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第35話 ラグダートの夜

 宴が終わりを迎え、あとは明日に向けて休むだけとなった。

 アイリスとジークはレイニーと共に食堂から宿の受付の前に移動していた。


「それじゃ、部屋はまた二人とも一緒の部屋でいいんだね?」


 当然と言うようにレイニーがアイリス達に確認する。

 二人はお互いの顔を見て、ビナールでのガーライルとの戦いを思い出していた。


「……」

「……」


 先に言葉を発したのはジークだった。


「べ、別がいいな今日はっ。ほら、お互い疲れてるし!」

「……うん、私も今日は別々でお願いします」


「そうかい。部屋の空きもあるし今日はそうしな」


 それぞれの顔を見て、色々と気を使ってくれたのかレイニーはすぐに別々の部屋を用意してくれた。


「それじゃ、おやすみ。ジーク」

「あ、ああ。おやすみ、アイリス」


 そう言って二人は隣同士の部屋に入っていく。

 今日の部屋は二階の奥の部屋で、一階の部屋よりも窓が大きめだった。

 これなら屋根の上に出ることも出来なくはない作りだった。


 部屋に入ってジークは剣などを降ろして、部屋着に着替える。脱いだものは部屋に備えてあった間仕切りに無造作に掛けておいた。そのままベッドに大の字になる。


「はあ……疲れたな」


 ジークは天井を見ながらガーライルとの戦いのことを思い出す。

 左手の甲にある聖騎士の証に目を移す。



「オレなりの聖騎士の誓いをアイリスに立てて……」


 戦いの中でアイリスに言われたことを思い出す。


―『でもね、ジーク。例え命を賭けて護ってもらっても、ジークが命を落としたら私……絶対後悔するからっ』―


「二人で生き抜く……や、約束をして……」


 次第にジークの両耳が赤みを帯びていく。


「最後アイリスのこと、オレ抱きかかえてた……よな」


 急に体の内から熱いものがこみ上げてきて、ジークの顔が赤くなる。

 誰も見てはいないが、それを隠すようにうつ伏せになり枕に顔を沈める。


「ゔゔ……」


 何度か枕に顔を擦り付けるようにして枕ごしに唸っていた。

 しばらくして枕から顔を覗かせた。


 次に思い出したのは王都で聖騎士に任命された時のことだ。

 両手で左手を握ってくれたアイリスの顔が浮かぶ。

 また顔の赤みが増していく。


「……あいつはオレのこと……どう思ってるんだろ」


 小さく呟く。しばらくして自分の言葉にはっとして再び枕に顔を沈めるのだった。


 場所が変わって、こちらはアイリスの部屋。


 部屋に入ったあと、部屋着に着替えてからレイニーに用意してもらったお湯と大きめの桶を持ち込み、湯あみをしていた。もちろん、脱いだ服は綺麗に台の上に畳まれている。


 ピィは先に眠っているようだ。


「……」


 髪を流しながら、アイリスも今日のことを思い出していた。

 ビナールの町で夢を語ったジークの顔が浮かぶ。


「ジークって夢を語るときすごく、楽しそうだったなぁ」


 次に浮かんだのはガーライルとの戦いの時、ジークなりの聖騎士の誓いをした時の場面だった。


―『我が名はジーク……聖女アイリスの聖騎士だ!』―


「でも……あの時はすごく……何ていうか大人っぽかった。男の子って一日であんなに表情が変わるんだ……」


 一瞬、小さく胸の奥が震えた気がした。


「? 今の何だったんだろう……」


 身体を洗い、タオルで水分を拭きとりながらアイリスは呟く。

 湯あみの片付けをしてベッドに横になる。


「やっぱりジークを聖騎士に選んでよかった。とっても頼りになるもんね」


 それぞれの想いを胸に夜はふけていく。


 そんな時、アイリスの耳にどこかの窓が開く音が聞こえた。


「こんな時間に……?」


 耳を澄ますと隣のジークの部屋の窓のようだ。

 気になってアイリスも靴を持ってきて、窓をあけ宿屋の屋根の上に顔を出す。

 するとすぐそこで屋根に座っているジークの姿があった。


「ジーク?」

「あ、アイリス? 何してんだよ、こんな時間に」

「それはジークもでしょ?」


 アイリスが同じように窓から屋根の上にあがる素振りをすると、ジークが手を差し出す。

 屋根の上に座って服が汚れないように、持っていたタオルを自分の隣に敷いてくれた。

 アイリスがそこに腰を下ろす。


「ジーク、ありがとう」

「服汚れたら嫌だろ」


 目線を逸らしながらジークが口を開く。


「何してたの?」

「……色々考えてたら寝れなくなった」


 ジークの素振りを見て、アイリスは笑ってみせる。


「私も今日のこと、色々考えてたの」

「そっか。まあ、今日は色々あったもんな」

「うん、そうだよね」


 気が付くと月が綺麗に輝いていた。

 風もそこまで冷たくなく、むしろ気持ちがいい程だった。


「ねえ、ジーク」

「ん?」


 月と街の光を見つめながらアイリスが呟く。


「これからが旅の本番なんだよね」

「ああ、そうだな」

「ジークはどう思ってるの?」

「んー……オレとアイリスなら何とかなる!」

「ふふ、何それ」

「ははは」


 ジークの尻尾がゆっくりと左右に揺れている。

 もちろんアイリスは気づいていない。


「寒くなってきたな」

「そうだね」

「そろそろ部屋に戻って寝るか」

「うん、そうする」


 アイリスが立ち上がると気をつかってジークが左手を差し出す。


「ありがとう」

「どういたしまして」


 ジークの左手を自分の右手で掴みながら屋根を降りていく。

 お互いの甲の紋章が淡く輝いていた。


 アイリスが無事に部屋に戻るのを確認したジークが最後に声をかけた。


「おやすみ、アイリス」

「うん、おやすみ」


 そう言ってジークは隣の自分の部屋に戻っていく。

 窓が閉まった音を確認したアイリスはベッドに横になった。

 疲れが出たのかそのまま眠りに落ちたのだった。


 一方不可抗力とはいえ、アイリスと手を繋いだジークがなかなか寝付けなかったのは言うまでもない。


 こうしてラグダートの夜は静かに更けていくのだった。


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

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