第61話 連鎖する咆哮
会議は魔物に『刻印』を付与する何者かの話になっていた。
話を聞いていたアイリスもこの話題は人間族、魔族にとってとても大きな問題だということがピリピリとした空気から感じ取っていた。
「ローグ、竜人族の戦士達は何か目撃していなかったのかい?」
人間族の六使エクスがローエングリンに尋ねる。
元々、アイリスがこの場にいるのは『刻印』の魔物に同胞が襲われ、その怪我の治療をして欲しいと頼まれたからでもあった。その内容は他の六使達にも報告されているのだろう。
「皆に渡した報告書にも合った通り、複数の『刻印』の魔物と遭遇したが首謀者やそれに該当するような者は見ていないということでした」
「複数なのか単独なのかもわからないということか……」
ローグの話を聞いて、悪魔族の六使ベリルが口を開く。
そんな時、獅子族の六使ガラシャがアイリス達を見る。
彼女は落ち着いた様子で尋ねてきた。
「今代の聖女様はどうお考えになりますか?」
「わ、私ですか?」
「姿が見えない敵の存在をずっと議論していても埒があきません。それならば、『刻印』を持った魔物と交戦した聖女様にも意見を伺いたいと思いまして」
「確かに、お話は聞いてみたいですね」
「同感ですね。是非お聞かせ願いたいです」
ガラシャの提案に妖精族の六使フォードルと狼族の六使ヴァルムが賛成する。
他の六使達もアイリスの方を見つめる。
緊張しているアイリスは一度ジークの方を見る。ジークは優しい表情で静かに頷く。穏やかな気持ちになったアイリスも頷き、目をつぶり深呼吸した後に口を開いた。
「既に知っていることかもしれませんが、私達が『刻印』を持った魔物と戦ったのはラグダードの北の森でした。魔物の種類はオーガで、通常の個体よりも強いということでした」
「聖女様は何か感じられましたか?」
隣に座っているローグがアイリスに尋ねる。
「上手くは言えないんですけど、あの『刻印』からは嫌な気配がしました」
「嫌な気配……具体的にはどのような?」
ベリルが詳しく聞きたいという表情で尋ねてきた。
だが、今のアイリスにそれ以上表現のしようがなかった。
「すいません……本当に上手く言えなくて。ただ、そう感じたと言うしかありません」
「これは失礼した。お話を聞かせて頂いて感謝します、聖女様」
「いえ、大丈夫です」
ベリルは詳しく聞き出そうとしたことを詫びる。
アイリスは明るい表情で返した。
「聖女様の言う通り、悪いモノであることは間違いないだろう。今後も『刻印』を持った魔物が出てくる可能性は大いにある。ならば、首謀者や関係者と遭遇する機会も増えてくると私は考える」
ガラシャが強い気迫で言葉を紡ぐ。
「ガラシャの言う通りだ。ならば、次は今後の警備について話合うことにしようか」
進行役のエクスが話を一旦まとめて、次の流れを提示する。
「ぴぃ……ぴぃ」
「ピィちゃん?」
その時、アイリスの肩に乗っていたピィの様子がおかしいことに気付いた。
重苦しい感じで震えていたのだ。
すると会議室の扉が急に開き衛兵の一人が息を荒げながら入ってきた。
「会議の途中に失礼いたしますっ」
「何かあったのか?」
エクスが兵士に状況を確認する。
兵士は息を整えた後に報告した。
「申し上げます! カセドケプル周辺の森や山岳地帯にて多数の魔物の咆哮を確認したとのことです」
兵士の報告を受けて会議室がざわつく。
場の緊張感が高まったようにアイリスには見えた。
「数は?」
「その数、20から30程度確認されたということです。魔物の種類も多数、中には中級ランクの魔物もいるとのことっ」
エクスは他の六使を見る。
それぞれが無言で頷く。
「ならばこのことを冒険者ギルドにも通達。各氏族、人間族の警備の者は持ち場につくように伝令してくれ」
「了解しました!」
エクスの指示で衛兵が会議室を後にする。
「このタイミングでこの状況……上手くないですねぇ」
ヴァルムが目を細めながら口を開く。
普段は笑っている目が真剣な眼差しになっていた。
「確かに……出来すぎている気がしますね」
フォードルも訝しげに呟いた。
ベリルもそれに続く。
「何者かの手によるもの、ということか」
「とにかくそれぞれの氏族、人間族の衛兵や騎士達を動かしましょう。状況は絶えず変わっているはずですから」
席から立ち上がり、ローグが他の六使に訴える。
それぞれの配下を呼びつけ、伝令を持たせる。
「お、お嬢……」
緊迫した空気によって不安になったのか、弱弱しい声でキッドがアイリスを見る。
「大丈夫よ、キッド。六使の皆さんがちゃんと指示してくれるから」
「でも、なんかすごいことになってきてるよな」
「そうね……一体何が起こってるのかしら」
六使会議の最中、城塞都市の周りに上がる魔物たちの咆哮。
それは連鎖するように広がっているようにアイリスには思えた。
これが大規模な戦闘の幕開けだと気づく者はいなかっただろう。
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