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第42話 一対の大盾と剣

「聖騎士様でも無理だったかぁ」


しゅん、とさっきまで元気に動いていた両耳と尻尾が元気を無くした。

獅子族の鍛冶屋マルムは溜め息を漏らしていた。


「この盾、重すぎるって!」


実際に持ってみたジークが大きな声を上げる。思わず尻尾も逆立つ。

加護で能力が向上しているが、持ち上げるだけで精一杯だった。


「まあ、そうだよなぁ」


「今まで扱えたヒトはいたんですか?」


アイリスが元気のないマルムに尋ねる。

近くにあった椅子に腰かけながらマルムが答えた。


「メルクが紹介してくれた冒険者とかで扱える奴は確かにいた。でも駄目だった」


「駄目ってどういうことですか?」


身体を伸ばしながらマルムが答える。


「小盾や中盾ならともかく大盾は嫌だとさ。これじゃ盾主体で戦うようなもんだと文句が出たよ」

「まあ、確かにそうなるのか」


 ジークが大盾と剣を見ながら呟く。


「大きい盾は邪魔だ、なんて言われたこともある。まったく……今の若いヤツは軟弱だよなぁ」


「マルムさんも十分若いと思うんですけど……」

「ぴぃ」


 顔を覆っているとはいえマルムの歳は恐らくは二十歳前後くらい、アイリスやジークのお兄さん的な立ち位置くらいに思えた。


「ひょろひょろしていい加減なヒトかと思ったけど、結構熱いんだねマルムさんは」

「お、聖騎士様励ましてくれるの? 優しいなぁ……でも、聖騎士様も盾は持たないタイプに見えるよねぇ」


「う……」


 痛い所を突かれたジークが曇った声をあげる。


「まあ、聖騎士様は『存在自体が盾』だからいいけどさ」

「?」


 また一瞬、マルムの雰囲気が変わるような感覚をアイリスは持った。


「マルムさん……?」

「ん? ああ、なんでもないよぉ」


「そもそもさ、マルムさんはどうしてこの大盾作ろうと思ったのさ?」


 ジークが大盾と剣を作った理由を尋ねる。


「言っただろ? オレ、聖騎士って存在に憧れてたって」

「うん、それは聞いたけど本当だったんだ」


「それは本当。聖騎士の証である『剣を携えた盾の紋章』……この大盾と剣はそれから着想を得て作ったオレの自信作なのさ」


 腰かけたまま、立てかけられた一対の大盾と剣を見つめるマルム。

 アイリスにはマルムが本心を言っているように思えた。


「とはいえ、色々な『仕掛け』も付けたから重量が増加しちゃってねぇ……余程の腕っぷしがないと持てない装備になったってわけさ」


「仕掛け、ですか?」


 アイリスが気になった言葉を口にする。


「そ。コイツを扱えて心よく使ってくれる奴とかオレが気にいった奴には教えようと思ってたんだけど誰も使えないし、使う気概もない。はあ……やれやれ」


 天井を仰ぎながらマルムが愚痴を漏らす。

 軽くため息を吐きながら言葉が続いた。


「ロマンって奴がないのかねぇ」


 今度は大きくため息を吐きながらマルムが口を開く。


「聖女様と聖騎士様には悪いけど、オレはこの大盾と剣を使える奴が見つかるまでは他のことに力が入らないからさ。剣を作る話は保留ってことにしておいてよ」


「えー……マジかよ」

「ジーク、そんなこと言わないの。マルムさんの条件を満たせなかったんだから仕方ないわ」

「まあ、そうだけどさ」


 ジークをなだめるアイリスを見てマルムの調子が少し戻る。

 へたっていた尻尾もまたゆっくり左右に揺れていた。


「やっぱり君、聖女様なんだねぇ」

「マルムさん?」

「うんや、こっちの話」


 両耳をぴこぴこ動かしながらマルムが笑って見せる。


「聖女様も聖騎士様も見る目はしっかりしてる感じだからさ、誰か知り合いとかでいい奴いたら『また』連れて来てみてよ」


「……ではアイリス様、ジーク様今日は一旦帰るとしましょうか」


 三人のやり取りをじっと見守っていたメルクが口を開いた。


「そうですね、そうします」

「はぁ……わかりました」

「ぴぴぃ」


 そう言ってアイリスとジークはメルクと共に工房を後にした。

 楽しそうにマルムは手を大きく振りながら見送ったのだった。


「……マルムは貴方達が余程気に入ったらしいですね」


「え? そうですか?」

「そんな風には見えなかったけど」


 無言でメルクが首を左右に振る。


「いえいえ、私も何人かの冒険者などを見つけて連れていきましたが同じ者に『また』という機会は与えられませんでした」


「あ、そういえば!」

「『また』って言ってたっ!」

「ぴぃ!」


 アイリスとジークが互いの顔を合わせる。ピィもそれに続くように鳴いた。

 強面のメルクが優しく微笑みながら言葉を続ける。


「きっと貴方達なら自分の作品に相応しい者をみつけてくれるのではないかと思ったのではないでしょうかね」


「って言ってもいるのかな、そんな奴」

「私達カセドケプルにはまだ滞在する予定だし、もしかしたらそんなヒトに出会えるかもしれないじゃない?」


「アイリスはいっつも前向きだよなぁ」

「前向きなのは私の取柄だから」

「ぴぃぴぃ」


 カセドケプルの端、変わり者の獅子族の鍛冶屋からの帰り道。

 諦め顔のジークに対してアイリスは明るく微笑むのだった。

数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

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