第17話 アイリスの夢
本当の父親のような表情を浮かべながらエレオスは、そのまま昔を思い出すように語りだした。内容はアイリスの話だった。
「あの子が5歳の時だ。流行り病で両親を亡くしたアイリスがこの孤児院に引き取られたのは」
「オレも聞いたことあります。フライハイトでも結構なヒトが亡くなったって」
「そうだね」
ジークも小さい頃から両親に過去に猛威を振るった流行り病の話は聞いていた。当時は他の氏族や人間族と協力して病に対応したということだった。
その際も先代聖女アーニャの活躍した話が今でも語り継がれている。
「アイリスが孤児院に来てからずっと言っていたことがあるんだ。あの子のその頃の『夢』だったのだと思う」
「何て言っていたんですか?」
アイリスの話ということもあり興味を持ったようでジークが尋ねる。
エレオスは少し俯き気味で呟いた。
「私が立派な聖女になるんだ、としきりに口にしていたんだ」
「!」
「自分のような子がもう出ないように。もう誰も悲しい思いをしないように、と泣きながら言っていたよ」
「あいつ、泣くんですか? ……!」
まずいことを呟いてしまったことに気付いてジークは両手で口を塞ぐ。
その様子ははっきりとエレオスに見られていた。彼は柔らかい表情で答えた。
「大きくなるにつれてアイリスは夢のことを話さなくなった。そのかわり、どんな時も明るく元気に振舞うようになったんだ。それから今まで一度も泣いた所を見たことはない」
「オレもあいつが泣くってイメージないです」
「あの子は優しくて強い子だからね」
エレオスは笑ってみせる。
「だから今代の聖女にアイリスが選ばれたことを神官長様から聞いた時は、驚きはしたが同時に心の底から嬉しかった」
「院長先生……」
「あの子は強い子だ。でもきっと、いつか挫ける時が来るかもしれない。そんな時、ジークくん。どうかあの子の力になってあげて欲しい」
「……はい」
この時はエレオスの真剣な言葉に気圧されて返事をしたんだとジークは思っていた。だが、遠い未来でこの時のことを思い出すとはこの時は微塵も考えてはいなかった。
「ぴぃぴぃ!」
ぴょんっとジークの左肩にピィが飛び乗ってきた。
それと同時に二階からアイリス達が賑やかに降りてくる。
「院長先生、片付け終わりました!」
「お疲れ様。皆も手伝いありがとう」
「はーい!」
「頑張った!」
「いっぱい運んだぁ!」
アイリスは元気に答える男の子たちを笑顔で見つめながら、ジークの隣の椅子に腰かけた。
ピィがそっとアイリスの肩からジークの肩へと移動する。
「ジーク、二人で何の話をしてたの?」
「ぴぃ?」
急に尋ねられてジークは目線を逸らしながら答える。
「あ、えーと……オレの家族の話かな」
「えー私も聞きたかったな。今度聞かせてくれる?」
「あ、ああいいぜ」
エレオスは二人のやり取りを穏やかに見つめていた。
そんな時褒めてもらったことを三人組が競いだして喧嘩になっていた。
「オレが一番頑張ったんだよ!」
「違う、ボクだよ!」
「ボクもぉ!」
とっくみ合いになった末、クリールとナジェに押し出されて青髪のウォーレがその場に転んでしまった。よく見ると右足をすりむいて血がにじんでいる。
「ウォーレ、大丈夫?」
「痛いよぉ……」
アイリスが駆け寄る。ウォーレは痛さで泣き出してしまった。それを見て喧嘩をやめた二人の頭にジークが手の平を乗せて口を開く。
「ほら、こういう時は言うことがあるだろ?」
ジークに注意されたクリールとナジェは目を合わせた後、泣いているクォーレに対して謝る。
「ごめん」
「ごめんなさい」
「よし、ちゃんと謝れたな。えらいぞ、二人とも」
「ぴぃぴぃ」
二人は笑顔でジークの顔を見上げる。残りは泣いているウォーレだが、アイリスがそっと血がにじんでいる傷口に手をあてる。
「じっとしててね」
アイリスの両手から淡い光が発せられ、その光に包まれた傷口があっという間に治った。聖女の加護の一つである『治癒』の力だった。
王城での数日間でアイリスはある程度自由にその力を使うことが出来るようになっていた。
「痛いの治った!」
「よかったね」
「やっぱりすごいな」
「ぴぃ!」
笑顔になったウォーレを見てアイリスも喜んでいた。
「本当に聖女になったんだね、アイリス」
「院長先生」
「巡礼の旅、気を付けていってきなさい」
「はい!」
二人は互いに笑顔で言葉を交わす。
それをジークは黙って見つめていた。
それから時間はあっという間に過ぎていき、旅立つ時がやってきた。
エレオスや三人組、その他の年少の子達に見送られアイリスとジークは孤児院を後にした。
「いい所だったな」
「うん! 私の一番好きな場所っ」
アイリスは楽しそうにジークに声をかけた。
ジークは笑顔で応える。
「これからよろしくね、ジーク」
「ああ、よろしくなアイリス」
「ぴぃ!」
こうして、二人は聖女はじまりの町ビナールを目指すのだった。
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