第1話 この罰ゲームに勝利する
新作です。よろしくお願いします。
僕の名前は平塚蘇芳。高校一年生。陰キャで友達と呼べる人間はほとんどいない。
しかし、陰キャとは言ってもそれなりに陽キャに話しかけられることもある。……と言っても、僕は自分でも自覚している通り女々しい性格ゆえに、話しかけられる時は決まっていじられる時だ。
それでも、変に目立ってイジメに発展するのが怖くて結局いつも笑って誤魔化している。それに最初は嫌だったけど、最近では慣れたものだった。
そんな僕のことを唯一気にかけてくれる人がいた。
……綾瀬紫苑《《あやせしおん》》。才色兼備という言葉は彼女のためにある言葉なのではと思うほどに、成績優秀、容姿端麗。
そして彼女は僕の幼なじみであり、僕の一番の理解者であるとも言える。
少し気の強いところがあって自分の意見をはっきりと言うので、周囲と衝突することもしばしばある。しかし、相手の意見を聞き入れ、互いに認め合うことができる彼女は多くの人間に愛されていた。
昔、公園で年上の子供たちにイジメられていたところを助けられて以来、彼女は僕にとってずっと憧れの存在だった。
「蘇芳、今日はなんだか浮かない顔をしているけど、何か悩み事でもあるの?」
そうだ。僕は今、紫苑と共に学校へ向かっているところだった。憂鬱な気分に浸っていたせいで、つい昔話に耽っていたみたいだ。
「ううん、なんでもないよ。心配してくれてありがとう、綾瀬さん」
「もう!二人の時は紫苑でいいっていつも言ってるじゃない!」
「あはは。そういうわけにはいかないよ。どこで誰が聞いているかわからないし、僕と綾瀬さんじゃ住む世界が違うんだから」
「まったく……。あなたってなんでそう卑屈なのかしら……」
紫苑はそう言うが、一度僕が学校で彼女のことを呼び捨てにした時は、散々陽キャ達に揶揄われた。それに僕を利用して彼女と仲良くなろうとしている様子は心底不快に感じた。
だからそれ以来、僕は紫苑のことは常に「綾瀬さん」と呼ぶと決めたのだ。
「そろそろ学校に着くし、この辺りで別れよう」
「これもいつも言っていることだけど、私は蘇芳と一緒に登校していると知られてもいいのよ?」
「それはダメだって、僕もいつも言ってるでしょ」
「わかったわよ……。あと、もし本当に悩み事があるならすぐに私に話すこと!」
紫苑は僕にそう言うと、渋々といった様子で一人で学校へ向かっていった。僕も少し時間を空けてから、一人ゆっくりと歩きだした。
それにしても、やはり紫苑には隠し事は難しいな。伊達に長いこと幼なじみをやっていないということだろう。
僕が朝から浮かない顔をしていたのには、今日の放課後に面倒なことが控えているからだった。
**
「よお、平塚クン。昨日の約束、ちゃんと覚えてるよね〜?」
「まあ、もちろん忘れたとは言わせないけどな!」
「ホントあの罰ゲーム、ウチら天才すぎじゃん?」
「めっちゃセンスあるよね〜!」
こいつらはクラスでも一番目立つグループの中でも、特にスクールカースト上位の奴らだ。
僕はというと、教室に入るや否やすぐにこの四人の陽キャ達に囲まれ、ホームルームから少し離れた空き教室へ連れてこられたというわけだ。
「もちろん覚えてます。あなた達も、二度と俺を使って綾瀬さんに近づこうとしないという約束、忘れないでくださいね」
「はっ!それは、お前の出す結果次第だな」
僕が紫苑のことを呼び捨てにしてしまったのを聞いていたのは何を隠そうこいつらであり、以来俺を利用して紫苑に近づこうとしている。
この学年で一番の有名人である紫苑と親しいということは、それだけでステータスになる。スクールカーストを気にするこいつらにとって、それはなんとしてでも手に入れたいモノだった。
そして僕は自分自身がいじられることにも、僕を利用して紫苑に近づこうとすることのどちらにも耐えかねて、こいつらの遊びに付き合うことにしたのだ。
発端は昨日のこと。
どうやら彼ら陽キャ達にとってどれだけ面白い「遊び」を考えられるかというのは、スクールカーストを上げることに繋がるらしい。
そんな時、こいつら四人組が思いついたのは「クラスの陰キャに罰ゲームで告白をさせ、成功か失敗か賭ける」といった遊びだった。
僕は真っ先に協力すると言った。こいつらも、この遊びでスクールカーストが上がればわざわざ僕を使わなくとも紫苑に近づけると考えているらしく、僕にこの罰ゲームをさせることにしたのだ。
こいつらが自分から紫苑に近づこうとする分には問題ない。こいつらのような中身の薄い人間は、綾瀬紫苑の前では簡単に跳ね除けらることになるだろうから。
しかし、僕が絡んだらそうはいかないかもしれない。きっと彼女は、僕の紹介だと言えば嫌でも仲良くしようとするだろう。僕のせいで紫苑に迷惑がかかることだけは避けたい。
なら、俺に罰ゲームで告白される相手への迷惑は考えなくてもいいのか?確かに良心は傷む。でも、僕にとって一番迷惑をかけたくないのは紫苑であり、それは変わらない。
俺を利用して紫苑に近づこうとするのをやめる条件として、あの四人が提示してきたのは僕が告白を成功させること。なんとしてでも告白は成功させなければならないが、ことが済んだら事情を話して別れてもらう道しか僕に選択肢はない。
陽キャ達は先にホームルームに戻っていき、僕は一人取り残された空き教室で決意を固めた。
**
紫苑からのメールだ……。
「今日も一緒に帰るわよね?」
「ごめん。今日は友達と夕飯を食べてから帰るよ」
「え!蘇芳に友達?それはよかったじゃない!私のことは気にしないで楽しんで!」
いや、あんたは僕のオカンか!それか彼女か!
