第65話 厄災の使徒
突如、アイリス達の背後にあるカセドケプル南門の上部に自らを『厄災の使徒』と名乗る人物が現れた。竜人族の特徴を模した漆黒の兜、そして鎧を纏った謎の存在だ。そして同時に門も閉められ退路を断たれてしまったのだった。
「あのヒトからすごい……いやな感じがする」
「あいつ一体何者なんだ?」
「こ……怖いですね。威圧感がすごいです」
「ぴぃ……ぴぃ」
アイリスは胸騒ぎの原因がその厄災の使徒だということを直感的に理解していた。突然現れた存在にジークもキッドも動揺を隠せないようだ。ピィもずっと全身の毛を逆立てて睨みつけている。
「今代の聖女と聖騎士にはちょうどいい『宴』だろう」
兜の奥から脳裏に響くような声が聞こえてくる。
眼下に見えるアイリス達を嘲笑しているようだ。
「宴……まさかこの『魔物達の大波』はあなたが?」
「フッ……今代の聖女も察しがいいな」
「何でこんなことをするんだ!?」
「聖騎士の方は気が短いと見える……まあ、どちらもまだ幼い子供だから仕方のないことか」
「なんだと……っ!」
明らかに厄災の使徒がジークを挑発してきている。アイリスはそれに気づいて、ジークに落ち着くように言葉をかける。
「ジーク、落ち着いてっ」
「上から目線であんなこと言われて落ち着けるかよ!」
今置かれた状況も作用してジークの頭には血が上っていた。
腰に携えた鞘から剣を抜き、相手を睨みつけている。
「キッド、オレをアイツの所まで飛ばしてくれ!」
「え、いいんですか!?」
「早くしろ!」
「は、はい兄貴っ」
ジークはキッドの大盾『ヴァリアント』に向けて跳躍する。それに合わせてキッドが大盾を大きく前方に突き出す。そこに剣を噛ませ、ジークが勢いよく上空に飛んでいく。
あっという間に門の上部まで飛ぶと、ジークが空中で身体を捻って体制を立て直す。同時に一撃を浴びせようと構える。
「くらえ!」
「フフッ、青いな……」
剣技を繰り出そうとするジークに向かって厄災の使徒が右手を静かに前に出す。アイリスは異様な胸騒ぎを覚える。その時には光の羽弓を構えていた。
「ジーク!!」
地上から真っすぐにアイリスが厄災の使徒に向けてホーリーアローを放つ。
厄災の使徒は右腕をそちらにかざすと、鎧越しの手の平から漆黒の球体が放たれた。その漆黒の球体はアイリスの放った光の矢を呑み込むとその場で爆発した。発生した爆風に飛ばされてジークが落ちてくる。
「キッド、お願い!」
「はいっ!」
体制を乱したジークが地上のキッドに受け止められる。幸い、軽い怪我をしているだけだった。
「悪い、キッド」
「大丈夫ですか、兄貴?!」
「ああ、ちょっとかすっただけだ」
「ジーク……良かった」
「まだ青さが残る聖騎士を葬れる機会だったが……聖女に感謝するのだな。あの一矢がなければお前の命は消え失せていた」
「な……?!」
「だが……今代の聖女の力もこんなモノか。これならば先代の聖女の方が幾分マシだったな」
漆黒の球体を放った右手から視線を地上からこちらを見ているアイリスに移しながら厄災の使徒が話す。
「アーニャ様を知ってる……?」
「ああ、知っているとも。だが支障はない……問題があるとすれば今代の聖女であるアイリス……お前だ。今は力が小さいがこれから先、我が野望の障害になるやもしれん……花が咲く前のつぼみの段階で息の根を摘んでおくのも一興だろう」
禍々しい雰囲気を出しながらアイリスを指さす。
「アイリスはオレ達が護る!」
「そうですっ! お嬢には指一本触れさせません!」
アイリスを囲むように二人が傍に寄る。
その光景を見て、相手は不敵に笑うのだった。
「フフフ、いつまでその余裕が続くか見ものだな」
「どういうことだよっ」
「聖騎士ジーク、今の状況を良く考えてみろ。南門を目指している『刻印』の魔物達はまだまだいる……それを全て切り抜けられるのか? お前達三人だけで」
乾いた笑みを浮かべているのだろう。そんな声の雰囲気で厄災の使徒が言い放つ。アイリスはその言葉の意味が理解できた。
「まさか……『刻印』の魔物の動向の報告と今の状況がおかしいのもあなたの仕業なの?!」
「その通りだ、アイリス。その結果、冒険者共と六使は他の門の防衛に分かれた。ここにいるはずの衛兵たちには暗示をかけて別の場所に行ってもらったからな。つまり応援が来ることはない」
「じゃあ、会議室に報告にきた兵のヒトも!?」
キッドが疑問を大声でぶつける。
「同様の暗示をかけておいた。結果は御覧の通りだ」
「どうしてそんなことをするの?」
不敵な笑いが上がる。
同時にどす黒いオーラが厄災の使徒を包み込んでいく。
「全てはお前をこの南門に誘導するための罠だったのだ。今代の聖女アイリス、お前にはここで死んでもらう!」
この間にもアイリス達の背後からは『魔物達の波』の第三波が訪れようとしていた。
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