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第46話 開花を待つ心眼

 キッドが持っている『変わった癖』の話をしていた時、鍛冶屋のマルムがアイリス達の前に姿を現したのだった。マルムはキッドの隣に腰かけると女将さんのオーリに料理を注文した。


「マルムさん、さっき言ってた『心眼』って何なんですか?」

「ぼ、ボクも聞いたことありません」


 アイリスはもちろんキッドもその言葉に心当たりはないようだった。


「聖騎士様は聞いたことくらいはあるだろぅ?」


「武芸の達人とか一流の戦士だけが身に着けられる特技みたいなものだったはず。相手の動きを見切ったり、モノの真意を見極めることが出来るっていうの」


 顎の付近に右手をあてながら思い出す素振りをジークが見せる。


「そうそぅ、それそれ」


「確かヴィクトリオンの族長が心眼の使い手だって聞いたことあるぜ」

「ちょ、ちょっと待ってください!!」


 アイリスとジーク、マルムが話を進めているとキッドが身体をふるふると震わせながらテーブルの上に強く両手をついて立ち上がった。声からも動揺しているのがわかる。


「んー? どうしたんだい少年」

「ま、マルムさんでしたっけ? 貴方今、ジークさんのこと……せ……聖騎士様って」

「うん、だって聖騎士様だもん」

「そ……それだとアイリスさんが聖女様ってことになるじゃないですかっ?!」


 動揺しているキッドがアイリスの方に目を向ける。

 アイリスは気が付いたようで、口を開いた。


「あ、ごめんなさいキッド。言ってなかったんだけど私、聖女なの……あ、見習いなんだけどね」


 アイリスがキッドに小声で伝える。


「え……っ? えー―――!? もがっ……!」

「なるほど……これは失礼したねぇ」


 一瞬、キッドの大声で回りのお客さん達がこちらを見たが、すぐに元の状態に戻った。

 マルムにはアイリス達がこの宿では聖女と聖騎士だと名乗っていないというのが伝わったようで、大声をあげたキッドの口を両手で塞いだからだ。


「……女将さんしか知らないことになってるんだよ。な、アイリス」

「うん、配慮してくれてもらってるんです」


 助かったという表情をアイリスもジークも浮かべていた。

 そろそろ両手を話さないとキッドの息が続かないような顔色になってきたのを見て、マルムがそっとキッドの口を塞いでいた両手をどける。


「ぷはっ……す、すいません。ぼ、ボクびっくりしちゃって……まさかお二人が噂の今代の聖女様と聖騎士様だったなんて……」


 状況を理解したキッドも小さな声で話してくれた。


「でも……そんなすごいお二人に話しかけてもらえたなんて……ボクとっても嬉しいです!」


「そう言って貰えると私達も嬉しいね。ジーク」

「ま、まあ、そうだな」


 照れ隠しの仕草をしながらジークはまんざらでもないようだ。

 様子を見ていたマルムが口を開く。


「んー、何だかオレの一言で迷惑をかけちゃったみたいだねぇ。ごめんね、聖女様」

「いえ、いいんです。言ってなかった私達も悪いんですから」

「あくまで謙虚なんだねぇ。いいね、実にいい」

「マルムさん?」


 マルムは顎の付近に手を当てながらアイリスを見つめていた。

 言葉が続く。


「よっし、それじゃあ場所を移そうかぁ」

「どこに行くんですか?」

「んー? オレの工房。美味しいお菓子があるから、続きはそこで話をしようよ」

「……マルムさんって本当に気分屋っぽいよな」

「ぴぃ」

「えっ? えっ?」


 とんとん拍子でマルムが話を進めていく。ジークは目を細めながら呟き、ピィも同意見という表情だった。キッドに至っては話が呑み込めていないようだった。


 結局、アイリス達は昼食をとった後マルムの工房に連れていかれたのだった。


「さてさて、中断していた話の続きをしようかぁ?」


 工房にある丸いテーブルにアイリス達を座らせたマルムは奥からお菓子がのった皿を持ってきてテーブルの上に並べる。


「た、食べていいんですか?」

「どうぞどうぞぉ」

「キッド……お前、いい性格してるな」

「ふぁい?」


 気が弱いキッドだが、こんな状況でもお菓子に手を伸ばす所にジークは感心したのだった。


「キッドの『心眼』についての話ですよね」

「そうそう、それ」

「それじゃあ、キッドもその『心眼』を持ってるってことですか?」

「ふぇ?! そ、そんな……ボク、そんなすごいモノ持ってないですよっ!?」


 咥えていたお菓子をぽろっと落としながらキッドが声をあげる。

にやにやした雰囲気をだしながらマルムがアイリスに返事をした。


「実際にはまだ『心眼』とはいえない初期の段階だと思うよ? 少年が言っていた『変な癖』っていうのがその前兆だとオレは考えてるんだ」


「前兆、ですか」


 アイリスの言葉に無言でマルムが頷く。


「マルムさんって心眼のこと詳しんですか?」


 今度はジークが尋ねる。


「知り合いに詳しい奴がいてね。聞いた話の受け売りにはなっちゃうんだけどね」

「なるほど。鍛冶屋をしてれば、そういうお客さんもいるってことか」

「そういうこと」


 お茶を人数分注ぎながら、マルムは話を続ける。


「オレが思うに少年のは『開花を待つ花のつぼみの段階』って感じかな」

「は……はぁ」


 キッドが半信半疑といった表情でマルムの顔を見つめている。

 面白いものを見つけた子供のような雰囲気をマルムは出していた。

 その証拠にしなやかな尻尾が元気に揺れているのが見える。


 マルムは立ち上がると昨日アイリス達に見せた大盾の所に歩いていく。


「そこで、少年にはこの大盾を持ってもらおうと思うんだぁ」

「その盾を、ですか……?」

「……何でそうなるのさ」


 ジークが顔をしかめながら呟く。マルムの脈絡がない話に少々嫌気がさしているようだ。

 だが、アイリスは真剣な顔をしていた。


「待って、ジーク。マルムさんが理由もなく、自分の作品に誰かが触れるのを許すはずないと思うの」


 ほう、っと一言マルムが呟く。


「だって、アイリスっ。キッドはオレ達より身体も小さいんだぜ? あんな大きな盾持てるはずないだろ?!」


 ジークがアイリスに向かって話している横で大きな振動が起こる。

 二人がその方向を向くと、キッドが大盾を持ち上げていた。


「……も、持てました」


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

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