第57話 ジーク対キッド
マルムの提案でジークとキッドの模擬戦が行われることになった。
舞台は工房の外。ここは元々、カセドケプルの端であるため模擬戦をするには十分な広さがあった。
ジークとキッドがお互い距離をとった位置で武器を構えている。
審判を引き受けたマルムの合図を待っているのだ。
アイリスはマルムの隣でそれを見ているが、心配そうな表情を浮かべていた。
右肩にはピィが乗っている。
「二人とも大丈夫かな……」
「大丈夫だよ、アイリスちゃん」
「マルムさん……」
「それにこの模擬戦はこれからの旅をする上でとっても大切なことだからね」
「どういうことですか?」
見つめ合う二人を見ながらマルムが口を開く。
「これから先、魔物とかの戦いにおいてジークとキッドの『役割』っていうのが大切になってくるんだ。キッドに背中を預けられれば、ジークは攻撃に集中出来るしアイリスちゃんの無事にも繋がるからね。それにはやっぱり戦って相手の力量を見定めるのが戦士ってわけさ」
「なるほど。あの……マルムさんも戦士なんですか?」
ふとアイリスが言葉を紡ぐ。無意識的にそう呟いたのだ。
覆面の奥に見えるマルムの瞳が刹那、揺れるのが見えた。
「さあ、それはどうでしょう。さて、始めようか」
さらりと笑ってマルムは言葉を返す。
そして一歩前に出る。
「それじゃ、試合開始!」
マルムが右手をあげながら、合図をする。
先に動いたのはジークの方だ。
「待ってました! キッド、修行の成果見せてもらうぜ!」
「はい! 兄貴の胸を借ります!」
キッドに向かって走りながらジークが笑う。
それにつられてキッドも笑みを噛みしめる。
「キッド、鎧新しくなったんですね」
「うん、オレが作ったんだよ。盾役だからしっかりしたのがいいと思ってさ」
以前のキッドは軽装の装備をしていたが、試合の時に装備したのは重装系のしっかりとした鎧で上半身を覆っていた。以前アイリスが見たキッドの『逆立った鱗』の場所も隠れて見えなくなっている。
「それじゃ、一発決めるぜ!」
間合いに入ったジークが地面を強く蹴って跳躍し、腰の剣を抜く。そして身体を捻ると勢いよく剣を振り下ろす。十八番の技だ。
「『狼咬斬』!」
「!」
金属同士がぶつかる音が木霊する。
アイリスが見ると、ジークの技をキッドがしっかりと大盾で受け止めていた。
「やるな、キッドっ!」
「やっぱり兄貴は強いですね!」
キッドが大きく一歩を踏み出し、盾に力を入れてジークを押し出す。
その反動を利用してジークは宙を舞って、間合いギリギリの場所に着地する。
剣の感覚も良いようだ。
「でも、守りの姿勢じゃオレには勝てないぜ?」
「行きます!」
キッドがジークに向かって突進する。
速さはジークほどではないが、大盾と剣を持っているにしては十分な機動力があった。間合いまで入ると右手に握った剣を握りしめる。その動きはジークにも見えていた。
「だけど、お前の太刀筋じゃオレには当たらないぜっ」
「なら……!」
そう口走り、キッドは左手に持った大盾を突き出してジークの視界を奪う。
「なにっ!?」
「!」
急に視界を盾で塞がれたジークが一瞬たじろぐ。
その隙に大盾の影からキッドの剣が伸びてくる。
「!?」
ジークは剣を両手で構えて、その突きを防御する。
再び高い金属音が響く。
二人とも一歩も引いていない。
「本当に強くなったなキッド。びっくりしたぜ」
「師匠のご指導のおかげですっ」
ジークがキッドの剣を払い、間合いを取り直す。
二人の間に緊張感のようなものが出てきていた。
「キッド、すごい……ジークと渡りあってる」
「ぴぃぴぃ」
「オレが戦い方を教えたっていうのもあるけど、キッドは元々戦いの『勘』が鋭かったんだよねぇ。弱気な性格と『環境』があの子を弱くしてたってわけさ」
マルムが腕を組みながらアイリスに解説する。
どこか納得のいかないような、溜め息を漏らしていた。
「やばい……オレ、わくわくしてきた!」
ジークの両耳がピンと立つ。尻尾も大きく揺れていた。
戦闘を得意とする狼族の本能が刺激されたのだ。
「キツイの一発いくぜ、キッド!」
姿勢を低く構えるとジークが冷気を纏う。
『祝福』の力を開放したのだ。
「いつでもどうぞです、兄貴!」
その様子を見て、大盾を握るキッドの顔つきも変わる。
ジークは一気に駆けていき、キッドの視界から消える。
素早く動き、背後を取った。
「?!」
「もらった! 『氷牙連脚』!」
「まだ、です!」
背後から両足に氷の刃を纏った二連蹴りを繰り出す。
その時、キッドの緑色の瞳に強い光が灯り、瞳孔が細くなる。『心眼』が発動したのだ。
肉眼では見えていないが、『心眼』による予測でジークの攻撃が来る方向に素早く大盾を向ける。ギリギリ間に合ったことで、キッドはジークの攻撃の防御に成功する。
「ぐっ……!」
ジークの二連蹴りの衝撃は大きくキッドの身体が後方に押し出される。
その大きな隙をジークは見逃さない。攻撃を防がれたと同時に空中に飛び上がり、剣を構え直し一気に急降下して大技を放つ。
「『氷狼咬斬』!!」
キッドはまだ反動で押し出されている。
だがその勢いを利用して身体を大きく捻らせ、大盾と剣を組み合わせて斧状態にする。
「刺して……伸ばす!!」
「何!?」
キッドがその体制から斧を振り上げ、技へと繋げる。
「『竜斧撃』!」
二人の大技が繰り出される。
お互い本気になっているのでこのままだと無事では済まないのは見ているアイリスにもわかった。
「マルムさん……! あれっ?」
アイリスがマルムに言い寄ろうとした時、隣にいたはずのマルムの姿がなかった。
「そこまで!」
「!?」
「?!」
その瞬間、剣と斧の先に衝撃が走りジーク、キッド共に大きく吹き飛ばされる。
二人の中心にはマルムが両手に自作の剣を二本持って低い姿勢でかがんでいた。
一瞬のことだったが、激しい金属音が二つ響いたことから恐らくはマルムがジークとキッドの大技をいなしたのだろう。アイリスにも、もちろんジーク達にも何が起こったのかはわからなかった。
「二人とも、本気になりすぎだよぉ」
「マルムさん、今どうやったの?!」
「し、師匠?!」
「内緒だよぉ」
軽快な口調でマルムが二人に声をかける。
ジーク達の緊張もとけたようだ。
「はぁー、楽しかったぁ」
「はぁ……はぁ……ボクもです」
「キッド、お前やるようになったな。これなら後ろ、任せられるよ」
「あ、ありがとうございます兄貴!」
吹き飛ばされた二人が地面に腰をつけながら会話をする。
全力を出したことでヘトヘトになっていた。
「もう! ジークもキッドも無茶しすぎ!!」
「ぴぃぴぃ!」
「わ、悪いアイリス……つい熱くなっちゃって」
「ご、ごめんなさいお嬢っ」
二人の所にアイリスが近づき、お説教が始まる。
と、言いつつちゃんと治癒の力を使ってあげていた。
「これからは気を付けてねっ」
「はぁい」
「はいぃ」
「ふふ、いいパーティだねぇ」
その様子をマルムは笑顔で眺めていたのだった。
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