その言葉の責任を
ハッピーエンドにはなりません
ご注意下さい
「気を付けなさいよ」
祝勝会の片隅で。
派閥違いの幼馴染みは、すましていれば気が強そうながらも美しい顔をくしゃりとしかめて、私以外には聞こえないくらいの低い声で囁いた。
彼女のこの、貴族としては過ぎるほど心に素直な表情選びが、私としてはとても好ましいけれど。
「英雄なんて、運が良かっただけなのだから」
宰相派と、将軍派。大きくふたつに分かれたこの国のなかで、宰相の溺愛する孫娘である彼女は、当然ながら宰相派だ。戦争はすべきでない。婚姻によって縁を繋ぎ、隣国同士手を取り合うべきと主張する、宰相の孫。
王女を母に持つ王家の血縁である彼女は語学に長け、否。結婚外交の駒として育てられた彼女はいくつもの言語を教え込まれており、宰相の主張が通ればどこぞの国の王の側妃、良ければ正妃に、なれることだろう。
しかし今は、祝勝会である。
隣国のなかで最も軍事力のある国を攻め滅ぼした祝勝会で、彼女の視線の先では、この戦線の最大の功労者である青年が、英雄ともてはやされていた。
すなわち国は、軍事によって周辺国を併呑すれば良いと主張する、将軍の意見を採り、まさに成功に向けた大きな一歩を踏み出したと言うこと。
その祝勝会で、戦線の英雄たる人物を指して運が良かっただけとは、負け惜しみにしてもずいぶんな言い様だ。
「アーミナ?」
「あなただから言うのよ」
手に持つ扇子で口許を隠しながら、幼馴染み、アーミナ・キャピュレは言う。
「英雄だなんて持ち上げて、盲信して、痛い目を見たときに後悔しても遅いの」
「痛い目、って」
宰相派は臆病過ぎる!
父が酔って吐き捨てていた言葉を思い出して、笑う。
「盲信しているのはあなたたちだって同じじゃない。他国との同盟なんていつ裏切られるかわからないものを信じて。それなら併合して同じ国のもので治めた方が確実だわ。国がまとまるって、結果は変わらないのだし」
「その戦争で」
羽虫を見るような蔑んだ目で、アーミナは私を見下す。
「疲弊した土地と民を誰が立て直すと思っているの。戦争は、起こしたら敗けなのよ」
「それをどうにかするのがあなたたち文官の仕事でしょう。怠慢をしようとしないで」
アーミナの目に、隠しきれない怒りが宿る。
「戦争を起こさないようにおじいさまや、とうさまたちが、どれだけ身を削っていたか……」
扇子を握る手に力が入り、小さく震えていた。
す、と吸い込んだ息を、うつむいて深々と吐いて、上げられたアーミナの目は宰相そっくりになっていた。冷血のキャピュレ、氷の一族と呼ばれる、その血をよくひいた目に。
「あなたの言う通りよ。過程はどうあれその尻拭いは、わたくしたちの仕事。だから」
こちらを見るアーミナの視線の温度のなさに、思わず身が震える。
「わたくしは三日後におにいさまと国を出て、和平交渉に向かうわ」
「和平、交渉?いったいどこへ?」
「海の向こうよ」
海の向こう。
そこは、小国家群のひしめくこの大陸とは違い、広大な大陸をひとつで治める大国があったはず。野蛮な、しかし強大な国。恐ろしい魔物や、魔族すらいると言うランディアナ帝国。
「和平交渉が成れば、わたくしはそのまま人質として残ることになる。二度と、戻っては来られない」
「なぜ」
「彼の国の目はこの大陸にも張り巡らされている。侵略戦争など始めれば、帝国に弓引く準備と取られかねないわ。もし帝国が不穏分子排除に動けば、戦争で疲弊したこの国など、あっと言う間に叩き潰される」
目を閉じるアーミナの脳裏に映るのは、果たしてどんな光景か。
「そうなれば犠牲になるのは罪無き民よ。曲がりなりにも王家の血をひく者として、無辜の民の犠牲は防がなければならない。どんな手を使っても」
パチ、と扇子を閉じて、アーミナは前を見据える。
「それが、かあさまの、王女の娘として生まれたわたくしの義務。民から取った税で生かされて来た以上、この命を、無駄にすることは許されない。言葉には、行動には、責任が伴うのだから」
背筋を伸ばして前を向くアーミナの目には、もう私も英雄も映ってはいなかった。
「今、戦争を圧し進め、英雄を祭り上げる。その言葉の責任も、いずれ、誰かが取ることになるのよ」
そうしてアーミナは、ひっそりと旅立った。戦勝や英雄に熱狂する国民たちは、王女の娘の、息子のいなくなったことになど、気付きもしなかった。
ランディアナ帝国から戻ったのは、アーミナとその兄自身ではなく、代理を名乗る帝国人の使者だった。
ランディアナ帝国皇帝はアーミナとその兄を気に入り、アーミナが皇帝の側妃に、アーミナの兄が側近になるならば、しばし状況を静観しようと譲歩を見せたそうだ。
