使になりきってお客様の怒りを鎮める。

同僚は『天職だ』と言ってくれる。


そんなわけない。

慣れてきて気にしないようにしているがストレスはストレスだ。

早く帰ってビールでも飲もう。


帰り道にも朝のカフェの前を通る。

いつも帰る時間には閉店していて真っ暗なことが多い。

しかし今日はほのかに明かりが灯っていた。

(あれ?やってるのかな?)

俺はビールじゃなくてコーヒーでもいいかなと思い店を覗いてみた。

『CLOSE』の看板が出ている。

(なんだやってないのか)

ふと店内を見るといつもの女の子が派手なアロハシャツを着た男と話をしていた。

客には見えない。

俺の視線を感じたのか男はこちらをちらっと見て店から出てきた。

男は顔を隠すように去っていった。


中の女の子は泣いているようだった。

泣きながらテーブルを拭いているように見えた。

俺は泣き顔を誰かに見られるのは嫌だろうと思って急いで店の前を通りすぎた。

(彼氏とケンカでもしたのかもしれない)


ちょっといいな、と思ってたので少し残念だった。

あんなかわいい子に彼氏がいないわけないか。

俺は帰ってビールを飲むことにした。

(今日は2本飲んじゃおう)


────


翌日、いつものように、カフェに寄った。

いつもの彼女はいつものように笑顔で接客している。

(よかった 元気そうだ)

俺はいつものようにカフェラテを注文した。

商品を渡そうとして彼女は何かを言いかけたように思えた。

「すいませーん」レジの前で客が呼んでいる。

「ありがとうございました」と言ってレジの方へ行ってしまった。

(気のせいか)


ふとカップを見ると今日は

『Everything OK』と書いていた。

これはどういう意味だろうか。

俺は気がつかないうちに悩んでいるような顔をしていたのだろうか。


(こんな俺を気遣ってくれるなんて優しい子だな)


その日は1日なんだかいい気分だった。

人に気遣われるのって久しぶりな気がする。

どんなに怒鳴られても喚かれても笑顔で対応できた。

(あの子のおかげだな)


その日の帰り、上司に呼び止められた。

「頑張ってるな!たまにはメシ奢るぞ!」

「いいんてすか?!ご馳走になります!!」

俺は喜んで上司についていった。

「ステーキとか焼肉とか食いたいです!」

そういう俺を上司が連れてきたのはカレー屋だった。

「カレーにも肉が入ってるだろ!」

上司は笑いながら「オリジナル!大盛りで」と注文した。

「おまえは?」と聞かれたので「同じものを!」と言った。


上司は最近の俺の様子を見てくれていたようだった。

「クーレム受付なんて誰もやりたがらない仕事をお前はいつも笑顔でがんばってくれている。ありがとうな。」

俺はちょっぴり涙が出た。

なんだか今日は朝から1日いい日だ。

「もしかしてお前、泣いてるのか?」

上司は笑いながらからかってきた。

「カレーが辛いだけです!」

カレーは肉がほとんど入っていなかったが美味しかった。


上司と店の前で別れた。

俺は少し遠いが歩いて帰ることにした。

(今日は気分がいいからね)


いつもは通らない公園を通った。

「ごめんなさいっ!ちゃんとするから!」

女性の声が聞こえた。

公園の自動販売機の前で男女がケンカしているようだった。

男は泣いている女性を殴った。

(え??)

「おい!何してるんだよ!」

俺は反射的に声をかけてしまった。

「うるせー!」

男は女性の腕をつかみ路上駐車していた車に彼女を乗せて走り去って行った。

(今の女の人、なんだか見覚えがあるような)

暗くてよくわからなかったが。


俺は今日一日のいい気分を壊されてムカムカしていた。

女性に手をあげるなんて最低なやつだ。

風呂上がりにビールを飲みながら「まったくけしからん!」と言ってなんとなくテレビをつけた。


『暴力団関係者を大麻取締法違反で逮捕しました。今日、○○で取引中の○○を〜』

(もっと明るいニュースはないものかねぇ)

俺はチャンネルを変えた。

面白い番組はやっていないようだ。

「さっさと寝ますか!」

俺は誰もいない部屋で独り言を言う。

(虚しい 早く寝よう)


────


次の日もカフェラテを買いにいった。

いつもの女の子は目に眼帯をしていた。

他の常連さんに「どうしたのー?」と聞かれて、

「ものもらいができちゃいまして」と笑っていた。

俺は直感で昨日公園で見たのはこの彼女だ!と思った。

聞こうかどうか迷っていると、「いつものでよろしいですか?」と聞かれた。

俺は「はい」とだけ言ってお金を払った。

(俺の意気地なし)


その日のカップには、

『Light up』と書かれていた。

どういう意味だろうか。

暗い顔でもしていたのだろうか。

そう言われてみればそうかもしれない。

彼女の方が辛いだろうに。

俺のことをまた気遣ってくれている。


(今日も一日明るくがんばろう!)

