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初恋の少年は冷徹騎士に豹変していました 全力で告白されるなんて想定外です!!  作者: 雨咲はな
第三章 逃亡、追走、その後の急転

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シリル・レイクスという騎士



 十日後、王城からきちんと正式に発行された許可証が屋敷に届けられた。

 これがあればもういちいち事前に申請しなくとも、王城敷地内への立ち入りが許される。第二王子の行動の速さと有言実行に、ラヴィは驚いた。

 もちろん、制限はある。ラヴィの場合、騎士団詰所へ出入りができるのは、昼食後から午後の職務までの短い時間だけ、とされた。約二十分、といったところだろうか。

 場所は一階の休憩所のみで、それ以外のところに一歩でも足を踏み入れたら、即座に許可証を取り上げられる。それでも平民娘には破格の扱いだ。

 ラヴィはそれから毎日のように馬車で王城に向かい、時間を見計らって詰所内に入ると、「こんにちは、ニコルソン商会のラヴィでございます。ご用命はございませんか」と元気に挨拶して回った。

 最初は無視されることも多かったし、露骨に邪魔者扱いされることもあったが、そのうち、ぽつぽつと声をかけてくれる騎士も現れはじめた。


「二、三日で音を上げると思ったら、まったくめげる様子もなく『こんにちは!』と来るからな。つい絆されちまった」


 いちばんはじめに声をかけてきたのは、ノーマンという騎士だ。言動が少し軽めだが、面倒見がいいことと、女性に優しいことでは定評がある。


「僕にはラヴィと同じくらいの齢の妹がいるからね、心配なんだ。何かあったらすぐに相談して」


 と気遣ってくれるのは、リックという騎士。二十代後半の男性が多い騎士団の中で、彼はまだ二十二歳と若い。いやシリルも同じ年齢なのだが、どこか無邪気なところのあるリックは、他の団員たちから弟のように可愛がられていた。


「あの団長の気まぐれと突飛な行動には、我々も振り回されることが多いからな」


 そう言って配慮を見せるのは、大柄で顔も厳ついジェフという騎士。他人に対して不愛想なところがあるので遠巻きにされがちだが、中身は誠実で、不器用ながらも心の広い男性だった。

 もちろん、この三人のように接してくれる人ばかりではなく、中には平民風情がと舌打ちする騎士もいるし、女が生意気なと冷ややかな騎士もいる。また、必要以上に馴れ馴れしく、隙あらばラヴィに触れてこようとする騎士もいる。

 なんとかそれらを逸らし、かわし、下手に刺激しないように立ち回って、ラヴィはしみじみと父の苦労に思いを馳せた。

 何度か、悔しい思いもしたし、落ち込んだりもした。行儀見習いをしていた時も先輩メイドにきつく当たられたことがあるが、これはそれとはまた質が違う。馬車が王城の門から出た途端、笑顔が崩れて泣いてしまった日もあった。

 しかしきっかけはどうであろうと、これはラヴィが自分自身の力で得た「仕事」だ。歯を食いしばってでもやり通すしかない。

 ちなみに、現在に至るまで、シリルとはまだ話ができていない。ラヴィが行く時間、彼は必ずどこかへ姿をくらませてしまうからだ。


「あいつはもともと仲間同士の交流をしないし、付き合いも悪いんだ。この団の中でも腫れ物扱いされてるくらいだよ」


 むっつりと不愉快そうにノーマンが教えてくれた。

 彼はシリルと同じ隊に所属しているが、前々からその態度をよく思っていなかったらしい。男性でも女性でも、するりと距離を詰められる才能のあるノーマンには、仲間に近寄るどころか離れるばかりのシリルは、理解不能な上に好きにもなれない、ということのようだった。


「いつも表情を変えないし、無口で素っ気なくて、何を考えているのかさっぱり判らない。気味の悪い男さ」


 ノーマンの口から出るシリル評は、聞けば聞くほど、ラヴィの知る彼とはかけ離れていた。あまりにも過去との差が激しくて、それは本当にあのシリルのことを言っているのかと疑問になるほどだ。

 そして、他の騎士たちからも話を聞くうち、少しだけ現在のシリルについての情報を得ることができた。


 彼の姓は「オルコット」ではなく、「レイクス」というものに変わっていた。父親を亡くしたシリルは母とともに彼女の実家、レイクス子爵家へと身を寄せ、そこの養子となったようだ。


 レイクス子爵はシリルの母の弟で、息子が一人いたのだが、その人物が半年ほど前に亡くなったため、シリルが新たな子爵家の跡継ぎとなるらしい。

 貴族の中では、幸運が転がり込んできたシリルを妬んで、「子爵の息子をシリルがこっそり殺したのではないか」と悪意ある噂まで流れているが、本人はそれを否定も肯定もしないという。

 そのためか、二、三人の騎士から、「あいつには近寄らないほうがいい」という忠告までされてしまった。

 ただ、才能と実力はずば抜けているので、団長である第二王子から目をかけられているらしく、「いずれ近衛に引き抜かれるのかも」という話も囁かれている。それがまた騎士たちからの反発心に繋がっているのだとか。

