第89話 シャンティーを訪ねて
昨日の騒動が落ち着いたようで、フォルトナも朝食の席についていた。警備のことや、今後の散策などに行く際は気を付けて欲しいという話だった。朝食を済ませたアイリスはジークとキッドにあることを相談するのだった。
「お願いって何だよ、アイリス」
「改まってどうしたんですか?」
「実はね、私シャンティーに会いに行きたいの」
アイリスが手を合わせながら二人に向かってお願いをする素振りを見せる。
「シャンティーって……ああ、あの仮面つけた妖精族の奴か」
「あー……確か『エスクード』って宿屋に泊っているって言ってましたね」
アイリスは何ともないのだが、どうもシャンティーのことになるとジークやキッドがぼーっとしているのもこの間から気になっていたことだ。
「彼女も私に話があるって言ってたし、私も聞きたいことが出来たから」
「聞きたいことって?」
「昔の詩姫さんの話かな。彼女、結構物知りだし教えてくれるんじゃないかなって」
「それならフォルトナ様でいいんじゃないですか?」
キッドが先ほどもあった族長のフォルトナに聞くのが早いのではないかと進言するが、アイリスは首を左右に振る。
「何か、どうしても彼女じゃなきゃいけない気がするの」
力がこもる声を聞いてジークがふっと微笑む。
「いいんじゃないか。アイリスがそう思ったなら好きにしろよ」
「兄貴もそういうならボクもそれでいいと思います」
「ぴぃぴぃ!」
皆がシャンティーに会うことを了承すると、アイリスの肩に乗っていたピィも上機嫌になった。
「お、ピィはシャンティーのこと気にいってるみたいだな」
「この間も懐いてましたもんね」
「ただ、話が多分長くなると思うの」
「まあ、女子の話は長いって決まってるからな」
「そうなんですか?」
ジークには身に覚えがあるようで、若干表情が引きつっているように見える。
「そういうもんなんだよ。よし、わかった。宿屋の食堂とか、近くでキッドと時間をつぶしてるから終わったら声かけてくれよ」
「ありがとう、ジーク。気を使ってくれて」
「まあ、楽しんで来いよアイリス」
「うんっ」
楽しそうに笑うアイリスを見て、ジークも嬉しそうだ。今日の予定も決まったこともあり、三人は準備をして街に出て行く。
シャンティーが滞在しているという宿屋『エスクード』の場所は門番の衛兵に聞くと、すぐに教えてくれた。宿屋街では一、二を争う程の良質な宿屋で以前の詩姫も御用達だったということも聞けた。
目的の宿屋についたアイリスはジーク達と別れて、宿屋の受付のヒトにシャンティーに会えるかどうかの確認をしてもらうことにした。
「今確認してきたのですが、そのまま部屋に来て欲しいそうです。二階の突き当りの部屋になります」
「ありがとうございます」
きちんとお礼をいったアイリスは宿屋の階段を上り、言われた通り突き当りの部屋の扉をノックする。すると中から聞いたことがある声が聞こえてきた。
「入ってきていいわよ」
「じゃあ、入るね」
アイリスが部屋に入ると、正面のテーブルにシャンティーがいるのが見えた。近づきながら周りを見渡すと結構広く、良い部屋なのがわかる。だが綺麗に片付いており、無駄なモノは見当たらなかった。
「何じろじろみてるのよ。早くこっちに来てすわったら?」
「あ、ごめんね」
「ぴぃぴぃ」
あまり詮索されたくないのか、彼女が席につくように急かした。アイリスは彼女の正面に腰かける。するとアイリスの肩に乗っていたピィが嬉しそうに鳴きながらローブ越しのシャンティーの肩に移った。
「……あらあら甘えん坊さんね」
シャンティーの口元が少し緩む。
「突然ごめんね。押しかけちゃって」
「いいわよ。あたしが話したいことがあるって前に言ってたし。いつ来るか待ってたのもあるから……」
最後の方の言葉を小さく呟く。
「え?」
「な、なんでもないわよ! まあ、来てくれてありがとう、とは言っておくわね」
シャンティーは立ち上がると沸いたお湯を使って紅茶を入れてくれた。
「ありがとう」
「どういたしまして。それで今日はあたしの話を聞きにきてくれたってことでいいのよね?」
「実は私も貴方に聞きたいことが出来たの」
「聞きたいこと?」
紅茶の道具を片付けながらシャンティーが口を開く。
「ソレイユの前の詩姫について聞きたかったの」
「!」
仮面で表情が見えないが、ローブ越しにシャンティーの身体がびくっと震えたのがアイリスにもわかった。俯き加減で彼女が口を開く。
「そう……そうよね。もうソレイユには会ってるわよね。詩姫だもの」
「シャンティー?」
溜め息を一度吐いた後、シャンティーがテーブルに腰かけてアイリスの方を向く。
「あたしがあなたを呼んだのも、そのことに関係あるし……いいわ。話してあげる。以前の詩姫『ディーナ』について、ね」
それは以前からティフィクスのあちこちで聞いた名前だった。
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