俺は元気になった。


────


俺はカップに書かれる文字が楽しみになっていた。

今日はなんて書いてくれるのだろうか?

俺はいつものようにカフェラテを注文した。

彼女は眼帯のままで今日はとびきり具合が悪そうだった。

青白い顔でどことなくふらふらしている。

「おまたせしました」

彼女は笑おうとしていたが笑顔になっていなかった。

他に客はなく、俺が店を出るとふらふらとドアまでやってきて『CLOSE』の札を出した。

(やっぱり具合が悪かったんだ)

店を閉めたならゆっくりできるだろう。

病院へ行ったのかもしれないし。

俺は気になったが立ち入ることもできないと感じで会社に向かった。

今日のカップにはよれよれの文字で、

『Pleasure』とだけ書かれていた。

さすがにこれだけでは意味がわからない。

彼女は喜んでいたようにも見えないし、俺が喜んでいたようにも思えない。

(なんだか嫌な予感がする)


俺はその日一日仕事にも集中できず上司にも怒られてしまった。

どうしても気になって帰りにカフェを覗いてみた。

相変わらず『CLOSE』の札が出ていて店内に人影はない。

(病院に行けてればいいけど)


────


翌日カフェは『CLOSE』のままだった。

定休日はなくて毎日やっていたのに。

あの女の子がいない日はおじいさんが代わりに店にいた。

そのおじいさんも今日はいない。

(こんなの初めてだ)


俺は店内をのぞきこんだ。

かなり怪しい行為をしていると自覚はあったが、今は何か情報がほしい。

カウンターの隅に光るものが見える。

あれは包丁ではないだろうか?

気のせいだろうか。


俺は胸騒ぎがしたがドアは開かないし、俺にできることはなさそうだった。


昨日怒られたばかりの俺はできるだけ彼女のことを考えないように仕事に集中した。

その日は上司に怒られることはなかった。


帰り道にもカフェを覗いてみた。

真っ暗で何も見えなかった。

俺はおとなしく家に帰った。


俺はなんの気なしにメモ帳に彼女からもらったメッセージを書いた。

Happy Days

Everything OK

Light up

Pleasure

この4つに何か意味があるのだろうか?

よく見るとコーヒーカップに書くには変な単語ばかりだった。

もしかしたら意味なんてないのか?

俺はゴロゴロしながら書いた紙を見ていた。


H

E

L

P


HELP??


助けを求めていたのか?!

俺は急に不安になった。

彼女は大丈夫だろうか?


俺はいつの間にか家を飛び出していた。

何も考えずにあのカフェに向かっていた。

店は相変わらず真っ暗なままだった。

この店舗の上は住宅になっている。

彼女はここに住んでいたのではないか?

俺は建物の裏に回った。


裏には思ったとおり階段があった。ポストもついていて『EDA』と表札に書いていた。

江田さんかな?


階段を上ろうとしたときにあるものに気がついた。

血痕がついている。

俺はびっくりして固まってしまった。

(上に行って彼女の安否を確かめないと)

俺はもたもたしていると急に後ろから頭に袋を被された。

同時に腹にパンチかキックをされた。

俺はその衝撃で倒れそうになった。


両腕を掴まれてどこかに入れられた。

バタンとドアの閉まる音が聞こえた。

キューッという音がして両手を後ろで縛られた。

(結束バンドか?)

