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初恋の少年は冷徹騎士に豹変していました 全力で告白されるなんて想定外です!!  作者: 雨咲はな
第五章 仮面、表裏、明日への希望

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仇敵



 注意深く扉を細く開け、廊下に誰もいないことを確認してから、外に出た。

 再び扉を閉め、ルパートが持っていた鍵を使って施錠する。まだしばらく彼を見つけられてしまっては困るのだ。朝まで姿を見せなければ、訝しんだ使用人たちが探すだろう。


「一応、この鍵も屋敷内のどこかに落としていくよ」


 シリルは再び黒い仮面をつけているので表情が見えない。しかしその声はいつもどおりのものに聞こえたので、ラヴィはホッとした。


「でも、もうこれ以上、わたしがルパートに近づくことは難しいでしょうね」


 自分も可能な限りなんでもないように返したが、普段と同じ表情を保つのは、かなりの努力が必要だった。


「なによりだ。もう二度とあの男に関わってほしくない」


 ルパートはきっと黒い仮面の賊に襲われたと騒ぐだろうが、その情報だけではどうしようもない。ラヴィを怪しんで問い詰めてくるようなことがあれば、「暴漢が現れて怖くて逃げた」とでも言っておこう。

 そのまま二人でこっそり一階に戻るつもりだったのだが、不運にも、階段を下りる手前で中年の男性に見咎められてしまった。


「……ここで何をしている? 招待客には、二階は立ち入らないよう厳しく言っておいたはずだが」


 その人物は顔を仮面で隠していなかった。

 全体的に尖った感じの男性だ。顔の形や痩せた身体つきもそうだが、口調にも態度にもトゲがある。

 年齢は四十代後半くらいか。黒い髪を一筋の乱れもなく後ろに撫でつけているのが、神経質そうな印象を受けた。鼻の下にある髭も左右に分かれてきっちりと整えられているので、なおさらだ。

 しかし、彼を見た人がおそらく最初に気づくのは、その眼光の鋭さだろう。

 無感情で、冷然としている。非人間的なくらいの目はまるで蛇のようだと、ラヴィは寒気を覚えながら思った。その眼差しを向けられると、自分が人間というより、「獲物」として見られているような錯覚に陥りそうになる。

 ただ立っているだけでも目には見えない圧が押し寄せてくるようで、足元から震えがのぼった。


「……アドキンズ伯爵」


 黒い仮面をつけたシリルの声は、地の底から聞こえてくるように低かった。ラヴィははっと息を呑む。

 垂らされている彼の手が拳になって握られたのは、激情を押し殺そうとしているからだろう。全身が緊張で張り詰めているのが伝わってきた。


「不躾な真似をして申し訳ない。実はご子息から、この娘を部屋に連れてくるよう言いつけられまして」


 ラヴィはなるべく下を向いて、シリルの陰に隠れるように身を縮めた。放蕩息子に目をつけられてしまった、哀れな被害者として。


「ルパートが?」


 石像のようだった無表情が、わずかに歪んだ。目元に小さく寄った皺は、不快と苛立ちを表しているようだった。


「それで?」

「何度かノックしたのですが、返事がなかったので、引き上げるところでした。扉には鍵がかかっておりましたので、今頃は私に言ったことなんて忘れて、どこかで楽しんでいるのかもしれませんね」

「ふん……」


 肩を竦めたシリルに、伯爵は片目を眇めた。腹立ちはあるようだが、その言葉を疑っている様子はない。きっと、今までにも同様のことがあったのだろう。


「まったくあの厄介者が……忌々しい。他に息子がいれば、すぐにでも追い出してやるところだ」


 ルパートは父親から信頼を得られていないどころか、嫌われているらしい。この分では将来代替わりしたとしても、父親が実権を握り、ルパートは単なる傀儡として扱われることになりそうだ。


「とにかく、さっさとその娘を連れて、屋敷から出ていくことだな。これから大人の時間が始まる。くれぐれも他の客の邪魔になるようなことはするなよ」


 間違っても夜会の主催者が招待客に向かってかける言葉ではないが、シリルのことは「ルパートの遊び仲間」だと認識しているらしい。伯爵にとっての客とは、身分が高くてお金と退屈を持て余している人々だけを指しているようだ。


「ええ、そうします」


 シリルは大人しく頷いて、ラヴィを抱え込み、伏せた頭を自分の胸に押しつけるようにして階段を下りた。あちらからは、娘をしっかり捕まえているように見えるだろう。

 慎重に足を動かし、ようやく一階まで下りたところで、シリルは大きな息を吐いた。

 ちらっと階段を振り返ったが、そこにもう伯爵の姿はない。


「……どうしてこう、顔を合わせたくない時に限って」

「わたしの日頃の行いのおかげでしょうか」

「一応言っておくけど、俺は伯爵に会えて嬉しいなんてカケラも思っていないからね」


 苦々しい声音で言ってから、ラヴィを抱き寄せたまま、まっすぐ屋敷の出口に向かった。


「帰るのですか? 今から賭博が始まるようなのですけど」

「まさか参加するつもりじゃないだろうね。一刻も早くここから出るよ」

「でも、まだ何も……そうだ、いいことを」

「だめ。俺の心臓を少しは労わってくれ。──別に、まったく収穫がなかったわけじゃない。仮面をつけていても、声や話し方で推測できた人間が何人かいる。そこからじっくり攻めていくさ、時間がかかるのは覚悟の上だ」

