表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/337

第92話 大切な想い

 正体を明かしたディーナは聖女であるアイリスにフォルトナへの口添えをお願いしてきた。その理由はもう一度詩姫の座に戻りたいという一心だった。だが、アイリスはその願いは聞けないと強く断った。激昂したディーナにアイリスが語る言葉とは。


「あたしが間違ってるって……何処が間違ってるっていうのよ?!」


 尚もテーブルの向こうから身体を乗り出すように激昂した様子でディーナが言葉を投げかける。


「『詩姫』ってそんなに大切なものなの?」


「何言ってるのよ、当たり前じゃない!」


「どうして?」


 アイリスは静かにディーナに尋ねる。


「ど、どうしてって決まってるでしょ?! みんながあたしのことを見てくれるし、みんながあたしの詩を聞いてくれる。あたしの価値をちゃんと判断してくれるのよ?」


「ぴぃ……」


 ディーナの言葉を聞いてピィが悲しい声を出す。それをアイリスは見ていた。尚を彼女は強い言葉を投げかけてくる。


「あたしが『詩姫』だからでしょ?! 特別だからよ……あなただってそうでしょ?!」


「私は自分が聖女だからって自分が特別な存在だって思ったことはないよ?」


 彼女の目を見つめながらアイリスが答える。狼狽えたような素振りをディーナが見せる。


「な、何よそれ……意味わかんないわよ」


「私は私を聖女だと信じてくれる、思ってくれるみんなのおかげで聖女としていられてるんだといつも思ってる。まだ見習いだけどね」


「!」


「私の聖女の力は私を信じてくれる、思ってくれる誰かのために使うもの。ねえ、ディーナ……あなたの『詩』は何のためのもの?」


 真っすぐにアイリスはディーナを見つめて、問いかける。


「あたしの『詩』はあたしの為のものよ……」


「本当に? 本当に最初からそうだった? ディーナさっき自分のことを語ってくれた時言ってたじゃない。最初は一緒にいてくれる精霊たちにお礼として詩を聞かせていたって」


「……!」


「あの時の貴方はとても嬉しそうだった。私はそんなディーナがとっても好き。カセドケプルのあの夜も一緒に話していた貴方はとっても楽しそうだった。仮面はしていたけど、きっと綺麗な目で私を見ていてくれたんだって思ってる。でも今は大切な想いを忘れかけてるみたいにみえるの」


 アイリスの言葉にはっとしたようにディーナが呟く。


「大切な……想い……」


 その時、彼女は半年前のことを思い出していた。詩姫の座を追われた際に最後にフォルトナと言葉を交わした時のことを。


◇◆◇


「どうしてあたしが詩姫の座を降ろされなきゃいけないの!?」


 右手を振りながら強い言葉を放つディーナをフォルトナが見つめていた。


「ディーナ、本当にわからない?」


「わかってるわよ! あたしから精霊達が離れていったからでしょ?!」


「いいえ、違います。以前から貴方の素行には問題があった。何が原因だったとしても遅かれ早かれ、貴方は詩姫の座を追われていたのよ」


 悲し気な表情を浮かべながらフォルトナが言葉を紡ぐ。


「何よそれ!? 意味がわかんないわよ!」


「ディーナ……貴方は大切な想いを忘れかけているの。それがわからないなら、貴方は二度と詩姫には戻れない。今はそれを考えるいい時期だと思うの。ゆっくり旅をしながら考えてみなさい」


「大切な想いって何よ!? あたしは何も悪くない! 悪くないんだから!!」


 そう言ってフォルトナは認識阻害の魔法をかけたローブと仮面をディーナに手渡し、別れを告げたのだった。


◇◆◇


「ディーナ……?」


 アイリスの声で我に返ったディーナからは先ほどまでの激昂した様子は感じられなかった。彼女は静かに口を開いた。


「……フォルトナ様からも言われてたわ、その言葉」


「そうだったんだ」


「ええ……あたしは詩姫の自分が好きだった。詩姫であればどんな我儘も許して貰えた……欲しいモノは何だって手に入れられた。綺麗な衣装に大きな部屋……それが幸せだといつからか思ってた。周りにいてくれる精霊達は単なるあたしの引き立て役みたいに思ってた」


 俯きながらディーナは椅子に腰を下ろして両手で顔を覆う。


「あたしの詩は……どんな時も傍にいてくれて、あたしのことを想ってくれてる精霊達の為のものだったのに……いつからあたしはこんなに酷いヒトになってたんだろう……きっとフォルトナ様もわかっていたんだわ……」


 覆った両手の隙間から大粒の涙が零れ、テーブルを濡らし始める。


「ディーナ……」


 アイリスがそっと肩に手を置くと、彼女の肩は大きく震えていた。溢れ出る涙の量が増していく。ピィがアイリスの手からディーナの肩にそっと乗る。


「ぴぃぴぃ」


「自分が特別だっていい気になって……あたしは本当に大切な想いを忘れてたのね。アイリス、あなたに言われてようやく思い出したわ……ありがとう」


 俯き、顔を覆っていたディーナがアイリスの方を見つめる。灰色の瞳から大粒の涙が流れ落ちていた。その時のディーナの表情はどこか儚げでいて、そして綺麗にアイリスには見えたのだった。


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