続けて足も縛られたようだ。

「どうするつもりだ!」

俺は叫んだが声は出ていなかったようだ。

腕にチクッとした感触があった。

(薬でも盛られたのか…)


ガタンと動いた。

車に乗せられたようだった。

俺の意識はどんどん遠ざかっていく。

(どこに…つれて…いく…)

完全に意識を失ってしまった。


────


気がつくと俺はどこかで寝ていた。

麻の袋を被せられたままだった。

手も足も自由にならない。


隣の部屋から話し声が聞こえる。

「あんなの連れてきてどういうつもりだよ!」

「うるさいよ、聞こえるだろ。」

「馬用の鎮静剤を打ったからしばらくは起きないよ!!」

「しかたないだろ!女の家の前でウロウロしてたんだからよ!」

「それだけで連れてくるなよ…」

男二人が俺を連れてきた件でもめているようだった。


俺はもぞもぞと動いて頭に被せられていた麻の袋を取った。

どこか部屋の一室にいるようだった。

体をねじって反対側を見ると見覚えのある人がそこにいた。

カフェの彼女だった。

俺は声を出しそうになって慌てて黙った。


彼女は眼帯をしていた方の目の周りがあざになっていた。

やはりあの夜公園で殴られていたのは彼女だろう。

今は目を閉じてぐったりとしている。

腕には何個も注射の痕があった。

内出血をしていてどう見ても医療機関での痕ではない。

何か薬物を注射されたのだろう。


俺はスマホを探した。

確か尻のポケットに入れていたはずだ。

(よし、取られていないぞ)

しかし操作ができそうにない。

画面を見ながら操作することはできないし、見ないで操作することも俺にはできない。


彼女は腕を拘束されていない。

起きてくれないかな。

起きる気配はまったくない。

下手にいじって音でも出たら取り上げられてしまうだろう。

(考えろ!おれ!)


部屋には大きな窓がある。

カーテンが閉められていたがサイズが合っていないようで下の方からは外が見える。

窓には情けない俺の顔が写った。


(窓に画面を写して入力できないか?)

俺はスマホの画面を窓に向けた。

外は暗いのでうまく窓に写った。


電源を入れるとパターン入力の画面になった。

いつもはここでパターンを入力するのだが、オレはその下の『緊急通報』というボタンをタップした。

電話番号を入力する画面になった。

(いいぞ!俺!)


1…1…0…


俺は警察に通報することにした。

『はい警察です。どうしましたか?』

俺は小声で「助けてください。拉致されました。」と言った。

電話口では「もっと大きな声を出せますか?」と言っている。

(隣の部屋に聞こえちゃうよ!)


「何か音がしなかったか?」

「気のせいだろ?馬の鎮静剤だったら半日は寝てるだろうよ。それよりどうすんだよ!」

まだもめているようだった。


俺はスマホをそのまま部屋の隅にある一人がけのソファの下に滑らせた。

(どうかGPSか何かでここを探り当て手助けに来てくれ)

俺は警察に情報を与えるためにわざとらしい声を出した。

「ここはどこだ!なぜ拘束したんだ!」

隣から男たちがやってきた。

「おい!起きてるじゃねえか!何やってんだよ!」

「知らねえよ!俺はちゃんと注射を打ったよ!」


大きい方の男が俺を蹴飛ばした。

「うるさくしたらここで殺すぞ!」

「やめてー!殺さないで!!」

俺はわざとそう言った。

(気がついてくれ!)


小さい方の男が俺にまた麻の袋を被せた。

「顔を見られたじゃねえか!」

「やっちまうか…」

男たちは隣の部屋で嫌な相談をしている。

さっき見た感じではここはアパートかマンションだろう。

ベランダから外は見えた。

コンクリートで覆われたタイプじゃなくて柵のようになってるタイプだろう。

うまくやれば下の隙間からこちらが見えるはずだ。

(1階なら…)


その可能性は低いだろう。

どうやってここにいると知らせることができるだろうか。

考えているうちにパトカーのランプが隙間から見えた。

音は鳴らしていない。

俺は縛られた足を窓に向けて芋虫のように移動した。

このまま窓を開けられないだろうか。

せめてカーテンだけでも、と思ったがカーテンを開けたら隣の男たちにも気がつかれるかもしれない。

窓だけでも開けたい。

俺は麻袋の隙間から窓の場所を確認して足で器用に窓の鍵を開けた。

カーテンが揺れている。

(バレルなよ…)

ゆっくりと足で窓を開けた。


カーテンが風で揺れているように見える。

(これはまずい)