「……あ」


 それを聞いて、ラヴィは思い出した。


「あの、シリルさま」


 首を捩るようにして彼を見上げる。


「少し気になることがあるのですが……」



          ***



「ねえさま、なんだか元気がないね」


 弟のアンディに声をかけられて、自室の椅子に座ってぼんやり窓の外を眺めていたラヴィは、顔をそちらに向けた。

 扉のところに立ったアンディは、「ごめんなさい、ノックは何度かしたんだけど」と申し訳なさそうに眉を下げている。


「いいのよ。こっちに来て、アンディ」


 微笑んで手を差し伸べると、遠慮がちに寄ってきた弟は、仔犬のようにラヴィの傍らに膝をついた。椅子の肘掛けに置いたラヴィの手の上に自分の手を重ね、下から顔を覗き込んでくる。

 自分によく似た栗色の大きな目は心配そうだった。母が亡くなる直前も、アンディはこんな顔をしていたなと思い出す。年のわりに賢くてしっかりしていると言っても、彼はまだ十一歳の子どもなのだ。

 ラヴィは目元を緩めて、その小さな頭を撫でた。


「この間、夜会に出かけていった後から、様子が変だよね。ため息をついたり、いきなり赤くなったり、かと思うと突然頭をぶんぶん振り始めたり、バカバカバカって誰かを罵っていたり」

「そうだったかしら」

「僕はよほど父さまに相談して、お医者さまを手配してもらおうかと思った」

「でも、何も言わないでいてくれたのね。ありがとう」

「どうせシリルさま絡みなんだろうなと思ったからね……うん、でも、そちらはまだいいんだ。よく判らないけど──まったく理解できないんだけど、なんだかんだ進んでいるようだということは想像できたから。だけどねえさま、二日前くらいから急に元気がなくなったでしょう? 口数も少なくなったし」


 だから今度こそ何かあったのかと……と、アンディは気遣うように言った。

 我が弟ながら、彼は人の心の機微に敏感だ。ラヴィは撫でていた頭をやんわり包むように抱くと、自分の頬を寄せた。


「心配かけてごめんなさい、アンディ。今はまだ言えないけど、きっと後で話すからね。この先、()()()()()()()()()

「……僕にできることはある?」


 その言葉に、ラヴィはちょっと笑った。なるほど、今にして昔のシリルの気持ちが少しだけ判った気がする。

 そう思ってくれる優しさが、向けられる信頼と愛情が、なにより嬉しいのだ。


「もうしばらくしたら、わたしはきっとものすごく泣くだろうから、その時はアンディに慰めてほしいわ」

「もちろん。……でも、ねえさまが泣くことはすでに決定済みなの?」

「だってシリルさまの前では笑っていたいもの」


 今度はラヴィから別れを告げる、その時まで。


「うーん……あのさ、ねえさま、そのことなんだけど」


 ラヴィに頭をよしよしされながら、アンディは言いにくそうに切り出した。


「シリルさまとは、ちゃんと話し合ったの?」

「話し合う?」

「ねえさまの態度から推察するに、なんだか、思っていたのとは齟齬が生じているような気がして……シリルさまって、聞いた限りじゃ、無責任とは対極にいるような人みたいだし……それで重要なことに気づいたんだけど、僕が知っている情報っていうのは、要するに『ねえさまの口から出た話』だけなんだよね」

「アンディは難しい言葉をたくさん知っていて偉いわね」

「ねえさま、真面目に聞いて」

「とても真面目に聞いているわよ?」


 何を言っているのかよく判らないだけで。


「いい? とにかく、あまり一人で突っ走りすぎないようにね」

「いやね、アンディったら。わたしもう十七歳なのよ」

「危険なことに首を突っ込んだりもしていないよね?」

「…………」


 ぴたっと口を噤んだ姉に、アンディは「やっぱり」と大きなため息をついた。気のせいか、ここ最近のシリルの姿とダブって見える。


「父さまには?」

「ぜんぜん話してない」


 アンディが肩を落とし、もう一つ息を吐く。子どもなのに、やけに老けた仕草だった。


「昔から、多忙を理由にどうしても家を空けがちにならざるを得なかった父さまの自業自得でもあるけど……ねえさま、まさかこのまま黙ったきりということはないよね? 父さまは家族に対する愛情は人一倍あるんだ。自分が完全に無関係の場所に置かれていたと知ったら、きっとものすごく落ち込むよ。関わる時間が少ないからって、蔑ろにしていいということじゃない」

「アンディ、まるでお説教しているみたいよ」

「まごうことなく、僕はねえさまにお説教しているんだ」


 可愛い弟に怖い顔をされて、ラヴィはさすがに反省して肩をすぼめた。

 父親が自分たち姉弟のことを大事に思ってくれているというのは判っている。だからこそ、今の自分がしていること、これから起きるかもしれないことは言えない。それを知られたら、王城へ行くのを止められて、すぐにどこかの誰かとの縁談をまとめられてしまうだろう、ということまで予想できてしまうからだ。


「もう少しだけ待って。これからが正念場なの。後で必ずお父さまにも話すわ」


 ラヴィが懇願すると、アンディは渋々のように頷いて、


「……父さま、今度こそ泡を噴いて倒れないといいけど」


 と、不安そうに呟いた。





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― 新着の感想 ―
誰かお父上の背後にクッションを!
[一言] 絶対に泡を吹いて倒れるな・・・
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