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第20話 はじめての喧嘩

 アイリスはベッドに腰かけたまま、ジークに言われたことについて考えを巡らせていた。


「慎みを持てって……つまり女の子らしくしろってことなのかな」


 首を傾げながら自問自答をしている。


「院長先生にも時々、もう少し女の子らしく振舞ってもいいんじゃないかって言われてはいたけど……特に意識したことなかったなぁ」


 過去にエレオス院長にも同じようなことを言われたことをアイリスは思い出していた。

 確か年少の子達と木登りをしたり、鬼ごっこをしていた時だった。


「孤児院にジークみたいに私と同じくらいの男の子がいたらわかったのかなぁ……」


 アイリスはベッドに横になりながら部屋の天井を見つめていた。

 ふと、近くにいるピィに向かって尋ねる。


「ねえ、ピィちゃん。女の子らしいって何だろうね」

「ぴぃぴぃ」


 ピィは首を軽く傾げてみせる。

 再びベッドの上で姿勢を変える。今度はジークが寝る用のベッドの方を間仕切りごしに見つめる。

 どうやらジークのことを考えているようだ。


「ジークって女の子らしい子がいいのかな……」


 ふと、昼間の魔物と戦った時のことが思い出される。


「狼族って人間族よりも鼻がいいのかな……だとしたら今、私とっても汗臭いかもしれない」


 気になったのは自分の体の匂いだった。

 確かに王都から旅立ってから今まで着替えもしていなかった。


「ジーク、昼間の魔物との戦いでも匂いとか敏感だったし……このままじゃ、余計に嫌われちゃうかも……」


 アイリスは再びベッドに顔を埋めながら大きくため息をつく。


「……そうだ!」

「ぴぃ?」


 アイリスはふいに何かを思いついたようで勢いよくベッドから起き上がる。

 そして足早に部屋を出ていく。

 向かった先は受付にいる宿屋の女将さんの所だった。


「あの、すいません」

「おや、どうしたんだい?」

「お願いがあるんですけど」


◇◆◇


 アイリスが何かを始めていたその時、ジークは一人で宿屋に併設してある食堂に来ていた。

 お腹が空いていたはずだが、注文するような気分ではないようだ。


「んー、ちょっと言い過ぎたか……?」


 テーブルの上に頬杖を突きながらぶつぶつ何かを呟いていた。

 食堂に姿を現さないアイリスのことを気にしているようだ。


「いや、あいつにはあれくらい言わないとわからないよな」


 後頭部を何度か掻きながら独り言は続く。


「にしても、遅いな……もしかして機嫌悪くして寝ちゃったとか?」


 他の客には狼族の少年が、表情をころころ変えながら怪しく独り言を言っているようにしか見えていなかった。


「ったく……仕方ねえなぁ」


 悩むのも限界に達したようで、自分からアイリスを迎えにいく気になったようだ

 その表情はどことなく嬉しそうに見えた。


 部屋まで戻ってくると中から人の気配がした。

 ジークはアイリスに声をかけながら、扉を開けた。


「おい、アイリス何してんだよ? 飯さめちまうぞ」

「ぴぃ!」

「あ、ジーク待って!」


 今まで聞いたアイリスの声とはまた違った声でアイリスが中に入ってくるのを止める。

 だが、もうジークは部屋の中に入って来てしまっていた。


「あ?」

「……っ」


 そこには綺麗な金色の髪を結い、上半身をお湯で洗っているアイリスの姿があった。

 濡れた肌と首筋のうなじが自動的にジークの目に入ってくる。

 ベッドの間に置かれていた間仕切りが扉と並行に置かれていた。

 おそらくアイリスが気を効かせて移動したのだろう。


「お、お前……何してんだよ?!」


 顔の毛や尻尾の毛が逆立ち、顔を赤くしたジークが大声で叫ぶ。

 急いでタオルを羽織ったアイリスが答える。


「だってジーク、汗臭い女の子嫌いかなって」

「何わけわかんないこと言ってんだよ! この馬鹿!」


 いきなり広がった理解が追い付かない光景に、ついキツめの言葉がジークの口から出てしまった。


「馬鹿って何よ……っ!」

「お前以外に誰がいるんだよっ!」

「私これでも一生懸命考えたのに!」

「どこをどう考えたら、そんな考えになるんだよ!」


 お互いどんどん口調が激しくなっていく。


「つるつるした人間の女の肌なんて見ても嬉しくねえんだよ!」

「そうよね! ジークはもっと毛がふさふさしてて、慎みのある女の子の方が好きなんでしょ!」


 この時はお互い頭に血がのぼってしまっていたのだろう。


「はっ? 意味わかんねえしっ」

「もうジークなんて知らない!」


 アイリスは自分のベッドに添えられていた枕を思いっきりジークの顔に投げつけた。

 顔に直撃した枕をジークは投げ返しながら口を開いた。


「オレもお前みたいな分からず屋はこっちから願い下げだぜっ!」


 そう言ってジークは部屋から出ていってしまった。

 結局その夜、ジークは戻ってはこなかった。


「ジークの馬鹿……」

「ぴぃ……」


一人ベッドに横になっているアイリスが、隣の空いたベッドを見つめていた。

数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

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