そう思ったときには遅かった。

「てめぇ!窓から逃げようとしたな!」

男は叫んで窓を閉じようとした。

パトカーがいることに気がついたようだ。

「やばいよ、警察が外にいるよ。」

小さい方の男は小声でもう一人に言った。

「サイレン鳴らしてないならただのパトロールだろ!」

男たちは静かに外をうかがっている。


「俺を殺すんですか?」

俺はわざと大きめの声で聞いた。

「うるさい!黙ってろって言っただろ!」

そう言ってまた俺のことを蹴った。

「痛い!」

「声を出すなって言ってるだろうが。今殺されたいのか??」

男は俺の胸ぐらをつかんで脅してきた。

俺は黙った。

(早く見つけてくれよ)


ピンポーンという音とドアを叩く音が聞こえた。

「夜分遅くすいません。警察の者ですが。」

ドアの向こうから声が聞こえる。


「なんでみつかるんだよ!おい!窓から逃げるぞ!」

男たちは窓を開けて出ていった。

そこには別の警察官がいたようで「確保!」という声が聞こえた。

俺は「助けてください!ここにいます!」と大声で叫んだ。

窓から人が入ってくる気配がした。

麻の袋を取ってくれた。

そこには警察官がいた。

俺は安心したら眠くなってきてしまってそこから意識がない。


────


俺が目を覚ますとそこは病院のベッドだった。

点滴を受けていた。

動くとめまいがした。

看護師さんが駆け寄ってきて「お目覚めですね。まだクラクラすると思いますので安静にしててください。」と言った。


すぐに刑事がやってきた。

俺のスマホがテレビでよく見る証拠扱いされて透明な袋に入れられていた。

「これ、あなたのですよね?」

「はい。」

俺は何があったのか聞かれたのでカフェでのメッセージから順番に話をした。

刑事は頷きながらメモをとっている。


「それで彼女は無事ですか?」

俺が聞くと「個人情報ですので」と言ったあとに「命の危険はありません」とだけ教えてくれた。

俺はホッとした。


「また何か思い出したらここに電話ください。」と言って名刺を置いていった。


犯人のことやあの彼女のことは一切教えてもらえなかった。

(俺はいったい何に巻き込まれたんだよ)

「朝じゃん!会社に行かないと!」

俺は起きようとしたがクラクラして無理だった。

看護師さんがまたやってきて、

「強い薬を打たれたので動き回るのは危険です!」と言った。

「会社に連絡しないと…」と言ったところでスマホを返してもらえなかったことに気がついた。

(また上司に怒られるな)


窓から見える空は青かった。

こんな良い天気の日に寝てられるなんてもしかしたら幸せかもしれない。


俺はどうでもよくなって目を閉じた。

(なるようになるさ)


────

目を覚ますと枕元に缶コーヒーとメモ用紙があった。

メモには『関わるな』とだけ書いてあった。

缶コーヒーはカフェラテだった。

(きっとこれはあの彼女だ)


関わるなってことはまだ終わっていないと言うことだろう。

俺は看護師さんに病室に来た人はどこに行ったのか聞いた。

「彼女なら車椅子に乗せられて転院して行ったわ。」

と教えてくれた。

(転院?ここは総合病院じゃないのか?)

聞いても詳しいことは知らないと言われた。


俺は病院内の公衆電話を見つけて名刺の刑事に電話した。

「山上さんをお願いします。」

『はい、山上です。』

さっき来た男の声だ。

俺はメモが置かれていたことと彼女が転院していったことを話した。

『転院するとは聞いていませんでした。こちらで調べてみます。』

刑事はそう言って電話を切った。


俺は嫌な予感がして頭から離れなかった。

(転院するとしたら薬物関係の施設だろうか?)

しかしこんなに早くしかも警察に知らせずに転院させるだろうか?


俺は「もう大丈夫ですから」と言って無理やり退院した。


────


とりあえずカフェに行ってみた。

カフェは真っ暗で人の気配がない。

さすがにここにはいないか。

裏に回ってみた。

階段には黄色い警察のテープがかけられていた。

窓からは真っ暗な部屋が見える。

ここにも警察が来たのか。

俺はテープをくぐって階段を上がっていった。


ノックをしてみた。

返事はない。

おそるおそるドアを開けてみた。

カギはかかっていなかった。

「こんばんはー!入りますよー?」

(これって不法侵入かな)


部屋の中は荒らされていた。

犯人がやったのか、警察がやったのかはわからなかったが何かを探したあとのように見えた。


テーブルの上に見覚えのある紙コップがあった。

カフェのものだ。

そこには見覚えのある字で『B』とだけ書かれていた。

(Bってなんだよ)


俺は他に何かないか探した。

テーブルの下に1枚のチラシをみつけた。


『BHELP 標準コース』とタイトルがつけられていた。

(これだ!!!)

