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第75話 フライハイトへ

 アーニャ達との話し合いの夜が明け、別れを告げたアイリス達は一度拠点にしていた宿屋『渡り鳥』へと戻った。


 それから数日が立ち、カセドケプルの情勢も落ち着いたこともありアイリス達は巡礼の旅の本番でもある氏族の試練を受けるために魔族領でもある通称『氏族連合フライハイト』へ旅立つ日の朝を迎えていた。


「ねー兄貴、聞きましたぁ?」


 朝の食堂のテーブルに腰掛け、にやにやしながらキッドがジークに体をもたれかけていた。


「キッド、お前何回目だよっ。その話」

「だって嬉しいんですもん」


 もたれかかるキッドの顔を両手で押し返しながらジークが尻尾を逆立てていた。そんな二人を見ながらアイリスが笑っていた。


「キッドはよっぽど嬉しいのね」

「はい! ボクの『福音(オラクル)』ってなんでしょうかね!?」


 『福音』とはアーニャ達と話し合いをした時に聞いた言葉であり、聖女と旅を共にする者に与えられる聖騎士でいう所の『祝福(ギフト)』に近いものだという。ちなみに六使のベリルも魔法強化の『福音』を持っているのだそうだ。


「何の『福音』が与えられるかはわからないってアーニャ様は言ってたけど……きっと世界の『大いなる意思』の導きがあるでしょうって」


「オレの『祝福』より良い奴はきっとこないね」

「あー、兄貴妬いてますぅ?」

「お前は一言多いんだよ」

「ふがぁごめんなしゃい」


 ジークがキッドの口を両手で伸ばす。涙目になりながら謝るキッドであった。そこにオーリがやってきて声をかける。


「いよいよ、旅立ちの日なんだねぇ。なんだか寂しくなるね」

「オーリさん、滞在中は色々気を使ってもらってありがとうございました」


「何言ってるんだい。母さんからの言葉もあるし、今代の聖女様の手伝いが出来たって思えば光栄な話だよ。気にしないでね、アイリスちゃん」


「女将さんの料理美味しかったよ!」

「ボクもそう思います。ベッドもふかふかでしたぁ」

「聖騎士様とお供の方にそう言われるなんてますます光栄だねっ」


 食堂の一角で賑やかにしていると受付の方から全身をローブで包んだ人物がやってきた。


「あら、お客さんかね。いらっしゃい……ってあなた確か六使様じゃないですか?」


 オーリに声をかけられると頭のフードを相手が脱ぐ。相手の顔が見えると皆が驚いた。


「ローグさん?」

「聖女様、聖騎士様。今日出発と聞きましたので……突然押しかけて申し訳ありません」


 ローグとアイリス達を交互に見つめたオーリが気をきかせてつぶやく。


「ここでは目に付きやすいからね、部屋に行って話すといいよ」

「ありがとう、オーリさん」

「申し訳ありません」


 場所を移して竜の六使ローエングリンの話を聞くことになった。


「実はどうしても確認したいことがありまして……」

「確認したいこと、ですか?」

「はい。キッドについてなのです」

「ぼ、ボクですか?!」


 自分の名前が出てキッドが目を丸くして驚く。


「キッドが何かしましたか?」

「いえ……出来ればキッドと二人きりで話がしたいのです」

「わかりました。それじゃ、私達は部屋の外に出てよっか、ジーク」

「そうだな。ローグさんの真剣な顔見てたらダメなんて言えないもんな」

「お二人とも感謝します」

「念のため、部屋に結界を張っておきますね」

「お気遣い……痛み入ります」


 アイリスは先日アーニャに教えてもらった結界を部屋に張り巡らせた。これで盗み聞きなどを防げるのだ。深々と礼をローグがする。キッドとの話は数分で終わった。


「場所とお時間を頂いてありがとうございました」

「もう大丈夫なんですか?」

「はい……大丈夫です。用は済みましたので」


 先ほどよりも真剣な表情をローグがしていたのがアイリスは気になった。そんなアイリスにローグが手紙を手渡してきたのだ。


「聖女様、いずれ試練を受けに私やキッドの故郷であるドラゴマルクへ行かれるでしょう。どうかこの手紙を族長代理であり私の父親でもあるパージファルに届けて頂きたいのです」


「直接、ですか?」

「はい。直接渡していただきたいのです。そして頼んでおいて申し訳ないのですが、中身はどうか見ないで欲しいのです」


 アイリスとローグの目が合う。


「わかりました。必ず届けますね。中身もみません。約束します!」

「……こちらの都合ばかり押し付けて申し訳ありません。旅のご無事を祈っております」


 そう言ってローグは渡り鳥を後にするのだった。

 遅れてアイリス達も旅立つ時を迎えていた。


「それじゃ、達者でね。旅の無事を祈ってるよ」

「ありがとうございます。オーリさん」

「女将さんも元気でね!」

「ありがとうございましたっ!」

「ぴぃぴぃ!」


 アイリス達は一路、カセドケプルの西門でありフライハイト側へ続く道へと歩いていく。門の近くまで来ると鍛冶師のマルムが待っていたのだ。


「マルムさん!」

「やあアイリスちゃん。それにジークとキッドも元気そうだねぇ。メルクから今日が出発の日だって聞きつけてね。見送りにきたのさぁ」


「ごめんなさい。ちゃんと挨拶も出来なくて」

「仕方ないさ。『魔物達の大波』のせいで街中てんやわんやだったんだからさ」


「マルムさん、マーナガルムありがとう! 助かったよ」

「ヴァリアント、ありがとうございました!」

「それは良かった。オレの作った作品でこの街が守られたなら鍛冶師冥利につきるってもんさぁ」


くるりと回りながら、覆面から見える両耳をぴくぴくさせつつ尻尾をしなやかに振る。そしてアイリスの前にマルムが立つと口を開いた。


「アイリスちゃん、きっとこの先大変なこともあるだろうけど頑張ってねぇ」

「ありがとうございます、マルムさん」

「うんうん。気を付けるんだよ」


 大きな手をアイリスの頭にのせて数回撫でる。

 それにジークが過剰に反応したがキッドに止められていた。

 もちろんアイリスには気づかれていない。


「それじゃぁ、行ってきます!」

「マルムさん、ありがとう!」

「お供ちゃんとしてきますね!」

「ぴぃぴぃ!」


 アイリス達が大きく手を振りながら西門を超えていく。

 それをマルムが見送っていた。


 巡礼の旅の目的でもある五氏族の試練を受けるため、アイリス達はカセドケプルを後にする。


 いよいよ氏族連合『フライハイト』への旅が始まるのだった。


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

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