第38話 宿屋 渡り鳥
カセドケプルについて思わぬ歓迎を受けたアイリス達。
その後も何度か声をかけられたものの、前回ほど時間はとられなかった。
「宿屋ってラグダートのレイニーさんの娘さんがやってる所なんだよな」
「うん、先に私達のことを手紙に書いて送ってあるって言ってたから」
「わざわざ宿屋を探さなくてよくて助かるな」
「ぴぃぴぃ」
アイリスはレイニーに渡された地図に従って宿屋の通りを進んでいく。
すると鳥の群れが描かれた木の看板が目印の宿屋『渡り鳥』が見えてきた。
水色の屋根が綺麗でラグダートの『風見鶏』と同様に大きな建物だ。
中に入ると作りはほとんど同じで中央に受付、右奥に食堂、左は部屋が並ぶ廊下になっている。
「レイニーさんの所とそっくりだな」
「うん、本当にそっくり」
「ぴぃ」
中に入ったアイリス達が揃って同じ反応をする。
受付に立っていた女性がこちらに気付く。
「もしかして、アイリスちゃんとジークくん?」
「あ、はい。そうです」
「やっぱりそうだったんだ。可愛い女の子にかっこいい狼族の男の子だって聞いてたから。ちょっとこっちに来てくれる?」
こちらの名前を呼んだ女性が受付に手招きをする。
それに従ってアイリス達が受付に歩いていく。
「あたしがこの宿屋『渡り鳥』の女将のオーリよ。母さんから話は手紙で聞いてるわ」
「宜しくお願いします」
「お願いします」
「礼儀も正しくていいねっ」
明るい笑顔でオーリが接してくれる。
声を小さくして二人に呟く。
「表立って二人が聖女様と聖騎士様だっていうのは内緒にしておくから。ばれちゃったら仕方ないけど」
そう言って目くばせで合図をしてくれた。
今さっきの歓迎のこともあるのでとても助かる一言だった。
体制を戻しながらオーリが言葉を続ける。
「カセドケプルでは人間族と魔族の組み合わせは珍しいことじゃないからね。二人の歳くらいで冒険者になりたくカセドケプルにくる子達も多いし」
「そうなんですね」
「確かにそうだろうな」
「ジークも本当は来たかったんだもんね」
「ああ」
「そういえば密入国のことも結構騒ぎになったから気を付けなよ」
オーリがジークに耳打ちする。
びくっと尻尾が逆立つ。相変わらずこの話題はジークにとっては嫌なことらしい。
「はい、気を付けます……」
「宜しいっ」
「ふふ」
「笑うなよ」
「ごめんごめん」
二人の掛け合いをみてオーリが微笑む。
「二人の部屋はどうしようか? 一緒の部屋がいい?」
「私はどっちでも……」
「べ、別々でお願いできますか!?」
ジークが受付の机に乗り上げる勢いでオーリに嘆願する。
「ジーク?」
「ふふふ、それじゃ別々の部屋にしておくね」
「はぁ……ありがとうございます」
何かを察したような素振りを見せるオーリと胸を撫でおろすジーク。
アイリスだけは不思議な顔をしてみていた。
何でもない、とジークが念を押して何とかその場を凌ぐ。
「ゆっくり休んでね。あ、宿屋の裏手にはちょっとした練習場があるから体を動かしたいときとかに使って。他に何かあれば相談にのるからね!」
レイニーと同じようにハキハキとした声でオーリが説明してくれた。
二人はお礼を言って、部屋が並ぶ廊下に歩いていく。
今回の部屋も隣同士だった。
「荷物を降ろしたら食堂でお昼ご飯にしましょうか」
「わかった」
少し部屋で落ち着いた二人は廊下で待ち合わせをして、昼食を食堂で済ませた。
食堂にいたヒト達の話を聞くと口々に聖女と聖騎士がこの都市に入ったという噂が流れていた。ジークは大好きな肉料理を、アイリスはパンとサラダを美味しく食べた。
食堂からの帰りの廊下でのことだった。
「それじゃ、色々な準備で街を歩くのは明日にしてゆっくり休みましょ」
「そーだな。ちょっと疲れた顔してるしな」
「そう見える?」
「オレより気を張ってるんじゃないのか? ほら、ここら辺が疲れた感じするぜ」
そう言いながら無意識にアイリスの耳のあたりに手を添えようとしたジークが自分の行動に気付いて一気に赤面しそうになる。
「あ、いや……と、とにかく! ゆっくり休もうぜっ」
「う、うん。ジークどうしたの?」
「あー……多分疲れのせいだな! うん! そうに違いない!」
収拾がつかなくなったジークが勢いよく部屋の扉を開いて中に入っていってしまった。
「ジーク、どうしたんだろうねピィちゃん」
「ぴぃぴぃ……」
ピィは目を細めながら相槌を打っていた。
溜め息もついているように見える。
もちろんアイリスは気づいていない。
部屋に入って間もなく、静かにアイリスが廊下に出てきた。
ピィは部屋で寝ていたのでそのままにしておいた。
向かった先は宿屋の裏手にある練習場だった。
辺りを見回すと誰もいないようだ。
「よし……っ」
アイリスは遠くの木に的になる木の板が備えてある場所に立つ。
的をみつめながら光の羽弓を構える。
呼吸を整えると右手の紋章の光で生成された矢を引く。
「いつものままじゃ威力が大きいから……魔力を調整して……」
そう言いながら気持ちを矢に集中させると、少しずつ矢の光が小さくなっていく。
「これなら……っ!」
アイリスが矢を射る。
通常の矢ほどの細さになった矢がまっすぐに的に向かって飛んでいく。
真ん中ではないが、威力の調整は出来たようで的に刺さった矢はゆっくりと消えていく。
それからしばらく弓矢の練習をしていると声をかけられた。
「聖女様も大変なんだね」
「オーリさん」
見られたのが恥ずかしかったのか顔を赤くして照れた素振りをアイリスが見せる。
「ごめんね、声をかけちゃって」
「そんな、気にしないでください。あ、あと練習場を使わせてもらってありがとうございます」
「いいんだよ。誰でも使っていい場所だからね」
丁寧にお礼をいうアイリスにオーリが言葉をかける。
「アイリスちゃんは自分が聖女なのにすごく謙虚に見えるね」
「そんなことないですよ。いつも聖女様っていわれる度に緊張してます」
「そうなのかい」
「はい」
アイリスは数歩前に歩いていって空を見上げる。
両手を広げて深呼吸をして振り返る。
「私はまだ見習いだから、立派な聖女になるためには出来ることは何でもしたいんです。時間はかかるかもしれないけど……私なりに理想の聖女に近づければなって」
「なるほどね」
「先代の聖女様も剣の鍛錬は欠かさなかったって本で読んだことがあるんです」
「それならあたしも読んだことあるね」
「だから私も……やれることを一生懸命やりたいんですっ」
真っすぐオーリを見つめるアイリスの瞳はとても綺麗で力を持っていた。
オーリはとても感心しているようだった。
「きっとアイリスちゃんなら立派な聖女になれるよ。あたしも応援してるからね」
「ありがとうございます、オーリさんっ」
それからオーリがその場を離れてからもアイリスは弓矢の練習を続けていたようだ。
辺りは夕日の光がまぶしくなってきていた。
その日の晩御飯はジークが驚くほど、アイリスは食べたという話だった。
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