彼女が本当に言いたかったのはこれのことだ。

どうやら何かの生徒募集をしているというチラシだった。

受講料が10日で50万円と書かれている。

(こんな高額の講習に通うやついるのか?!)

俺は開催場所の住所を見た。

以前彼女が殴られていた公園の近くだった。


俺はチラシを持ったまますぐにその住所に向かった。

スマホもなしに住所だけを頼りに探すのはすごく大変だった。

電柱や信号についている住所を頼りに近くまでやってきた。

そこにはボロボロのビルがあった。

(ここで50万はないだろう)

廃墟のようなビルだった。

明かりはついていない。

俺はおそるおそるそのビルに入っていった。

ポストはガムテープで塞がれていた。

その横に貼り紙がしてあった。

『取り壊しのお知らせ』

読むと明日から取り壊しの作業に入ると書かれていた。

(嫌な予感がする)


俺は1階から順番に人の気配を探して回った。

3階ににつくとかすかに物音が聞こえた。

俺は慎重に進んだ。


そこには大きなゴミ箱のようなプラスチックの入れ物があった。

そこからかすかに音が聞こえる。

確実に何かがこの中にいる。


ノックをしてみたが返事はない。

俺は意を決して蓋を開けてみた。

特に反応はない。

ゆっくりと中を覗いてみた。

そこには目隠しに口をガムテープで塞がれ手足をぐるぐる巻きにされたカフェの彼女が倒れていた。

俺は急いでこの入れ物を倒して彼女を引っ張りだした。

体は冷え切っていたが息はある。


スマホがなくて救急車も呼べなかった。

(なんて不便なんだよ!!)

俺は剥がせるガムテープを剥がした。

手足のガムテープも歯で食いちぎって外した。

呼びかけても意識はない。

早く病院に連れて行かなければ。


俺は彼女をおぶって階段を降りた。

ここで転んだら致命傷になりかねない。

俺は急ぎたい気持ちを抑えて慎重に降りた。


やっと外にでることができた。

街中には公衆電話もない。

ここで騒いで犯人にみつかったら俺の苦労が水の泡だ。

俺は交番がこの先にあったのを思い出して彼女を担いだまま向かった。


警察官は俺をみつけるとすぐに駆け寄ってきた。

「救急車を…」

俺は疲れきってそこに倒れ込んでしまった。

もう一人の警察官が電話をしていた。

「彼女を助けて…」

俺はそこまで言って気を失ってしまった。


────


俺はまた病室にいた。

気がつくと医者が怒っていた。

「無理をするからですよ!今度こそ安静にしててください!」

俺は「ごめんなさい」と謝った。

すぐに刑事がやってきた。

「彼女は無事ですか?!」

刑事は頷いた。

「とりあえず話を聞かせてください。」

俺はポケットからチラシを取り出して刑事に渡した。

「これは?」

「多分、今回の事件の発端です。このセミナーどう見てもおかしいでしょ?BHELPが何なのかは知らないけど50万円なんて聞いたことがない。」

刑事は頷いて「調べてみます」と言ってくれた。


「彼女はまだ狙われているかもしれません。」

俺が心配した顔で言うと、

「個室に入ってもらって警備も厳重にした。同じ失敗は繰り返さない。」と言った。

「お願いします。」

「あなたは少し休んでください。ここにも警備をつけますので。」

そう言って刑事はいなくなった。

ドアのところに制服の警察官が立っている。


俺は安心したのか急に眠くなった。

大人の女性を背負って階段を降りて街中を歩き回った。

体も疲れている。

俺は重いまぶたに勝てずに眠ってしまった。


────


体中が痛い。

俺はだるさを感じながら目を覚ました。

また病院にいた。

俺は昨日のことを思い出して病室を飛び出した。

(あの子は無事だろうか)