帝国の皇帝はハーレムに何十人も妃がおり、アーミナはその末端に、収まったのだと言う。
この国にいれば王女の娘として、女性としては王女に次ぐ地位だったはずの、アーミナが。
宰相はこの報にひとまず安堵し、これ以上の戦争を止めるべく主張した。
けれど戦勝の勢いに乗った将軍たちはその声に耳を傾けず、英雄を旗頭に侵略を押し進めた。勝てば土地が増える。土地が増えれば豊かになると。
英雄の強さは圧倒的で、国は快進撃を進めていた。続く戦勝に、国は沸き続けた。
だが。
私たちは忘れてはいけなかったのだと思う。
光が強ければそれだけ、光によって出来る影が濃くなるのだと言うことを。
「もう間もなく、大陸の統一が叶います」
元々は、小国家群のなかの比較的大きな国でしかなかった私たちの国が、大陸を統一する覇者になる。それは驚くべき快挙だ。
「統率を取り大陸をまとめ上げれば、ランディアナ帝国ですら迂闊に手出し出来なくなるでしょう」
快挙の立役者である青年に言う。
あなたのお陰だと、告げようとした私が言葉を発する前に、青年は言った。
「ランディアナ帝国は、そんなに強いのですか?」
「ええ、強い国と聞いております。海の向こうはこちらとは異なり、魔族と共生が確立された土地。多くの魔物が出る場所。そこで民をまとめ、守る力を持った国が、ランディアナ帝国です」
「そうですか」
青年が頷き、そして嗤った。
「そうですか」
そして大陸統一は成され、英雄は、そこで、止まらなかった。
ランディアナ帝国を、攻めると。
そんな馬鹿な。無謀だ。
その声は、通らなかった。
これまでの連戦連勝が、仇となった。勢い付いた軍部は、判断力を失い、無茶な戦争へと突き進もうとした。
今、止まれば、平和が約束されるはずなのに。
「これ以上の戦争は、我が国が無事で済みません。どうか」
英雄が止まってくれれば。そう思って口にした言葉は、
「無事で済まないと、なにか問題が?」
英雄に、少しも届かなかった。
「強い敵と戦うことに意味があるのです。勝ち負けなど、関係ない」
「ランディアナ帝国には、友が、嫁いでいるのです。宣戦布告すれば、彼女はどんな扱いを受けるか」
「これまでの戦争で死んだ兵、殺した兵にも、親兄弟や妻や恋人、友人がいましたよ?」
ああ、そうか。
これを見越して、アーミナは。
あのとき彼女の忠告を笑い飛ばした私を。彼女が結んだ和平を無視して侵略を進めた私たちを。今、愚かにも彼女の努力を無にしようとする私たちを。彼女はいったい、どんな気持ちで見たのだろうか。
私たちはあまりにも愚かで。そしてもう、なにもかもが遅かった。
ランディアナ帝国は強く、強かで、揺るぎなかった。
こちらが宣戦布告した途端に大陸各地で起きる叛乱と、その隙を許さず攻め込んで来る大軍勢。端的にこの戦を押し進めるものを討ち、戦意を削いで行く。
それはまるで、なにもかも見透かされているような。
そしてこちらから仕掛けたはずの戦争は、なにも太刀打ち出来ないままに、私たちの完敗で終わった。
戦争を主導したものはすべて捕らえられ、罪人として引き立てられる。
その、断罪の場に、立っていたのは。
「アーミナ……!」
ランディアナ帝国の側妃となったアーミナ・キャピュレとその兄だった。
「どうして」
「どうして?これがいちばん、民の犠牲が少なく済むからよ」
冷血のキャピュレの名のままに、冷えきった目でアーミナは言う。
「あなたたちに任せていたら国が沈む。それなら、無辜の民だけでも守ろうと思うのは当然でしょう」
「この、なかには」
これからきっと、罰を受けるであろうもののなかには。
「あなたの両親もいるのに?」
「過程はどうあれ」
アーミナは冷たく告げた。
「戦争を止められなかった責任がある。あなたが、言ったのでしょう」
それは、愚かな私が告げた、愚かな言葉。
「『それをどうにかするのがあなたたち文官の仕事でしょう』と」
なんて、傲慢な言葉だっただろうか。
「ならば尻拭いはさせましょう。彼らに」
「そんなつもりじゃ」
「『言葉には、行動には、責任が伴う』。つもりがあろうと。なかろうと。戦争を起こせば誰かがその責任を負わねばならない。ならば、わたくしは」
アーミナの瞳が、その場のものの顔をぐるりと見渡す。
「無辜の民ではなく、民を煽ったあなたたちに負わせるわ」
アーミナは淡々と、告げる。
「あなたたちの"英雄"は、すでに首を落としました。あなたたちを救うものは、もういません」
あんな化け物がたまたま運良く国を利する働きをしたからと、とアーミナが吐き捨てた。
「英雄なんて祭り上げた責任を、取るときよ」
拙いお話をお読み頂きありがとうございました




