第30話 氷の剣
聖騎士の誓いを宣言した少年の顔は少し大人びたような気がした。
折れた剣は凍てつく氷を纏った剣となり、ジークの周りには冷気が吹き荒れている。
「なるほど……聖騎士の『祝福』か」
「これがオレの『祝福』」
祝福とは聖女によって聖騎士に選ばれた者が己の身に宿す加護のことである。
魔法の系統は火・水・風・土の4つのみ。武器などに付与できる属性もこれに限られる。
だが、ジークは『氷』の力を扱い、武器に纏わせたことで授かった祝福は『氷』を司る『何か』ということになる。今はその目覚めの段階といった所だろう。
「あの状況から己の中の祝福を覚醒させるとは……少し侮りすぎていたようだ」
「正直、オレは自分が聖騎士になって浮かれてたんだ。だから侮られても文句は言えないよ」
「ほう」
ジークは氷の剣を両手で構える。
その瞳はまっすぐガーライルを見据えていた。
パキン、と氷が砕ける音が響く。
その瞬間にジークの姿をガーライルは見失った。
「!」
「はぁぁ!」
気づくとジークはガーライルの間合いに入り、剣を振るう。
咄嗟に大剣でそれを受けるが、予想外の力に身体が強張る感覚を覚えた。
「速さも力も上がっているか……」
「まずはアイリスを返してもらう」
「ジーク」
「大丈夫、お前はオレが護るよ」
そう言ってジークはガーライルに向かって駆けだす。
アイリスはジークが急に遠くに行ってしまった気がしていた。
どうしてそう感じたのかを必死に考えていた。
その間にもジークとガーライルの剣の打ち合いが続く。
氷の剣となり、強度と力が増したおかげで大剣の一撃も受け止められるようになっていた。
激しい火花が散る。
「ならばその力、見定めるとしよう」
ガーライルは大剣を水平に構え、剣技を放つ構えをとる。
そこから右足を強く踏み込み、力を込める。
「『一閃』!」
ジークも地面を駆け、剣を構える。
今度は相手の動きがはっきりと見えていた。
剣が纏う冷気が一層強くなり、切っ先が研ぎ澄まされる。
「『氷狼咬斬』!」
『祝福』の力によって力を増した剣技を繰り出す。
二つの剣技が激しくぶつかり合う。
力は拮抗しているようで、両者とも剣を強く握りしめる。
「はああ!」
「ぬうう!」
力の押し合いは互角で終わり、それぞれの剣が弾かれる。
その勢いで両者が後方に身体ごと押し返された。
「やるな……」
「こっちは命賭けてるからなっ!」
その言葉を聞いてアイリスが、はっとする。
急にジークが遠くにいってしまったと感じた理由に気付いたのだ。
自信はなかったが、アイリスは自分の直感を信じることにした。
その時ずっと戦いを見つめていたピィと目が合う。
ピィは声を出さなかったが、笑顔で頷いてくれた。
その笑顔にアイリスは背中を押された気がしたのだ。
「ジーク!」
剣戟を続けているジークをアイリスが呼ぶ。
「なんだ、アイリス!?」
「ちょっとこっちに来てっ」
「無茶いうなよ、今戦ってるんだぞ!」
「お願いっ!」
アイリスとジークの目が合う。
真剣な眼差しのアイリスを見て、ジークが軽くため息を吐く。
やれやれ、と言った素振りを見せる余裕もあるようだ。
「余裕だな」
「聖女様からのお呼び出しだからねっ」
剣と剣がぶつかるタイミングで身体を捻りながら浮かせ、側面からの二段蹴りを放つ。こちらの体術も『祝福』によって強化されたようで、蹴りを放つ脚部に氷の刃が付与される。
「『氷牙連脚』!!」
ガーライルは剣と連脚の刃を合わせて大剣で受けきる。
激しい金属がぶつかり合う音が響いた。
三連撃を受け止めたといえ、威力までは殺せなかったガーライルが後方に押し出される。
その隙にジークはアイリスの元に駆け寄っていく。
「どうした、アイリス!」
「私も戦う!」
アイリスの言葉に慌てたようにジークが言葉を返す
「でもお前、震えてただろ?」
「怖いよ。でも、ガーライル様が最初に言ってたじゃない。これは私とジークの実力をみる戦いだって」
「確かにそんなこと言ってた気はするけどさ」
んー、と唸りながらジークがアイリスを見る。
アイリスは一歩も引かないといった表情でジークを見つめていた。
「だから私も戦う。戦いたいの……護ってもらうだけは嫌なの」
アイリスは言葉を続ける。
「それにジークは命を賭けるって言ってたけど、本当になくしたら駄目だからね!」
「お、おう」
「命を賭けるって言ったジークを見て、急に遠くに離れていった気がしてたの。でもね、ジーク。例え命を賭けて護ってもらっても、ジークが命を落としたら私……絶対後悔するからっ」
「アイリス……」
「だからどんな時も二人で必ず生き抜くの! わかった?」
「……わかった。命は賭けるけど、絶対落としたりしない。オレはお前と生き抜くよ」
二人は笑顔で笑い合った。
「……!」
遠くから二人のやりとりを見ていたガーライルが刹那、反応してみせた。
二人には見えていなかったがピィだけは静かに見つめていた。
「ジーク、私に考えがあるのっ」
「考え? 何だよそれ」
「えっとね……」
ジークのピンと立った耳に内緒話をするように手を添えて、自分の考えを説明するアイリス。それを聞いたジークの尻尾が驚きで逆立つ。
「お前、それ本気か?!」
「本気じゃなかったら言ってないっ」
「怪我じゃすまないかもしれないんだぞ?」
「だってジークが護ってくれるんでしょ?」
「! ……ったく仕方ないな」
二人は揃ってガーライルの方を向く。
一歩前にアイリスが踏み出し、口を大きく開く。
「ガーライル様!」
「なんだ、アイリス」
「私とジークで必ず、一撃当ててみせます!」
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