第88話 朝の噂話
フォルトナの邸宅に戻ったアイリス達は、ティフィクス周辺で謎の魔物が出没したことを聞かされる。自分達が戦った水色のゴーレムの他にも赤色のハウンドウルフも確認されているそうだ。
そして色の違う点はあるが、『直接攻撃が効かないこと』や『魔法での対処しかない』こと、『魔法によって効果がないもの』、の三点は特徴が同じだったのだ。
次の日、朝食の前にアイリス達は自分達の部屋に隣接している専用の応接室に集まることにした。
「おはよう、ジーク」
「おはよ、アイリス」
「ぴぃ」
「ピィもおはようさん」
部屋に入ってきたアイリスが見回すとまだキッドの姿がなかった。
「キッドはまだ来てないの?」
「さっき声かけたんだけど、部屋にはいないみたいだったぜ」
その時部屋の扉が開いてキッドが入ってきた。
「お待たせしました。お嬢、兄貴」
「何してたんだよ、お前」
「えへへ、実は早めに起きちゃいまして。お腹が空いちゃったので何か貰えないかと調理場に行ってたんです」
「これから朝飯だっていうのに……お前ってやつは」
「昨日も大変だったし、キッドらしくて私はいいと思うけどね」
「甘やかすなよ、アイリス」
「その調理場でちょっと小耳に挟んだことがあるんですっ」
ジークは目を細めながらキッドを見つめる。
「朝飯のメニューとかなら別に言わなくていいぞ」
「違いますって」
「何かあったの、キッド」
「はい。実は最近このティフィクス周辺でお化けが出るらしいんですよ」
「お化け?」
「お化けだぁ?」
少し雰囲気を出しながらキッドが小声で呟く。尻尾を左右に振り、両手を前にゆらゆらさせていた。どちらかというとアイリスからすれば可愛い姿に見えた。
「そうなんですよ。ティフィクスには『精霊の森』っていう神聖な場所があって、そこの近くで出るそうなんですよ……お化けが」
「出るって具体的にはどんなものなの?」
「ふふ、よくぞ聞いてくれましたお嬢」
「すごまなくていいから、早く言えよキッド」
「もう、兄貴は雰囲気っていうのがわかってませんねぇ」
悪かったな、とジークが溜め息をつきながら耳を立てて聞く素振りをしていた。
「なんでも、足音が聞こえたり……変な音が聞こえてくるそうなんです」
「なんだ、実物が出るとかじゃないのかよ」
「えー、十分怖いじゃないですかぁ」
「だいたいお化けなんてゴースト系の魔物か何かだろ」
「そういう魔物もいるんだね」
両手を顔に当てながらキッドが身体を震わせていた。それを馬鹿馬鹿しいという態度でジークが見ていた。ゴースト系の魔物、という情報を初めて聞いたアイリスが尋ねる。
「古い墓地とか遺跡とかにはそういう魔物も出るんだってさ。オレも直接みたことはないけどな」
「でも神聖な場所にそんな魔物が出るかしら?」
「確かにそうですね。落ち着いてみれば……」
頬のあたりに人差し指をあてながらアイリスが呟く。それを覗き込むようにキッドが顔を合わせてきた。
「大方、誰かの悪ふざけだろ? 今回の騒ぎとは関係ないって」
「私はちょっと気になるけどな。今度行ってみようよ。その『精霊の森』って所に」
「アイリスはそういうところ、行動力あるよな」
「さすがお嬢です!」
そんな会話が終わりに近づいた時、キッドが思い出したように口を開いた。
「あ。そういえば、もう一つ聞いたことがあったんですよね」
「何だよ、またお化けの話か?」
自分より身長の低いキッドの顔に自分の長い口元をくっつけながらジークが尋ねる。
「昨日ソレイユさんのコンサートがあったそうなんですよ」
「結構な頻度でコンサートしてるのね、ソレイユ」
「ええ、最近は精霊の調子も悪いらしいので祈祷とか鎮めるためにしてるらしいです」
「詩姫も大変なんだな」
感心した表情を浮かべながらジークが呟く。
「そこでちょっとトラブルがあったみたいなんですよね」
「トラブルって何があったの?」
「ちょっとしたヤジが飛んだのをきっかけにソレイユさんが怒ってしまったらしくて、コンサートが一時中断したんですって」
「ヤジねぇ。どんな内容なんだ?」
「昔の詩姫さんの方がいい、みたいな感じらしいです」
「昔の詩姫……」
ジークとキッドの話を聞きながらアイリスが呟く。どうやら以前から話に出ているソレイユの前の詩姫について興味をもったようだ。
―コンコン―
ちょうどその時、部屋の扉がノックされる。アイリスが扉を開けると邸宅に仕えるメイドが朝食の準備が出来たことを知らせてくれた。アイリス達は一先ず話を終わりにして朝食をとることにしたのだった。
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