第206話 魔の谷からの出発
無事に悪魔族の試練を越えたアイリス達は次の目的地であり、ジークの生まれ故郷でもあるウルフォードに向けての準備を始めていた。
「試練も無事に終えてよかったですね、お嬢」
皆で集まりながら、次の目的地への旅の準備をしているアイリス達。キッドも尻尾を左右に振りながら上機嫌で話を振る。
「実感はないけど、うん。今回も乗り越えられて良かったね」
「ぴぃぴ」
次いでディーナも口を開く。
「これで五つの試練のうちの三つまでを突破したってことになるわね。残り二つ、頑張っていきましょ」
「ありがとう、ディーナ」
「……」
和気あいあいとした雰囲気の中、ジークは口数少なく自分の分の荷物の準備をしていた。心なしか両耳が垂れ下がり尻尾もうな垂れている。こんな姿はこれで二度目だ。
「ジーク、大丈夫?」
「ん? ああ、大丈夫だよ」
「もう、しっかりしてよね聖騎士様。今度こそ、ウルフォードに行くんだから。これは決定事項なのよ」
「わかってるよ。うん、わかってる」
「兄貴、まだ帰るの嫌なんですか?」
「いや、ここまで来たら帰るさ。ウルフォードを抜け出して、もう結構経つしな。母さんや父さん、それにフリッドも心配してるだろうしさ」
「フリッドって兄貴の弟さんの名前ですか?」
「ああ、そういえば名前言うのは初めてだっけか」
「私も弟がいることは知っていたけど、名前を聞いたのは初めてかな」
「ぴぃぴ」
「それだけ、誰かさんがウルフォードの話題に触れたくなかったってことよね」
ふふ、と口元を緩ませながらディーナが呟く。
「はいはい、悪かったよ」
「弟さんはどんなヒトなんですか? 兄貴と一緒で活発な感じですか?」
「フリッドはオレと違って、頭も良いし優しい奴かな」
「兄貴の弟分としてはちゃんとご挨拶しないと、ですね!」
キッドの言葉に他の三人が笑いだす。ジークの肩の力も適度に抜けたようにアイリスには見えた。
「私もフリッドくんに早く会ってみたいな。お父さんとお母さんにもご挨拶しないとね」
「ぴぃ」
「そんな改まって言われると照れるな」
「? どうして?」
「あ、いや! 別に大した意味はないぜ?!」
油断しきっていたジークが尻尾をぶんぶんと揺らしながら弁明する。それを細い目をしながらキッドとディーナが会話をしていた。
「兄貴、すぐ気がぬけちゃうから心配ですね」
「そうね。そういう所は相変わらずよね。でも……」
「ディーナ、どうかしましたか?」
二人で話しているジークとアイリスの様子を見ながらディーナが呟く。
「あの二人、最初の頃よりいい感じになってるわよね」
「確かに最初の頃よりも仲良くなってるように感じますね。周りの雰囲気っていうか何ていうか」
「そうそう。ゆっくりと変わってるってことよね。見守り甲斐があるわよね」
「そうですね」
旅の準備を済ませたアイリス達は翌日の朝食後に旅立つことになった。
邸宅の入り口にはエスメラルダやオニキスをはじめとした邸宅の使用人たちが旅立つアイリスを見送るために集まっていた。
結局ベリルは六使の仕事が多忙になったためにカセドケプルから戻ってこないうちに旅立つことになった。
「皆さん、道中お気をつけて旅を続けてください」
「オニキスさん、色々とありがとうございました」
「ぴぃぴぃ」
「いえいえ、それはこちらの台詞ですよ」
オニキスに続いてエスメラルダも口を開く。
「試練を無事に終えた際は是非、またシルヴァナインにお立ち寄りください。心よりお待ちしております」
「是非そうさせてもらいましょうね、お嬢、兄貴! ここの温泉は最高でしたもんね」
「もう、キッドってばすぐ調子に乗るんだから」
キッドの調子の良さにその場で笑いが起こる。
「それじゃあ、行ってきます!」
「それじゃまた!」
「ご飯美味しかったです! またお願いします!」
「お世話になりました」
エスメラルダ達は深く礼をして出発を見送る。
邸宅から出発したアイリス達は大通りを通って街の入り口へ向かって歩いていた。そんな時、キッドが思い出したように口を開いた。
「そういえば、どうしてエスメラルダさんが姿を変えた大蛇は温泉が苦手だったんでしょうね?」
「まったく、気づいてなかったの?」
「ディーナはわかってたんですか?」
「当たり前でしょ、それはね……」
「多分、オニキスさんが『想い』を込めた温泉を汚したくなかったんだと思うな」
「ああ、オレもそう思うよ」
前を歩いていたアイリスが振り返りながら優しく呟いた。ジークの目にはその姿がとても綺麗に映っていた。
「なるほど」
「……本当に見守り甲斐があるわね」
アイリスの言葉を受けてそれぞれが笑みを浮かべていた。こうしてアイリス達は次の目的地であるウルフォードへ向けて旅立つのだった。
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