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第53話 お嬢と兄貴

 その日の夜キッドもアイリス達の気遣いによって渡り鳥に泊まることになった。

 薄明りの中、鍛冶師マルムからもらった大盾と剣、『ヴァリアント』を壁に立てかけ眺めながら何かを考えているようだった。


「……よしっ」


 決意した表情でヴァリアントを見つめるキッド。


 そして一夜があける。


 早朝、アイリスとジークの部屋の扉が叩かれた。

 キッドが二人に大事な話があるというのだ。

 ジークの部屋に三人が集まることになった。


 ちなみにピィはアイリスの部屋でまだ眠っている。


「すいません、お二人とも」

「こんな朝早くにどうしたのキッド」

「ふぁ~……飯には早いぜ?」


 アイリスとまだ眠そうなジークが備え付けの椅子に腰かけ、キッドに尋ねる。

 するとキッドは椅子に座ることもなく、いきなりその場にしゃがみこみ、嘆願するような姿勢で床に頭をつける。


「キッド?!」

「おいおい、どうした?!」


「聖女様、聖騎士様! どうかボクを巡礼の旅のお供として連れていってくれませんか!?」


 なんとキッドがアイリス達と一緒に行きたいとお願いしてきたのだ。

 鉱山の一件を経て、少し前向きになったようでおどおどすることもなく、しっかりとした声だった。


「私達と一緒に旅に……?」

「はい! 雑用でも何でもします。だから連れて行ってくださいっ」


「……どうする? アイリス」


 ジークはアイリスの方を見て尋ねる。

 両耳と尻尾が機嫌良く、揺れているのがアイリスにも見えた。

 アイリスは笑顔を見せると、椅子から立ち上がりキッドの所に歩いていく。


「キッド、顔をあげて」

「はいっ」


 暗い返事が来ると思ったキッドが強く目をつぶりながらアイリスの方に顔を向ける。


「キッドが良ければ、一緒に行きましょう」

「えっ!? 良いんですか!?」


「私達の出会いもきっと『大いなる意思』の導きのおかげだと思うから。それに私達も昨日話していたの。キッドが一緒に旅について来てくれたら嬉しいなって」


「そ、そうだったんですかっ」

「そういうこと。だからもう床に手をついたりするなよ、キッド」

「ちゃんと一緒に椅子に座ってお話しましょ」

「は、はいっ!」


 アイリスに手を引かれて、キッドが立ち上がる。

 皆でテーブルを囲みながら再び会話が始まる。


「実を言うとね、一緒に旅に同行したいって言ってくれたヒトはキッドが初めてだったの」

「えっ!? アイリスさんとジークさんは今代の聖女様と聖騎士様なのにですか?!」

「うん、そうなの」


 アイリスは少し困ったような顔をしながら口を開いた。


「王都でお城にいる時に先代のアーニャ様から聞いていたんだけどね。アーニャ様とガーライル様の時は旅のお供についていきたいっていうヒト達は沢山いたんだって」


「……それがどうしてアイリスさん達だとお声が掛からないんですか?」


「私が孤児院生まれだったことと、聖騎士に魔族であるジークを選んだからっていうのが理由だと思うの」


「そんなことで……?」


「それに聖女と聖騎士といっても『見習い』っていうのが頭についてるからかな」

「わざわざ苦労するかもしれない旅にはついていけないってことだろうさ」

「ジーク」


「だってそうだろ? 歴代の聖女と聖騎士の伝説の中で初めて人間の聖女が魔族から聖騎士を選んだ……まあ、魔族からしたらすごい快挙だろうけどさ。人間族のヒト達から見たら面白くないんだろうさ」


「はぁ……何だか難しいんですね」


「私はジークが一緒だからあまり気にならないんだけどね」


「! お、オレは何かアイリスが変な目で見られてるって感じがして嫌だけどなっ」


 焦ったようにたどたどしくジークが言葉を続ける。

 その場面だけキッドは目を細めながら嬉しそうに揺れているジークの尻尾を見つめていた。

 気づいていないアイリスが続ける。


「だからね、頑張ってくださいって言われることは多いけど一緒に行きたいって言われたことが私達なかったの」


「だからオレもアイリスも嬉しいんだぜ、キッド。ありがとな」


「アイリスさん……ジークさん」


 アイリス達の言葉が嬉しいようでキッドの胸がじんと熱くなっていく。

 知らなかった聖女と聖騎士からの裏側を知れたことも大きかったのだろう。

 そこでキッドが再び大きな声をあげる。


「アイリスさん、ジークさん。もう一つお願いがあるんです、ボク!」

「?」

「?」


 二人が首を傾げる。


「どうしたの、キッド?」

「まだ何かあるのか?」


「ボク、アイリスさんとジークさんのこと、とても尊敬してまして! もし嫌でなければお二人の呼び方を是非! 『お嬢』と『兄貴』って呼ばせて欲しいです!!!」


 緑色の綺麗な瞳をキラキラさせながらキッドがアイリス達に呼び方の了承を願い出たのだ。


「えと……私は別に名前で呼んでもらってもいいんだけど」

「アイリス、キッドが呼びたいって言ってるんだからいいだろ?」

「ジークは兄貴って呼んでもらえるのが嬉しいだけでしょ?」

「うわ、なんでバレてるの」

「バレバレ」


「どうか、お願いします!」


 真面目にお願いをしてくるキッドに駄目とは言えないアイリスは結果的にその呼び方を了承したのだった。


 こうして巡礼の旅の仲間にちょっと涙もろい盾の戦士、キッドが正式に加わることとなった。


 話が落ち着いた頃、ちょうど朝日がまぶしく三人のいる部屋を明るく照らす。

 新しい旅の始まりを祝うように。




数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

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