第95話 波乱の幕開け
育ての親でもあるフォルトナと仲直りを果たしたディーナ。そこに仕事の話をするためにイシュカが扉をノックして入ってきた。
「あっ……ディーナ!」
「イシュカ、久しぶりね」
気の弱そうなイシュカが嬉しそうにディーナに近づいて手を握る。聞くところによるとイシュカは昔から面倒を見てくれていたディーナに懐いていたということだった。
「帰ってきたんだね、よかった。心配してたんだよ……?」
「ごめんなさいね。急にいなくなって」
「ううん、お母さまもいつか戻ってきてくれるっていつも言ってたから」
抱き着いてくるイシュカをよしよしとなだめる。そして、こちらの様子を微笑みながら見ているフォルトナにディーナが視線を移す。その顔は真っ赤になり、照れているのが伺える。
そんな様子をアイリス達が見ていると、イシュカが口を開く。
「聖女様達がディーナを連れてきてくれたの?」
「私達はちょっとお手伝いをしただけですけどね」
「ありがとう……!」
微笑む彼女につられてアイリス達も笑みを浮かべる。
「あ、そういえばさっきソレイユが……来てたよ?」
「ソレイユが?」
思い出したようにイシュカが部屋に入る前に、ソレイユが部屋の扉の前に立っていたことを口にする。ディーナが反応するが、もういなくなっていたと聞いて一旦落ち着いた。
「恐らく、コンサートの休憩時間だったのでしょう。もう、戻っているはずです」
「あたし、ソレイユにも謝らなきゃ……」
胸に手を当てながらディーナが呟く。その肩にそっとアイリスが手を置く。
「それじゃ、追いかけましょ! 場所もわかってるんだし」
「そうだな。仲直りっていうのは早いほうがいいからな」
「善は急げって奴ですね!」
「ぴぃぴぃ!」
「みんな、あり……お、お礼なんていわないからね!?」
ありがとう、と言いかけた所で普段のディーナらしい素振りを見せる。彼女を加えたアイリス達は一路ソレイユのコンサートが開かれているティフィクス中央部にある会場を目指すことにした。
「一応、ディーナはローブを着ていてね」
「わかってるわよ。騒ぎになったら仲直りしてる場合じゃなくなっちゃうもの」
◇◆◇
一方こちらはディーナとフォルトナが話している所を目撃したソレイユ。イシュカに声をかけられて急いでコンサートの会場に戻って来ていた。休憩時間が終わりに近づいた時にソレイユがいなかったことでざわついていた。
「ソレイユさん、急いでください! 次の曲、準備出来てますよ」
会場の関係者にそう言われたソレイユが口を開く。気持ちが揺れているのか、強い言葉が口から出てしまう。
「わかってるわよ!」
「お、お願いしますね」
びくっと関係者が驚いた表情をしているのを見つつ、風魔法が施された専用の小型拡声器を手にソレイユがステージに上がる。沢山の声援が会場に響き渡る。
詩を披露するソレイユだが、いつものようなハリが感じられなかった。それは会場の皆に次第に広まっていく。
「なんか、休憩前と比べて元気ないみたいだな」
「何かあったのかな?」
「疲れをみせないのがプロって奴だろ」
「気分で唄わないで欲しいよな」
色々な声が聞こえてくる。間奏の合間にはもちろんそんな声がソレイユの耳にも入っているだろう。
「っ……!」
ぎっと無意識に口元に力が入る。
「これならディーナのほうがマシだったかもな。我がままって聞いてたけど、コンサートでは気分が下がるみたいなことなかったもん」
「!」
その声が聞こえた時、ソレイユが唄うのを止めて俯く。会場を突然の静けさが襲う。中にはヤジを飛ばす者もいた。
「何、詩やめてんだよ! こっちは金払ってるんだぞ!」
「そうだそうだ!」
「やめちまえ! 代わりにディーナ出せよ! ハハハ」
「……さい」
ぼそっと俯いているソレイユから呟きが聞こえる。
「うるさい……うるさい……うるさい! みんなしてディーナディーナってうるさいのよ!!」
―キィィィィン―
拡声器が反響して金属音が会場に響く。さっきまで笑顔でいたソレイユの変わりようを見て会場全体が静けさに包まれた。ソレイユの周りを飛んでいる精霊達も動きがおかしくなり始める。
◇◆◇
会場についたアイリス達は関係者に事情を話して、コンサートが行われているホールに入る。すると、大きな金属音と共に怖い顔を浮かべながら大声をあげるソレイユの姿が目に入ってきた。
「ソレイユ!?」
ただ事ではないと感じたアイリスが静けさを壊すようにステージに向かって声をあげる。会場の視線が一番後ろから声をあげたアイリスに移る。
「あれって聖女様じゃないか?」
「ああ、そうだ。聖女様と聖騎士様だ」
小さく声が聞こえるが、今は気にしている場合ではない。今度はその声に反応してソレイユの声が拡声器越しに聞こえてきた。
「アイリス……? 何よ、私を笑いにきたの……?」
そう言いながらゆっくりとソレイユが顔をあげるのだった。その顔からは憎しみのようなものが感じられた。
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