第55話 夜の帳の音色
アイリスとジークが自由な時間を過ごしたその日の夜。
眠りにつく前にアイリスは備え付けの机に座って昼間ジークから買ってもらった花の首飾りを見つめていた。
どうしてだろうか、なかなか寝付けなかったのだ。
ベッドの枕元でピィは既に眠りに落ちていた。
「ジークからプレゼントをもらっちゃった」
机の上にあるランタンの灯りに首飾りをかざし、角度を変えながら眺める。
色々な影が浮かび上がり、綺麗な花の装飾が際立って見えた。
「なんだか、寝付けないなぁ……」
夜も更けてきた頃、まだアイリスは眠れないでいた。
そんな時、ピィが声をあげる。
「ぴぃ? ぴぃよぉ?」
「どうしたの? ピィちゃん?」
ピィはまるでお酒を飲んだヒトのように、目がすわっていた。
鳴き声もいつもと違ってろれつがまわっていないよう様子だった。
「ぴぃぴぃ……ぴぃぉ?」
アイリスはピィが寝ぼけているのだと気づく。
そしてアイリスの耳に何かの音が聞こえてきたのだ。
「……この音……」
それは以前アイリスが『大いなる意思』に選ばれた時に聞こえた音色と似たような感覚だった。どうやらピィにもこの音色が聞こえているらしく、その影響で寝ぼけてしまっているのだろう。
澄んだ水のような音に誘われるように、アイリスは着替えると部屋の扉をあけて音色が聞こえる受付の方に歩いていく。
「どこから聞こえるんだろう……?」
誰もいない宿屋の受付に来ると、どうやら音色は宿屋の外から聞こえてきているようだった。アイリスは扉を開けて宿屋の外に出ていく。
「こっちから聞こえる……」
自然と足が向かった先は中央に噴水がある小さな公園だった。
カセドケプルは広く、まだまだ行ったことのない場所は多い。
この公園もその一つだった。
「噴水の所に誰かいるみたい」
気づくと空は晴れていて、月明かりが綺麗な夜だった。
その明かりに照らされるように噴水に腰かける者の影が落ちていた。
アイリスが近づいていくと、向こうも気が付いたようで声を上げる。
「きゃっ……だ、誰よ?」
「あっ、驚かせてごめんなさい。すごく綺麗な音が聞こえたから」
「え?」
音色の主が驚いた顔でこちらを見つめる。
アイリスの身体の半分程の大きさと特徴的な耳の形から妖精族ということがわかった。ピンク色の髪の妖精族の女の子だ。
変わった点としては舞踏会等でつけるような仮面をつけていることだろうか。
「……あなた、聞こえたの?」
「うん、すごく澄んだ音が宿屋の外から聞こえて……気が付いたらここまで来ていたの」
「ふぅん……あなた『愛されてる』のね」
「え?」
「……なんでもない。それにそんなに大したものじゃないわ……ただの『鼻歌』なんだから」
そっぽを向くように妖精族の少女は呟く。
「私、アイリスっていうの」
「何? あたしにも名乗れっていうの?」
強気な態度で妖精族の少女が口を開く。
それに押されることなく、アイリスが言葉を続ける。
「『鼻歌』でもすごく素敵な音色だったから……」
明るく笑顔を浮かべるアイリス。
ふぅん、と小さく呟きながら少女が口を開いた。
「……シャンティーよ」
「ありがとう、シャンティー」
「ふん……あなた変わってるわね」
「ふふ、よく言われる」
「何よそれ」
最初は警戒している素振りをしていた彼女だったが、次第に口数が増えていく。
アイリスも女の子同士の会話は久しぶりだったためか、色々と会話が弾んだ。
「何、あなた『聖女様』なの?!」
「うん、そうなの。今は旅の準備のためにここに滞在してるところ」
「ふぅん、あなたが噂の聖女様だったなんて……意外と普通の人間族だったのね」
シャンティーは中々はっきりとものを言う性格のようで、遠慮などはせずにアイリスに接していた。アイリスもそんな彼女の態度が心地よかったようだ。
「それじゃ、これからフライハイト側にいくのね……試練を受けるために」
「シャンティー?」
彼女が夜の帳を明るく照らす月を見上げながら小さく呟く。
「不思議ね。あたし、誰とも話なんてする気なかったのに……アイリス、あなたとはびっくりするくらい話しちゃったじゃない」
「私も貴方とお話するの、とても楽しいよ」
「……お、おだてたって何も出やしないんだからねっ」
仮面で目元は見えないが、軽く笑みを含んだ声に聞こえた。
ふふっとアイリスも笑みを浮かべながら口を開く。
「ねえ、シャンティー」
「何よ」
「鼻歌でもいいからもう一度聞かせてくれない?」
「……」
「だめ……?」
「はぁ……いいわよ」
噴水の音が小さく感じられる程、シャンティーの『鼻歌』が素敵に響いて聞こえていた。
アイリスは目を閉じながら耳を傾けていた。
そこにシャンティーの声が木霊する。
「アイリス、もう会うことはないと思うけど……今宵の出会いは夢のようなものよ。悪いことは言わないわ……どうか忘れて。お願いよ」
次にアイリスが目を開けると、部屋の窓から朝日が差し込んでいた。
ふと見ると着替えたはずの寝巻を着ていることに気付いた。
「あれ……私、いつの間に部屋に戻ってきて寝ちゃってたんだろう……?」
「ぴぃっ」
隣の枕元で眠っていたピィが目を覚まして軽快な鳴き声を聞かせてくれた。
「おはよう、ピィちゃん」
「ぴぃぴぃ」
アイリスはとても心地よく眠っていたようだ。
それに疲れがなくなったかのように身体が軽く感じた。
綺麗な音色に誘われ、夢のような不思議な一夜の出会いを果たしたアイリス。
だが、それは夢ではなかったのだと、窓の外を見つめながら思うのだった。
数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。
評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。




