第90話 詩姫ディーナ
シャンティーの元を訪れたアイリスは、彼女からソレイユの前の詩姫だった『ディーナ』について話を聞かせてもらえることになった。窓の外を見つめながら仮面とローブを着たまま話始めた。
「ディーナはね、物心ついた時にはもう両親ってものはいなかったの。毎日一人で街の片隅にいた。でも彼女にはある特殊な力があったの」
「特殊な力って?」
窓の方を向いていた仮面がアイリスの方に向く。
「精霊に愛されていたの。独りでいる時も精霊達だけは寄り添っていてくれた。彼女は一緒にいてくれる精霊達に感謝してお礼に詩を聞かせていたの。そんな時、族長のフォルトナ様が現れて『貴方には詩姫の素質があります』って言われてそのまま引き取られたの」
「じゃあ、ディーナの親代わりがフォルトナ様ってことなんだ」
「そうよ。フォルトナ様の元で精霊について勉強をしてディーナは詩姫を目指したの。そこで出来た友達とは特に仲良くなったみたい」
「もしかして、その友達ってソレイユのこと?」
静かにシャンティーが頷く。
「ソレイユは元々族長の親戚にあたる子だったの。ソレイユはディーナが詩姫になれるようにいつも応援してくれていた。二人は本当に仲が良かった」
彼女の話をアイリスは真剣に聞いていた。相手もそれがわかったのかゆっくり続きを語り始める。
「そして努力の甲斐もあって、ディーナは詩姫に正式に選ばれたの。それから彼女は精霊達を鎮める為に、喜ばせる為に詩を披露するようになったわ。それが他のヒト達も楽しんでもらえるためのコンサートの開催にも繋がったの。『絶世の詩姫』なんて言われてた」
シャンティーは自分の前に置いてあるカップを取ると紅茶を口に含む。そこでアイリスが尋ねる。
「それがどうして、今のようになっちゃったの?」
彼女は軽くため息をしながら肩肘をついて口を開く。
「半年前のコンサートの時に急にディーナから精霊が離れていったの。そして観客席にいた親友のソレイユに精霊が集まって、それからディーナに寄ってこなくなった。更に妖精族のお偉方が出てきて、ディーナには詩姫の素養がなくなったって話になったわけ」
「それは噂話で聞いた所だね」
「……それからソレイユが舞台に上がってきて詩を披露したの。元々詩は上手な子じゃなかったはずなのに驚くくらい上手くなってて会場中驚いてた。そしてディーナに向かって今まで我慢してたっていう思いのたけを口にしたわけ。まあ、罵倒よね」
「罵倒って?」
言うかどうか迷うような素振りをシャンティーがする。だが、溜め息を大きくした後に口を開いた。
「ディーナは自分勝手で、ヒトを見下してる。我がまま子だって。大勢の前でよ? ありえないでしょ? ディーナはソレイユを親友だと思ってたのに。そう、裏切られたってわけよ。そしてブーイングが起こってディーナは追放みたいな形で舞台から消えたっていう話よ」
「……」
アイリスは黙ってその話を聞いていた。思うところがあるような素振りをしていた。
「ぴぃぴ」
するとそれまでディーナの肩にとまっていたピィが再びアイリスの肩に乗ってきた。
「ピィちゃん?」
―ガシャン!―
次の瞬間テーブルをシャンティーが右手で強く叩きつけた。大きな音が部屋に響く。アイリスも一瞬驚いていた。
「なんで……なんでそんな扱いを受けなきゃいけないのよ?!」
突然、勢いよく立ち上がる。
キッと仮面越しではあるが目は見開いているのだろう。唇を強く噛みしめるような表情をシャンティーは浮かべていた。
「……もういいわ。何か疲れちゃった……なんであたしがずっとこんな姿でいなきゃいけないのかもわかんないわ」
力を抜きながら彼女は頭を覆っていたフードを両手でさげると綺麗なピンク色の髪がぱっと広がる。そしてローブを脱ぎ、後ろにあるベッドに投げ捨てた。更に右手で銀色の仮面を外してそれも投げ捨てて広がったローブの上に部造作に放り投げた。
「シャンティー……?」
初めてみる澄んだ灰色の瞳がアイリスと目があう。少し顔をしかめながら彼女は呟いた。
「あたしはシャンティーって名前じゃないわ。本当の名前は『ディーナ』よ」
「貴方が……詩姫ディーナだったの」
「……昔の詩姫、だけどね。それに正体を明かしたのはアイリス、あなただけだからね」
バツが悪そうに顔を逸らす。
「どうして、私には教えてくれたの?」
率直な疑問をアイリスが口にすると、恥ずかしそうな表情を浮かべながら口を開いた。
「あ、あなたが聖女だって聞いたからっていうのもあるけど……初めてあったあの夜に話してみたら、その……話が合いそうだったからよ!」
シャンティー、改めディーナは顔を赤くしながら顔を逸らすのだった。
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