第52話 盾の戦士
キッドの強力な一撃によってメタスキュラが地に伏せる。
弱点を粉々に破壊され、魔石へと姿を変えていく。純度もかなりよい魔石だ。
「ふぁ……」
キッドがその場に尻もちをつきながら、大きくため息を漏らす。全ての力が抜けているようだ。瞳も元の柔らかい緑色に戻っていた。
「お疲れ様、キッド」
「あ……ありがとうございます」
「はい、これ」
アイリスがメタスキュラから出た魔石を拾ってキッドに手渡す。
「これは……?」
「キッドが勇気を出した証よ。助けてくれてありがとう」
「……こ、これがボクの『勇気』の証……っ」
手渡された魔石を見ながらボロボロと涙が溢れる。
「また泣いちゃったよ」
「もう、ジークもわかってるくせに」
「悪い悪い……そうだな、頑張ったもんな」
アイリスとジークがキッドを優しく見ていた。
キッドは大事そうに貰った魔石をしまって涙を拭う。
表情も最初の頃よりも明るくなったようだ。
「それじゃ、鉱石を運びましょうか!」
「そうね」
「そうだな」
「ぴぃぴぃ!」
この中で一番力持ちのキッドがヴァルチェメタルを抱える形でカセドケプルへの帰路についたのだった。
◇◆◇
工房に三人が帰ってくるとマルムが明るく迎えてくれた。
「おかえりみんな。ヴァルチェメタルは無事に採ってこれたみたいだねぇ」
テーブルの上に置かれた鉱石を色々な角度から見ながら、マルムが口を開く。
「キッドが頑張ってくれたおかげなんです」
「そうだな。一番頑張ってたな」
「いやぁ……そんな」
キッドが照れて赤くなった顔を両手で覆う。
アイリス達とも仲良くなったのが一目瞭然だった。
「『ヴァリアント』をちゃんと使ってくれたんだねぇ。それに『心眼』も使えるようになったってわけだぁ」
使用した跡がしっかりと残る大盾と剣を優しい眼差しでマルムが見つめながら呟いた。
「『ヴァリアント』っていうのがこの大盾と剣の名前なんですか?」
「うん、そうだよ。『アイリス』ちゃん」
「えっ?」
思わずアイリスが声を漏らす。
ジークもたまらず口を開いた。
「『聖女様』、じゃなくなってる?!」
「それを言うなら『ジーク』、キミもだよ。『キッド』もよく頑張ったねぇ」
「あ、ありがとうございますっ!」
アイリス達が初めて会った時から今までマルムは皆のことを『聖女様』、『聖騎士様』、『少年』といったように名前で呼ぶことは一度もなかったのだ。それがいきなり名前呼びになったことで三人が動揺したのは明らかだった。
「キミ達はオレの期待によく応えてくれたからねぇ。キッドに勇気を出すきっかけを与えてあげたんだろ? キッドの顔を見ればわかるよ」
「そんな、私達はそんな大したことはしてないですよ」
「いや、大したことだよ。なんせ、ヒトを変えられるのはヒトだけだからねぇ」
「どういうこと、マルムさん?」
マルムは笑いながら作業台に腰を下ろしながら口を開いた。
「もし、キッドが出発した時と同じ顔をして帰ってきたのなら、例えヴァルチェメタルを持ってきたとしてもジークの剣をオレは打たなかったってことさ」
「げ、マジ?」
「ハハハ、本気さ。キミたち二人ならきっとキッドに勇気をあげられるんじゃないかって賭けていたのさぁ」
「ヒトが悪いなぁ」
「いやぁ、照れちゃうなぁ」
「褒めてないからっ」
マルムがジークの肩に手をかけながらからかっていると、胸に手をあてながらアイリスが口を開いた。
「でも本当にキッドが勇気を出してくれて私、嬉しいです」
「アイリスさん……っ」
その言葉を受けて、またキッドの涙腺が緩む。
泣き虫なのは変わっていないようだ。
それを見てマルムが言葉を続ける。
「アイリスちゃんは本当に聖女様なんだねぇ。オレ、惚れちゃうかも」
「なっ!? マルムさん、何しれっと言ってるんだよ!」
「おやおやぁ? 何か問題でもあるのかい、ジーク」
「え……いや、別に何もないけどっ」
「?」
マルムに顔を覗かれながらジークが四苦八苦していた。
アイリスは何事だろう、という顔をしている。
「と、まあ冗談はこれくらいにしてと」
「冗談かよっ」
マルムがキッドに近づいて口を開く。
少しだけ真面目な表情を浮かべているようだが覆面の上からではしっかりとはわからなかった。
ただ両耳と尻尾は軽やかに動いているのが見える。
「おめでとう、キッド。これでキミは弱虫の戦士じゃない。『盾の戦士』になったのさ」
「盾の……戦士」
「その『ヴァリアント』はもうキミのものだよ。大事にしてあげてねぇ」
「は、はい! ありがとうございます!」
うんうん、とマルムが頷き言葉が続く。
「それじゃ、キッド。これからオレはジークの剣を打つからキミも手伝ってよ。その代わり、盾の使い方と戦い方を教えてあげるからさ。いわばキミの師匠になるってことかな」
「し……師匠になってもらえるんですか?! ありがとうございます、マルムさん! ボク、頑張ってお手伝いします!」
二人のやりとりを見ていたアイリス達からもお祝いと感謝の言葉が続く。
「良かったね、キッド」
「ありがとうございます、アイリスさん!」
「オレも剣を作るの手伝ってもらえて助かるぜ、キッド」
「はい、頑張りますねジークさん!」
「ぴぴぃ!」
「ピィさんもありがとうございます!」
「ぴぃ」
ピィにもお礼を言っているキッドを見て他の三人が思わず声をあげて笑った。
「本格的に取り掛かるのは二日後からだから、その時キッドには来てもらうねぇ」
「わかりました!」
話が落ち着きマルムの作品をジークとキッドが見てまわっている時、アイリスがマルムに声を掛けた。
「あの、マルムさん」
「なんだい、アイリスちゃん」
「キッドのことなんですけど、少しいいですか?」
「いいよぉ」
アイリスは鉱山での戦闘中、『心眼』を使った状態のキッドの様子を見ていて気になった点が一つあったのだ。
「キッドの背中の鱗の一枚が『逆立ってる』ように見えたんです。何か模様も浮かんでたような気がして……見間違いかもしれないんですけど」
「……!」
覆面の奥のマルムの瞳が揺らめくように見えた。
「マルムさん?」
「アイリスちゃん、そのことはオレとの秘密にしておいてよ」
「は、はい。わかりました」
「ありがと」
「あ、マルムさん! アイリスと何こそこそしてるんだよっ」
「いやぁ、別に何でもないよぉ」
「うそだー!」
そんなやりとりをしつつ、三人は一度宿屋に戻ることにした。
キッドのことについてはアイリスとマルムの間の秘密になった。
その日の夕食もキッドはとても沢山食べたという話だ。
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