 ラヴィはますます混乱した。

 一体、離れていた七年の間、シリルの身に何があったのだろう。



          ***



 そんなある日、ラヴィは詰所での営業活動を終えて、待たせている馬車へと足早に向かっていた。


「えーと、ノーマンさまは『王都で流行っている可愛い小物』、リックさまは『あまり高価すぎない上品な髪飾り』、ジェフさまは『書き心地のいいペン』ね」


 足を動かしながら注文書を確認し、ぶつぶつ呟く。

 ノーマンは付き合っている恋人への、リックは妹への誕生日プレゼントで、ジェフは自分用だという。もちろん、彼らの恋人と妹の外見や好みについての情報は、すでにしっかりラヴィの頭に入っている。

 最近は、商売の難しさが身に染みると同時に、成功の喜びというのも判ってきた。実際に品を見ずに注文をするというのは、それだけラヴィのことを信用してくれているということでもあると気づいて、責任の重さを痛感するようにもなった。

 こちらのセンスや勘が問われることになるのは緊張するが、やっぱり嬉しさのほうが先に立つ。必ず満足してもらえるよう、気持ちを引き締めねば。

 プレゼントについては相手の髪や目の色に合わせたものを複数用意して、その中から選んでもらえばいいだろう。ジェフはあまり華美なものは好きでないはずだから……

 などということを一心不乱に考えながら歩いていたら、目の前に誰かが立ち塞がった。


「やあ、一人? 君はどこのご令嬢? それとも侍女かな?」


 以前の第二王子と同じような言葉をかけてきたのは、まったく見知らぬ二十代くらいの青年だった。

 ラヴィは目を瞬いて、同時に二つのことを頭に浮かべた。

 誰? というのが一つ。

 もう一つは、第二王子はいろいろ困ったところもあるが、それでもさすがに王族らしく立ち居振る舞いに品があり、こちらのほうが威儀を正さねばという気にさせられたが、この青年はまるで違うな、ということだ。

 ラヴィの頭から足先までじろじろと眺め回す視線は不躾で下心が見え見えだし、だらしなく下がった目尻といい、にやにやと締まりのない口元といい、好色さを隠しもしていない。

 本人のそういう性質とともに、ラヴィを──というか女性そのものを軽んじている感じがプンプンする。ほとんどの女性はこの人物に相対する時、まず真っ先に警戒心を発動させるのではないか。

 この男性に比べれば、騎士団員たちはずっと紳士だわ、とラヴィは改めて感じ入った。

 第二王子と副団長から釘を刺されているというのもあるだろうが……そういえばあの王子はあれっきり姿を見せないが、どうなっているのだろう。

 どんな目的や思惑があってラヴィを騎士団の中に放り込むような真似をしたのか、未だに謎のままである。本当にただ「シリルと話をさせてあげる」というだけのことだったら、あんな手の込んだことをする必要もなかった。何を考えているのかさっぱり判らない、という点では現在のシリルとそう変わらない。

 いや、それはともかく、今は目の前の相手だ。


「申し訳ございません、急いでおりますので」


 ラヴィは失礼にならず、媚びにもならない程度の笑顔で、「あんたなんかに名乗る名はない」とやんわり断った。男爵家での行儀見習いの結果、こういう相手に猫を被るくらいの演技力と知恵くらいは身につけている。

 しかし残念ながらその男性は、それで引き下がるような生易しい相手ではなかったようだ。


「どこに行くんだい。今から帰るところ? だったら僕が送ってあげるよ。僕の家の馬車は内装が凝っているんだ、見たくない?」


 絶対に見たくない、と笑みを浮かべたままラヴィは苛々した。

 爵位はともかく、着ている衣服からして、彼がかなり裕福な家の子息であることは判る。その全身からは「甘やかされた僕ちゃん」という雰囲気が濃密に漂っていた。

 一人で歩いていたラヴィが大した身分でもないと推測したのか、明らかにこちらを見下す態度と顔つきだ。こういう人物が、ラヴィが平民だと知ればどんな行動に出るかは大体予想がつく。


「供の者を待たせておりますので──」


 この場合、「供の者」とは御者のおじさん一人のことだが、勝手に誤解される分には問題あるまい。


「いいじゃないか、使用人なんて先に帰らせてしまいなよ。それより僕と一緒に来れば、いろいろと楽しい思いができるからさ、ね?」


 もう胡散臭さしかない。ここが町中なら、すぐさま警吏を呼ぶところである。ここに誘拐犯になりそうな人がいますよー!


「君も毎日退屈しているんだろ? 刺激的な体験をしてみたくはないかい?」


 そう言いながらするっと手を取られ、あまりの気持ち悪さに鳥肌が立った。すぐさま引っ込めようと思ったら、その前に力を込めて握られる。悲鳴を上げなかっただけ、ラヴィの忍耐力を褒めてもらいたい。


「いい加減に──」


 こうなったら淑女の嗜みもへったくれもない。所詮ラヴィは田舎育ちの平民で、商人の娘なのだ。貴族間の忖度など関係ないし、怯えた顔をして相手を喜ばせるような可愛げも持ち合わせていない。


「ルパート殿!」


 しかし、眦を上げたラヴィが辛辣な言葉を叩きつけてやる前に、どこからか鋭い声が飛んできた。


「あ」


 そちらに目をやったラヴィは、間の抜けた声を上げて、ぽかんと口を開けた。

 ……まさか今この時、こんなところで。

 厳しい表情でこちらに駆け寄ってきたのは、騎士団詰所の中では一向に会えなかったシリルだった。





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