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第84話 以前の詩姫の話

 シャンティーと再会を果たしたアイリスは一緒にお昼ご飯を食べることになった。常連だという彼女におすすめの料理を教えてもらい、注文すると美味しそうな料理が運ばれてきたのだった。


「ではごゆっくり」

「ありがとうございます」


 妖精族の店員さんが一礼して厨房の方に戻っていく。その様子を見てアイリスは少し気になったが、とりあえず食事を始めることにした。


「それじゃ、食べましょうか」

「いっただっきまーす!」

「ボクもお腹ぺこぺこだったんですよぉ!」


 アイリスの合図でジークとキッドが料理にがっつくように口をつける。相当お腹が空いていたようで、それぞれの尻尾が元気に揺れていた。その様子を見て微笑むアイリスの横でシャンティーが呟く。


「まったく、男子っていうのはどの氏族でも同じなのね。もっと行儀よく食べればいいのに」

「私は元気に食べる姿を見るのは嫌いじゃないけどね。二人ともお腹が空いてたんだもの、仕方ないわ」


 ふん、と鼻から息を吐きつつ彼女も特製のアップルパイに口をつける。アイリスは先ほど気になったことを尋ねてみることにした。


「ところでシャンティー、一つ聞いてもいい?」

「何よ、アイリス」


 行儀よくフォークを使って切り分けたパイを口に運んでいる最中の彼女はそのまま反応する。


「今の店員さん、常連さんのシャンティーに何も声をかけてなかったよね?」


 その一言でシャンティーは喉にパイを詰まらせてしまったようだ。急いでアイリスが水の入ったコップを差し出す。


「大丈夫?」

「ぷはっ……! さ、最近働きだしたヒトなんじゃないのっ?」


 水を一気飲みした後に彼女が答える。


「そうなんだ。ごめんね、変なこと聞いちゃって」

「いいのよ別に。……意外に鋭いわね」

「何か言った?」

「いえ、別に」


 すんっと元の素振りに戻りながらシャンティーは食事を続ける。そんなやりとりも気にせずにジークとキッドは料理に舌鼓を打っていた。


「こっちは鈍感で助かったわ……はぁ」


 アイリスも自分の頼んだアップルパイを笑顔で切り分けている最中だったのでその言葉は耳に入っていないようだ。


 そんな時、同じ店内にいた妖精族のグループが何やら大きな声で話し出した。


「ソレイユのコンサート最高だったよぉ」

「わかる。新曲も良かったよな」


 やはり詩姫だけあって、どこにいても噂が絶えないようだ。


「いや、オレは断然『ディーナ』の方がいいと思ったけどな」

「でたよ、コイツ本当に前の詩姫にぞっこんだったもんな」


 以前にもコンサートに向かう一団の中に前の詩姫だと思われるその名前を出しているヒトがいたのをアイリスは思い出していた。少し興味を持ったのでこっそり会話を聞いてみることにした。


「彼女の詩はとっても静かで、良かったんだから仕方ないだろ」

「だけど、我がままが目立ってたし性格悪いって噂だったじゃん」

「そうそう、気分でコンサート延期させた話もあったし」

「コンサートって言えば最後の舞台が印象的だったよな」


 シャンティーの身体が一瞬ぴくっと動いたようにアイリスには見えた。


「シャンティー?」

「……何でもないわ」


 フードを改めて深々と彼女が被る。その間にも向こうのグループの話は盛り上がっていく。


「ソレイユとの詩姫の交換劇だろ? オレその場所にいたんだよなぁ。すごかったよ」

「えーいいなぁ。どんな感じだったんだよ?」


「突然ディーナの傍にいた精霊達が客席のソレイユの周りに集まりだしてさ。コンサートが止まっちゃって。当のディーナは癇癪を起しちゃってさ。そしたら妖精族のお偉いさん達が出てきたわけさ」


「オレもその話知ってる! 急遽その場で会議が行われた結果、今までの素行とか我がままな性格が原因で精霊達からの信頼を失ったってことでソレイユが詩姫に任命されたんだぜ。即興で唄ったソレイユの詩がまた良かったんだってさ」


「まじで? 言わば『追放』されたってことじゃん」

「ま、性格が悪い上に精霊達の信用も失ったんじゃ仕方ないだろ」

「でも彼女の詩は本当に……」

「はいはい、続きは帰ったら聞いてやるよ」


 そこまで盛り上がると、そのグループは料理を食べ終わったようで弾む話を続けながらお店を出て行ったのだった。


 流石に大きな声で話をしていたこともあって、夢中で食べていたジークやキッドの耳にも聞こえていたようだ。


「ふぅん、なんか大変だったんだな」

「ですねぇ」


「……」

「シャンティー、大丈夫?」


 食べるのをぴたっと止めてしまっている彼女にアイリスが心配で声をかける。はっと我に返ったような素振りでアイリスの方を見る。相変わらず仮面で目元はわからなかったが、口元は悲しそうに見えた。


「なんか煩くて、食欲が無くなっちゃったわ。ご馳走様」


 シャンティーが椅子から立ち上がって身支度を始める。


「え? まだ全然食べてないのに?」

「仕方ないでしょ」


 顔を背けながら彼女が呟く。まだ話したいことが沢山あったアイリスは悲しそうな表情を浮かべていた。


「そう……なら仕方ないね」

「……はぁ。あたし、この先の『エメロード』っていう宿屋にしばらく泊まってるから何かあったら来てもいいわよ」


「いいの?」

「何度も言わせないでよ。それに……あたしもあなたに聞いてほしいことがあるから……」

「え?」


「な、何でもないわよ! いい? いきなりは駄目だからね?! 用があるときは受付とか宿のヒトに言伝を頼むこと!」


 ぱぁっとアイリスの表情が明るくなり、シャンティーに向かって微笑む。


「ありがとう、シャンティー。またお話しようね」

「ええ」

 

 了承の言葉を口にしながらシャンティーがお店のヒトにお金を渡しにいく。


「……美味しいご飯のお邪魔をしちゃったお詫びよ」


 そう呟いて彼女は店から出ていく。


「何だったんだ、あいつ」

「奢ってもらったってことはいいヒトなんですよ、きっと」


 様子を見ていたジーク達の反応は様々だ。


「ぴぃ」

「シャンティー……」


ピィが心配そうな表情を浮かべているアイリスに頬ずりをするのだった。


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

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