第54話 二人きりの買い物
旅の仲間にキッドを加えたアイリス達。
その次の日から、マルムに言われた通りジークの剣作りが始まることになる。
キッドはマルムの工房に住み込みで手伝うことになったので一旦分かれることになった。
「それじゃお嬢、兄貴行ってきますね」
「キッド、気を付けてね」
「宜しく頼むな」
「ぴぃぴぃ!」
「はいっ」
大きく手を振りながらキッドが歩いていく。
途中で盛大にこけたのを見てアイリス達がハラハラした場面もあった。
キッドを送り出したアイリス達は今日の予定を話し合うことにした。
「アイリス、今日はどうする?」
「うーん……剣が出来るまでまだ日もあるみたいだし、急いで準備する必要もないよね」
「確かにそうだな」
両耳を垂れさせながらジークが悩む仕草をしていた。
アイリスは何か思いついたようで口を開いた。
「ねえ、ジーク」
「ん? なんだよ」
「一緒に買い物に行きましょっ。特に何かっていうわけじゃないけど、まだ見てないお店も沢山あるだろうし」
「えっ……それってデー……」
ジークの反応と言いかけた言葉を聞いたアイリスが笑顔で答える。
「そうとも言うかもねっ」
「ぴぃっ」
アイリスは特に意図はしていないだろうが、ジークの尻尾がすごい勢いで揺れていたのは事実だ。もちろん気づかれてはいない。
アイリスの提案もあって、その日はカセドケプル内のまだ足を運んでいない区域を二人で見て回ることになった。
「それにしてもカセドケプルは広いね」
「お……おう、そうだな」
「今日はゆっくり出来そうね」
「あ……ああ」
初めて歩く通りを進みながら、アイリスがジークに話しかける。
たどたどしく答えるジークだったが、しばらくするといつもの反応に戻っていた。
今の状況に何とか慣れたのだろう。
「ねえ、ジークあっちのお店も見てもいい?」
「ああ、いいぜ」
カセドケプルに着いてからは目的を持った行動をしていた二人だったが、今日はそれもない。アイリスは無邪気に楽しんでいるようにジークには見えた。
「アイリス、楽しそうだな」
先を歩くアイリスを見つめながらジークが呟く。
「そう言えば、王都から出発して今までこんな自由な時間ってあんまりなかったもんな」
普段は誰かの買い物に付き合うことも嫌がるジークだが、アイリスといる時はそんな気持ちにもならないようだ。今までのアイリスの頑張りを見ているから、というのもあるのだろう。
「ジーク、楽しめてるかな? ジークってこういう目的もなく、誰かの買い物に付き合うのって嫌そうに見えるけど……」
ジークが後ろを歩きながら考えている時、アイリスもジークのことを考えていた。
「ジークも王都からここまでずっと頑張ってくれてたし……少しは息抜きになればいいんだけどな」
アイリスはふと、ビナールで夢を語った時やガーライルとの戦いの際のジークの表情を思い出していた。子供のような無邪気さの表情と、誓いを立てた時の勇ましい表情。普段の表情のジークも頭に浮かんでくる。
「……」
胸の奥のどこかがまた震えるような感覚を覚えた。以前よりもはっきりとしているようにも感じた。
「なんなんだろう……この気持ち……」
「アイリス、どうかしたか?」
考えている間、立ち止まっていたこともあってジークが追い付いて声を掛けてきた。
「あっ……ううん、何でもないの」
「キッドみたいに転ばないように気をつけろよ?」
「うん、ありがとうジーク」
はっと我に返るアイリス。
キッドのことを思い出して二人で笑ってしまった。
「あっちにもお店あるみたいだぜ」
「本当だ。行こう、ピィちゃん」
「ぴぃぴぃっ」
「本当楽しそうだな……ん?」
歩き出したアイリスについていこうとしたジークの目に一軒のお店が映る。
そのお店は色々なアクセサリーを売っているお店だった。
「これ……」
沢山並べられた商品の中の一つをジークが見つめていた。
自然に手にとるとお店のヒトに声を掛けていた。
「……ジーク、どうしたんだろうね」
「ぴぃぴ」
「悪い、遅くなった」
さっきまで後ろをついて来ていたジークの姿が見えなくなって、心配になったアイリスがピィに声を掛ける。するとジークが走って追い付いてきた。
「ジーク、何かあった?」
「あ、いやこれを買ってたんだ」
「これって……」
照れ臭そうな仕草をしながらジークが買ったモノをアイリスにみせる。
それは花の装飾が綺麗な首飾りだった。
「ほ、ほら聖女の紋章も花だろ? ……その……お前に似合うかなって」
「これを……私に?」
「あっ、これはオレが持ってきたへそくりから払ったから心配するなよ」
念のためお金の出どころを補足するジーク。そのままアイリスに首飾りを手渡す。
手渡された首飾りを早速アイリスが首につけてみる。
「似合うかな?」
「ああ、すごく似合ってるよ」
「ありがとう、ジーク。とっても嬉しいな」
「どういたしまして」
「ぴぃぴぃ」
久しぶりに訪れた自由な時間をアイリスとジークは楽しめたようだ。
その夜から寝る前に首飾りを見つめるのがアイリスの日課になるのだった。
本人がその首飾りを贈ったジークの本当の思いに気づくのはもう少し先の話。
所変わってこちらはマルムの工房での一幕。
お昼ご飯を師匠になったマルムに作っているエプロン姿のキッドがいた。
「え!? お嬢と兄貴、あれで付き合ってないんですか?!」
「オレはそう思ってるよぉ。ジークは奥手っぽいし、アイリスちゃんは鈍そうだもんねぇ」
「師匠、それはないですって。どう考えたって付き合ってる空気出てますもん!」
「恋っていうのは難しいもんなんだよねぇ」
あとでジークに合った時に確かめようと誓うキッドであった。
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