廊下ですぐに刑事に腕を掴まれた。

「どこに行くんですか?」

「いや、俺は…あの子が心配で…」

刑事は俺に病室に戻るように言った。


「私から聞いたと言わないでくださいよ。」

刑事は前置きしてこの事件の真相を話してくれた。


────


あのカフェは先代のおじいさんの作った借金でかなりよくない状況だったという。

そこに借金取りに来た悪い奴らが彼女に悪事を手伝ったら借金を減らしてやると付け入ったのだと言う。

借金取りをしていたのは詐欺グループの一員で偽物のセミナーを企画して金だけ奪っていたらしい。

そこであのカフェも勧誘時などに利用されており、共犯者だと脅されていたのだと言う。

詐欺グループは薬物にも手を出していて繁華街や公園で売りさばいていた。

カフェの彼女はそんな犯罪の数々を目の当たりにして耐えられなくなったのだと言う。

警察に行くと言い出した彼女は監禁されて薬漬けにされた。


そこにコソコソしている怪しい男(つまり俺)がやってきたので一緒に監禁したはいいが通報されてしまう。

病院にいる彼女を口封じのために拉致。

借金に苦しんで自殺したと偽装して殺そうとしていたところにまた俺が来たのだという。

犯人はあのビルに火をつけようとガソリンを買いにいっていたという。

捜査員が戻ってきた犯人を捕まえて、現在も事情聴取中らしい。


(あのまま焼かれてしまうところだったというのか)

「そんなに話しちゃって大丈夫なんですか?」

「いや、バレたらすごく怒られます。だから言わないでくださいね。」

刑事はニコッと笑った。

「あなたなら真実を知るためにまた無茶をしそうだから…先に話しました。」

「すいません。」

俺はスマホを返してもらった。

「会社!無断欠勤してるんだった!!」

そう言うと刑事は私から連絡しましょうか?と言ってくれた。

俺は躊躇なくお願いした。


「実は事件に巻き込まれまして…はい、それで連絡もできずに…ええ、今は病院に…はい、伝えておきます。では失礼します。」


俺はスマホを受け取った。

「心配してたようですが怒ってはいなかったようですよ。ゆっくり休んで元気になったら連絡するようにと言ってました。」

(クビにはなってなかったな)


────


俺はその日のうちに退院できた。

結局彼女には会えなかった。

きっとまだ薬物関係の治療が終わらないのだろう。


帰り道、またカフェの前を通った。

相変わらず『CLOSE』の札が出ている。

元気になってまたお店を開けてほしいなと思った。


────


『CLOSE』の札のまま数日が過ぎた。

俺は会社に菓子折りを持って出社し、みんなに心配をおかけしてと謝罪をした。

上司は怒るに怒れないという感じで「また頑張ってくれよ」と言って背中を叩いてくれた。

相変わらずな毎日が過ぎた。


いつもの癖で俺はあのカフェの前を通るたびに店を覗いてしまう。

帰るときにまた覗いてみると『CLOSE』の札がなくなっていた。

『閉店のお知らせ』という貼り紙がしてあった。

(辞めちゃうのか…)

俺は寂しい気持ちになった。

彼女は元気なんだろうか。

ふと店の中をみると見覚えのある紙コップがこちらから見える位置に置いてあった。


『Thank you!』


紙コップにそう書かれていた。

これは常連さんたちへ向けたメッセージなのだろうか。

それとも俺に…


今どこでどうしているかもわからない。

カフェラテだけの関係だった彼女。


それでも俺は思う。

またどこかで誰かを笑顔にしてあげてるといいな。


人間は時々間違ったことをしてしまう。

無意識に、意識的に、しかたなく、何が原因であっても間違ったことは間違いだ。


しかし人間は反省ができる。後悔もできる。

大変なことだろうけどやり直すことだってできるはずだ。

人の命に関わること以外なら。

彼女は命を奪われなかった。

だからきっとやり直せる。


(おいしいカフェラテの店を探さないとな)


俺は歩いた。

何もなかったように。


俺は珈琲を飲むたびに彼女を思い出すかもしれない。

しかし俺は願う。

彼女は俺のことなんか忘れてしまうように。


彼女の記憶から俺と関わった辛い記憶が消え去りますように…。



────

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― 新着の感想 ―
[良い点] 緊迫感のあるシーンもあり、謎解きも良く出来ていて良かったです! [一言] カフェの彼女が穏やかな日々を過ごせるように祈っています。
[良い点] 日常が急に非日常になり、そしてまた日常に戻っていく感じが良いなと思いました!
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