19.共和国大使side
「立派になった。見違えたよ。兄であるゲオルギーの後ろをついてまわった腕白坊主が亡き兄の遺志を引き継いで祖国に革命を成し遂げるまでになるとは……感慨無量だ」
「……そんな……私はそんな立派な人間ではありませんよ。後ろを一切振り返らずに走り続けてきたというのに今の私は祖国の現状に怯え、足踏みばかりしているのですから……。我々がやってきたことは間違っていたのか、我々はどうすればよかったのか……それを自問自答する毎日です」
こんな自嘲する言葉を国の連中が聞けば耳を疑うだろう。兄の友人だから、ここが祖国ではないせいか自然と弱音を吐くことができた。子爵は静かに首を横に振って言った。
「……いや、それは間違いじゃないさ。誰だって不安を抱えながら生きているんだ。君も私も……この国の国民達でさえ。君は自分の信じる道を走り続けただけだよ」
そう言ってくれた彼の言葉には妙な安心感があり不思議と心にすとんと落ちてきた。今まで誰にも話したことのない自分の思いを彼は受け止めてくれたのだ。それから暫く沈黙が続いた。お互いに何を話せばいいかわからなかったのだ。だがしばらくして先に彼が口を開いた。
「……君はこれからどうするつもりなんだ?」
「……国に……共和国に戻ります。恐らく、近いうちに帝国が共和国人の国外退去を命じる筈でしょうから……」
「それなら帝国に残らないか?君一人なら私の伝手で亡命も可能だ」
それは願ってもいない提案だった。正直言うとその選択肢が自分にとって一番良いように思えた。だが……それに首を縦に振る訳にはいかなかった。
「いえ、お気持ちは嬉しいのですが遠慮しておきます。……祖国の人々を見捨てるわけにはいきません」
「君が命を賭ける価値が今の共和国にあるのかい?」
「……一人だけ逃げる事はできません。逃げるに私は血を流し過ぎました。兄や多くの仲間たちを犠牲にして手にいれた『差別なき祖国』……それが只の夢物語だったとしても……先のない国だとしても……逃げる事はもう許されないんです……」
「そうか……君の決意は固いようだね」
その問いに小さく俯いて返事をするしかなかった。
すると子爵は大きく息を吐き背筋を伸ばしてから再び口を開く。
「ではこれは独り言なのだが聞いてくれ」
そうして子爵は静かに語り始めた。