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第26話 ジークの夢

 二人は町の中に小さな川が流れている所にかけられた石橋の上に来ていた。


「オレはさ、将来狼族の族長になるために父さんには厳しく育てられたんだ」


 アイリスはジークの少し寂しそうな表情を見つめる。


「小さい頃から礼儀とか武術とか剣術、魔法の使い方を教えられてた。こう見えても英才教育を受けてたんだぜ、オレ」


「ジーク……」


「つらいことも沢山あった。そんな時、母さんが聖女様の本を読んでくれたんだ」


 ジークはその時のことを恥ずかしそうに思い出しながら、言葉を続ける。


「寝る前に聞いた聖女様と聖騎士の話はとても新鮮で、オレいつの間にかお話の中の聖女様が好きになってたんだ。大いなる意思に選ばれて、その力で世界の全てのヒトを導く……そんな姿がさ」


「うん」


「それからは父さんとの修練も頑張った。オレが族長になれば一族のためにもなるし、ひいては聖女様の力にもなれると思ったからさ!」


 聖女のことを語るジークの表情はこれまで見たどの表情よりも生き生きとしていた。普段はどこかキッチリしているジークが今は無邪気な子供のようにアイリスの目には映っていた。その普段との差にアイリスは言葉で表せない『何か』を感じた気がした。


「アイリス?」

「え、うん。続けていいよ」


「父さんには内緒で知り合いのヒトから誕生日とかに聖女様の伝説に関する本を貰って、自分の部屋で読むのが趣味になってて……その中の一つの本にはじまりの聖女様の話があったんだ」


 気分が乗ってきたようで、ジークの口も軽快になっているようだ。


「スペルビア王国の北の外れにある町で最初の聖女が『大いなる意思』に選ばれて、そこに迎えにきた騎士を自らの聖騎士に選んだって話だった」


「私もその本、読んだことある」

「アイリスも昔から聖女になりたかったんだもんな」

「あれ? もしかして院長先生に聞いた?」


 あ、と呟きながら、つい先日の孤児院でエレオスから聞いたことを口走ってしまうジーク。

 だがアイリスはふふっ、と笑いながら言葉を返した。


「別に怒ってないわ。ジークの言う通り、私も小さい頃から聖女になりたかったのは本当だから。私達って案外似た者同士なのかもね」


 笑いかけてくるアイリスの笑顔を見てジークの耳が軽く赤身を帯びていた。それを隠すように体を傾けて再び語りだす。


「た、確かにそうかもな。なんだか不思議だよな。オレ達たまたま、王都の通りであの女の子を一緒に助けただけだったのに」


「本当、そうね。でも今の話を聞いたら、私……ジークを聖騎士に選んで本当によかったと思ってる」


「アイリス……?」


「聖女様の為に頑張ってきたジークにぴったりじゃない? まあ、私は本の中の聖女様と比べたら見習いだし、頼りないかもしれないけど」


 アイリスは少し棘があるような言い方で笑って見せる。

 ジークは返答に困りながらも、自らの左手の甲に刻まれた剣を携えた盾の紋章を見つめながら口を開く。


「オレも……アイリスと出会って、そのアイリスが聖女に選ばれて……オレの憧れだった聖女がオレを聖騎士に選んでくれたってこと誇りに思うよ」


 ジークはアイリスの方を向きながら、優しく柔らかく微笑んだ。

 またアイリスの中の『何か』が震えた気がした。


「そんな、ジークったら褒めすぎ」

「はは、だな」

「ぴぃぴぃ!」


 笑いあう二人の肩を交互にピィが飛び乗りながら、雰囲気が和やかになっていた。

 するとアイリスが先ほども気になっていた話題を聞いてみることにした。


「ジーク、本当に密入国するしかなかったの? 色んなヒトに迷惑かけちゃったけど……」


「父さんはオレが冒険者になることには反対だったんだ。族長の息子なんだから、ふらふらどこかにいくのは無責任だって言ってさ。だからスペルビア王国に入るための旅券ももちろん取れなかったんだ」


「そうだったんだ」


「今よりも小さい頃、一度だけウルフォードを抜け出してカセドケプルに行こうとしたときは途中の妖精の領域で同族に捕まっちまって……その後すごい怒られたよ。だから本に書いてた場所に行くのは諦めてたんだ」


 晴れた青空をジークは一度仰ぐ。


「でも先日、先代の聖女様が今代の聖女が現れるっていう導きがあったことが大陸中に流れて狼族も王都にお祝いの品を贈ることになった……オレは今しかないと思ってさ」


「そっか、それで荷物の中に隠れてスペルビア王国に来たんだね」

「そういうこと」

「ジークのお父さん、怒るかな」

「怒るだろうなぁ」


 思い切りジークは溜め息を吐く。

 それを見てアイリスが正面にきて、笑ってみせる。


「その時は私も一緒に怒られてあげるから」

「なんだよ、それ」

「ふふっ、いい案でしょ?」

「まあ、お願いしようかな」

「じゃあ、約束ね」

「ああ。その時はよろしく頼むよ」


 アイリスは小指を差し出して約束を結ぶ素振りをする。

 ジークは少し恥ずかしそうに小指を合わせた。


 その時ちょうど教会の鐘が鳴った。


「それじゃ、そろそろ教会にいきましょうか」

「ああ、そうするかっ」

「ぴぃぴぃ」


こうしてアイリス達は目的の場所である教会に向かうのであった。


数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

評価やブックマークなどをして頂けると、嬉しいです。

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