第36話 国境の都市
ラグダートを発ったアイリス達は途中の小さな村で一泊した次の朝、カセドケプルへの街道を進んでいた。次第に人間族領と魔族領を隔てる大きな山脈地帯が眼前に広がってくる。
目的地であるカセドケプルは南北をこの大きな山脈に挟まれた場所にある。
60年前に起こった人魔戦争の中心地の跡地に建てられた国境も兼ねている都市である。
「お、アイリス見てみろよっ。城塞の入り口が見えてきたぞ」
「ぴぃぴぃ!」
ジークの肩にのったピィも一緒に同じ方向を指していた。
遠くから見ても大きな門が近づいてきていた。
「本当、大きいね」
「オレもちゃんと見るのは初めてだけどな」
「門前払いにならないといいね」
「げ、勘弁してほしいな」
「ふふ、冗談よ」
二人は冗談をいう元気もあるようだ。
「……ぴぃぃ!」
「ピィちゃん?」
「! アイリスっ」
もうすぐ街道の終わりが見えてきた所でピィが鳴き始めると同時にジークが気配に気づいた。ジークがアイリスの隣に移動し、構える。
街道脇の林から二つの大きな影が姿を現した。
「チャージボアかよっ」
「二匹いるっ」
チャージボアとはイノシシの魔物で、大きな身体を使った突進を繰り返すことで知られている。相手は前足で地面を蹴る素振りを何度かする。鼻息も荒く、今にも襲ってくる勢いだ。
「先に一匹をやる! アイリスはここにいろよっ」
「わかった」
「ぴぃ」
ジークの肩から乗り移ったピィと共に、アイリスはその場に残る。
一度剣を抜こうとするがまだ折れたままの剣よりは体術の方が効果があると考え、大きく踏み込む。
「『狼牙連脚』!」
両足による二連蹴りを一匹のチャージボアに浴びせる。
一瞬怯んだようで数歩後ろに下がっているが致命傷には至っていないようだ。
「やっぱり剣じゃないと駄目か」
「ジーク、氷の力はっ?」
「まだ上手く使えないんだよなぁ」
するとジークが相手しているのとは別のチャージボアがアイリスに向かって突進してきた。
「アイリス!」
「わかってるっ!」
正面から真っすぐ突っ込んでくる相手に対してアイリスは冷静に対応する。
両手を前方に向けて詠唱する。
「『聖なる壁』!」
光の壁はチャージボアの進路を塞ぎ、勢いよく壁にぶつかった相手は気を失いそうになったのかふらっと身体のバランスが崩れた。
そこをアイリスは見逃さない。
ガーライル程の力が無い限り壁が割れることはない。
その間に光の羽弓を構え、光の壁が消えた瞬間を狙って引いていた右手を放す。
羽ばたきと共に光の矢が放たれ、チャージボアの額を射る。
激しい雄たけびと共に地面に伏し、そのまま絶えて魔石に変わった。
残るはジークが対峙している個体だけとなった。
「やるなぁ、アイリス。……折れてるけど、仕方ないよな」
折れたとはいえ急所を狙えばいけると考えたジークが腰の剣を抜く。
残ったチャージボアが威嚇の末、ジークに向けて突進してくる。
こちらも冷静に相手の動きを見て、すれ違いざまに急所に向けて剣技を叩き込んだ。
「『狼咬斬』!」
先程の体術を当てた場所を狙って威力の高い一撃を与えると、勢いよく転び息絶えて魔石へと変わっていく。
ジークは剣を鞘に戻して、アイリスの元に駆けていく。
「大丈夫だったか?」
「うん。ガーライルさんとの戦いで戦う気構えみたいなのが身に付いたからかも」
「確かに……あれと比べたら魔物も楽か」
「ぴぃぴぃ」
二人で魔石を拾って袋に入れる。
アイリスがふと何かに気付く。
「前から思ってたんだけど、魔物が出る前にピィちゃんってすごい鳴くよね」
「確かに……こいつオレより気配を感じるの早いのかもな」
「ぴぃ?」
ピィには魔物を感知する力があるのかもしれないと、二人は考えていた。
当のピィはそんなこと知らないといったように首を傾げてこちらを見ていた。
「んー」
「どうしたの、ジーク」
「オレとしてはアイリスを常に護って戦いたいとは思ってるんだけどさ」
「ありがとう」
「雑魚ならいいとして、結構強いヤツが複数とかだとアイリスが狙われちゃったりするからさ。何かいい方法ないかなって。『聖なる壁』だって万能じゃないだろう?」
「確かにそうかもね。何かいい案考えたいね」
「そうだな」
そんなことを話しつつ進むと街道の終わりが見えた。
カセドケプルへの門を護っている衛兵に旅券を見せると握手を求められた。
明るく笑顔で応えてアイリス達は門を通って街の中に入っていく。
「わぁ、すごい。高い壁の中に街があるんだ」
「城塞都市って言われてるくらいだからな。お互いの種族の国境も担ってるっていうし」
初めてカセドケプルに来たアイリスは街の様子を見て楽しそうにしていた。
高い壁に囲まれ、様々なお店も立ち並んでいる。遠くに見えるのは鍛冶屋の炉の煙だろうか。
王都ロークテルとはまた違った印象を受ける。最も大きな違いは人間族と同じくらい魔族の姿が見られることだった。
ジークは密入国の件で既に来ている場所ではあったが、それにしても尻尾の揺れが鈍い。
「はぁ……気が重い」
「ジーク?」
「フライハイトに近くなるって考えると気が気じゃないんだよ」
バツの悪そうな表情を浮かべたジークだったが、その予感は間もなく的中するのだった。
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