……やめだやめだ。紫苑が僕の彼女だなんて、畏れ多すぎて考えることすら失礼だろう。それにあくまで彼女は、僕にとって「カッコよくて憧れの人」という存在だ。
それに今はそんなことより、目の前のことに集中しなければ。
「ちゃんと約束を守れて偉いね〜、平塚クン?」
「余計なことはいいので、早く始めてください」
「せっかくこれから盛り上がるとこだってのに連れないな〜」
この陽キャ達のノリがいちいち腹立たしい。同じ陽キャと呼ばれる部類でも、なぜ紫苑と彼ら達にこれほどの差があるのだろうか。
「よーし。それじゃあ今から平塚クンに罰ゲームで告白してもらいまーす!その相手は……」
……ゴクリ。
「二宮真夜でーす!」
それを聞くと、その場にいた陽キャ達は一斉に笑い声を上げた。
「陰キャ同士お似合いのカップルじゃねーか!成功するに一票!」
「いやあいつの声とか聞いたことなくなーい?フラれるに一票でしょ」
僕としても、彼女が告白の相手というのは予想外だった。二宮真夜といえば地味で無口な女子で、最初の自己紹介以外で喋っているところを見たことがない。顔も長い前髪で隠れていてよくわからない。
とにかく、本当に何も情報がない。そもそも、なぜこいつらの呼び出しに応じたのかすらも。
……これはまずい。僕の予定では、必死に懇願してなんとしてでも一時的に付き合ってもらうという作戦だった。フラれそうになっても、「お試しで」と言ってどうにか食い下がるつもりだったのだ。
しかし、その相手が二宮真夜となると話は変わってくる。そもそも喋ってくれるのかすらわからないような相手に告白するなど、ゲームとして成立するのだろうか?
僕はこの理不尽を訴えようとするが、陽キャ達は取り憑く島もなく二宮真夜が一人で待つ教室に問答無用で僕を放り込んだ。
もうこうなってしまえば何を考えてももう遅い。僕は二宮真夜が座る席の前に立ち、覚悟を決めた。
ええい、ままよ!
「二宮さん、お願いします。僕と付き合ってください!」
用意してきたセリフがすっかり吹き飛んで、結局最もシンプルなものになってしまった。
どうか……、頼む!
「……ぃよ」
「……え?」
「いいよ」
「ほ、本当ですか?」
二宮さんは、ゆっくりと首を縦に振った。
「やったー!」
部の悪い勝負を制した僕は、つい我を忘れてガッツポーズをしてしまった。
おそらく外で見ているであろう陽キャ達にも、告白の結果が伝わったことだろう。
その証拠に、僕にこの罰ゲームをやらせようとしたあの四人組が、全員そろって「嘘だろ……」とでも言うような表情をしている。
ははっ、ざまぁみろ。
あとは最低と言われても仕方ないが、二宮さんとは適当なタイミングで別れるだけだ。せっかく晴れて自由を手に入れたのに、これ以上わざわざ変な目立ち方はしたくないからな。
「それじゃあ、一緒に帰ろうか。二宮さん」
「真夜……、真夜って呼んでほしいな」
「じゃあええと、ま、真夜さん?」
「ううん、真夜がいい」
「わかったよ、真夜」
「えへへ」
ちょ、ちょっと待てなんだこの可愛い生き物は。まだ声はめちゃくちゃ小さいとは言え、急にちゃんと喋るようになったかもと思ったらいきなり甘えだしたんだけど……。
いやダメだダメだ。これは罰ゲームなんだから、絶対に本気になることなんてない。
僕は自分にそう言い聞かせる。そうして、一瞬ちらっと長い前髪の隙間から見えた綺麗な瞳を忘れようと誓った。
教室を出るともう陽キャ達はいなかった。この期に及んで、今度は気でも利かせてるつもりだろうか。本当にどこまでもふざけた連中だ。
教室を振り返ると未だ教室の中で真夜が立ち止まっていたので、僕は声をかける。
「真夜、早く帰ろう」
僕の呼びかけに、真夜は「うん」とだけ返すと僕に聞こえない声で何かを呟いてから、教室を出た。
それから電車通学らしい真夜を駅まで送ると、僕は自宅への帰路に着いた。
今日は本当に疲れたけど、これで僕は自由だしもう僕のせいで紫苑に迷惑をかけることもなくなるだろう。今思えば、なぜ真夜はあれほどまでにあっさりと僕の告白を受けたのかはわからないが、今となってはそれもどうでもいいことだ。
あとは罰ゲームで告白したのにそのまま付き合うというのは失礼だし、早いとこ真夜とは別れないとな。それは少し憂鬱だが、事情を話せばなんとかなるだろう。
この時の僕は、そんな楽観的な考えで思考をやめていた。これが本当の意味で「罰ゲーム」になってしまうことも知らずに。
**
「真夜、早く帰ろう」
彼が教室を覗きながら私を呼んでいる。
「うん」
そして、私は彼に聞こえない声で小さく呟いた。
「あなたはあくまで私のもの……。そうでしょ?すおくん?」