第50話 勇気の一歩
ヴァルバジア鉱山の最奥でアイリス達を待ち受けていたのは鉱物を好む蜘蛛の魔物、メタスキュラだった。鉱山の残った鉱石等を食べて通常の個体よりも巨大化している。鋭利な前足をこすり合わせて、鋭い音を響かせ威嚇してきていた。
「オレが出る! アイリスは後方からデカいの一発入れてくれ」
「わかった。ジークも気を付けてねっ!」
ジークが剣を鞘から抜いて前に出る。アイリスはその後方で光の羽弓を構える。
「ひ……ひぃん」
「キッドはピィちゃんと一緒にいてねっ」
「わ……わかりましたっ」
「ぴぃ」
アイリスの更に後方にキッドが震えていた。
肩にはピィも乗っている。
「キシャアア!」
鋭い前足を交互にジークに向かって突き刺してくる。
ジークはその攻撃を交わしつつ、間合いに入り剣を振り下ろす。
「やあああ!」
ちょうど前足の生えている正面を切りつけると金属音が響く。
だがメタスキュラの本体は固く、振った剣に鈍い振動が走る。
「か、かてー!」
渋い顔をしながら手を振るう素振りをジークがする。
「なら……!」
後方からアイリスが光の羽弓をメタスキュラに向かって構える。
紋章から生まれる光の矢を射る。
「ホーリーアロー!」
光の矢がメタスキュラの前足の一本に命中するが、いつもほどの威力は出ていないように見えた。
「いくら固いっていってもアイリスの矢でダメージが与えられないなんて変だな」
「もしかして『ヴァルチェメタル』を食べた影響で神聖魔法に耐性がついてるのかもっ」
「げ……それはありえる」
アイリスの推測通り、ヴァルチェメタルを取り込んだメタスキュラの神聖魔法への耐性は上がっているようだ。元々は聖騎士の鎧にも使われる神聖な鉱物だからだ。
「なら仕方ないか……だったらこれでどうだ!!」
ジークの周りに冷気が発生し、剣が氷を纏う。氷の『祝福』の力を開放したのだ。
更に追撃の前足の攻撃を側転で避けて、ジークが高く跳躍する。
身体を翻し、打点の高い所から一気に本体へ強い一撃を繰り出す。
「『氷狼咬斬』!」
「キイイイ!」
「!?」
ジークの攻撃が来る寸前でメタスキュラが一歩後退し、両前足を掲げて防御の姿勢をとった。激しい衝撃が発生し、氷の剣によって両前足に大きな傷をつけることが出来た。軽やかに着地したジークが口を開く。
「なんだアイツ、いきなりおかしな動きをしたけど……」
「ジーク、あれ見て! あの魔物の頭の上の一部、光ってるよっ」
アイリスがあることに気付いた。先ほどの攻撃をメタスキュラが防御しなければ当たっていたであろう場所が淡い赤色に点滅していたのだ。恐らく魔物の本能的に危険を感じての現象なのだろう。
「つまり、あそこがアイツの弱点ってわけか」
「あそこを集中的に狙えばいいってことだね」
「そういうこと! 行くぞ、アイリス」
「うん、わかった」
アイリス達は弱点である場所を集中的に狙う作戦に出る。
だがその時、メタスキュラが再び咆哮する。
「キュアアアア!」
先程とは違う鳴き声を上げると、岩壁の穴から大量の小さいメタスキュラが姿を現したのだ。小さいといってもアイリスやジークと同じくらいの大きさである。
「げ、子持ちだったのかよ」
「ジークっ」
「アイリスは自分の身の回りを固めとけ! オレは早い所、親玉の急所に一撃いれる!」
「うん、わかったっ」
後ろで見ていたキッドにもアイリス達が劣勢に立たされていることがわかった。
だが、足が震えて動くことも出来ないでいた。
「ぼ……ボクはやっぱり役立たずなんだ……」
目を強くつぶると脳裏に父親から言われ続けてきた言葉が聞こえてきていた。
――『お前はただ力が強いだけで、他は何も取柄のない情けない奴だ』――
「……やっぱりここまで来たけど……ボクが一人前の戦士になるなんて無理なんだっ」
俯くと目からボロボロと涙が零れてきていた。
「はあああ!」
ジークが弱点の部位を狙って攻撃するが、俊敏に動く前足に阻まれる。
子蜘蛛たちは執拗にアイリスに向かってきていた。
「『聖なる壁』!」
アイリスは自分の周りに『聖なる壁』を発生させて子蜘蛛の攻撃を防いでいた。
だが、子蜘蛛の前足も鋭く何度も『壁』に向かって攻撃をし続けている。
もし聖なる壁が効力を失えばアイリスはひとたまりもない。
「くっ……!」
「アイリス、頑張れ! くそ、こいつ!!」
ジークはアイリスの援護に行きたいが、親玉であるメタスキュラがそれを阻む。
「あ……アイリスさんっ」
顔を上げ、くしゃくしゃになった泣き顔でアイリスの方をキッドが見る。
だが身体は思うように動いてはくれない。
ズキンと胸が痛んだ。ここまでくるたびに何度も感じた痛みだ。
「ぴぃ!」
その時、ピィの声が耳に響いた。
すると脳裏に浮かぶ嫌な言葉を塗り替えるように、アイリス達の言葉が浮かんでくる。
――『余程の冒険者か戦闘狂の奴以外、戦うのが怖くないって奴はそんなにいないと思うぜ。ただ、戦うか戦わないかっていう選択を迫られる時がくるかこないかってだけだとオレは思うな』――
「戦う選択……ボクは今迫られている……っ」
――『私も最近気づいたんだけどね。勇気って出そうと思って出るわけじゃないと思うの。多分……何かを変えようとして、一歩を踏み出した先にあるじゃないかなって』――
「一歩踏み出した先にある……『勇気』」
アイリスがその言葉を口にした時の表情は忘れることは出来なかった。
何かを決意した強さを感じたからだ。
「ボクも『勇気』が欲しい……! ボクに優しくしてくれたお二人を護るための『勇気』が……!!」
「ピィ!」
「……!」
二度目のピィの鳴き声でキッドが涙を拭う。そして目をしっかりと開き、その『一歩』を踏み出した。
「これ以上は……無理かも……!」
「アイリスっ!」
継続して張っていた『聖なる壁』の最初の一枚の効力が切れる。
そこから子蜘蛛達がアイリスに向かって鋭い両足の刃を振りかざしてきた。
その時アイリスの目の前に大きな影が現れ、堅牢な音が響き渡る。
「アイリスさん、大丈夫ですか!?」
アイリスが閉じていた瞳を開くと、目の前には白銀の大盾で子蜘蛛の攻撃を防ぐキッドの姿があった。緑色の瞳の奥に強い光が輝く。
弱虫だった戦士の『心の眼』が今、開かれたのだった。
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