第171話 温泉にて
温泉巡りをすることになったアイリス達は女性陣と男性陣に別れて、シルヴァナインの温泉街を周っていた。
「ぷはー! 温泉入った後の冷たい飲み物は美味しいですねぇ、兄貴!」
「うん、上手いなこれ。まあ、アイリスも水分はちゃんととれって言ってたしな」
ジークとキッドは温泉を周る途中で休憩をしていた。
「お嬢達も温泉巡り楽しんでるといいですね」
「そうだな。結構ここまで大変だったし、疲れが取れるといいなとは思う」
お互い尻尾を左右に揺らしながらジークとキッドが会話をする。
「お肌にいい温泉に行くってディーナが言ってましたもんね。お嬢、今よりお肌つるつるになっちゃうかもですね。人間族はお肌もちもちしてそうですし」
「……」
ふと、目線を上方向に向けながらジークが飲み物を口に運ぶ。何を考えているかはキッドにも想像が容易かった。
「兄貴ー?」
「……」
尻尾は勢いよく左右に振れていた。
「兄貴!」
「はっ! な、なんだよ急に大きな声だして」
「兄貴がぼーっとしてるからですよぉ」
「オレ、ぼーっとしてた?」
「してましたぁ」
両手で顔をぱちんと挟むように叩く。その後ぶるぶると顔を左右に揺らして余計な考えを散らす素振りをジークがする。その様子をにやにやしながらキッドが見ていた。
「なんだよ」
「なんでもないですよぉ」
ジークは目を細めながらキッドを睨んでいたが、そんなことは気にしない様子でキッドが口を開く。
「そろそろ移動しましょうかね」
「む……まあ、そうだな。身体も冷めてきたしな」
「いい温泉見つけたんですよ、行きましょ行きましょ!」
「おい、そんなに急ぐなよ」
ジークの左手を引っ張りながらキッドが歩き出す。何やら楽しそうな表情を浮かべていた。温泉街の通りを進んでいくと、ある温泉の施設の前でキッドが足を止めた。
「ささ、ここですよ兄貴!」
「ん? どんな温泉なんだよ」
「まあまあ、いいからいいから」
効能などの看板が出ているのを確認しようとするジークをキッドが背中を押して強引に中に入らせる。入口は二か所あるようだが、そんなことも確認する間を与えさせないほどキッドの押しは強かった。
「ここは疲れがとってもとれるらしいですよぉ」
「へ~、それは良いかもな。実際オレ達疲れ溜まってるしな」
「ですよねぇ」
そんな会話をしながらジークが裸になる。もちろん小さい布で大事な所は隠している。ジークの身体は細身ながら筋肉がよくついている良い身体をしていた。ヴィクトリオンの特訓で更に逞しくなっていた。
「あ……」
「ん?」
すると突然キッドがお腹を押さえながらその場で足踏みをし出した。
「どうした、キッド?」
「あ、ちょっとボク、お腹の調子が悪くなっちゃったみたいです」
「……あんなにガバガバ飲むからだろ」
「すいません。ちょっとお手洗い行ってくるので兄貴は先に行ってください」
「まったく、仕方ないな。早くこいよ?」
「はいっ!」
そう言うとキッドはお手洗いの方へと駆けていく。軽くため息をしながらジークは浴場の方へと歩いていく。施設の作りに少し違和感を持ったが、早く温泉に入りたい気持ちが優先したため特に気にはしなかった。
「おー広いなぁ」
木製の扉を開けると、石作りと思われる温泉が姿を見せる。湯気も立っていて視界は悪いが、気にせずに温泉に浸かる。
「はー……気持ちいいなぁ。これなら疲れも取れそうだぜ」
ジークが両手を大きく開きながら声を上げる。
「え? ……ジーク?」
「へ?」
湯気の向こうからアイリスの声が聞こえた気がした。そんなわけないだろう、と顔を左右に激しく振る。しばらく無言で声が聞こえた方をじっと見つめると立ち込めた湯気が段々と晴れてきた。
するとアイリスの顔が視界に入ってきた。
「あ、アイリス?! へ……?! 何でここに?」
「じ、ジークこそどうして……!?」
お互い驚いた顔を浮かべながら口を開く。咄嗟に目線をジークが逸らす。まあ、アイリスは身体に大きな布を巻いていたのでその必要はないのだが。当のアイリスも目線を逸らしながら身体に巻いた布をぎゅっと締め直す素振りをしていた。
「でぃ、ディーナが疲れに効くお勧めの温泉があるっていうから……来たんだけどディーナ用事があるから先に入っていてって……」
「お、オレもキッドに勧められて来たんだ……でもアイツ、お腹が痛いって……は!」
目線を逸らしていたジークの目に浴場内の看板が移る。アルカディア文字で『混浴』と書いてあった。ジークの反応に気付いたアイリスもその看板に気付いた。
「あ……混浴だったんだ……ね」
「そ、そうみたいだな……(キッドの奴……知ってやがったな……!!!)」
お互い出るに出れずに温泉に首まで浸かる。しばし無言の時間が続く。
「ジークは……温泉結構周った?」
不意にアイリスが声を掛けてきた。目線は逸らしているが会話をしようとしているのだろう。
「あ、ああ。な、何か所か周ってきたぜ。途中で冷たい飲み物飲んだりさ」
「そうなんだ……私もここから出たら飲もうかな」
「い、いいと思う! うん……」
再び無言になる。湯気がまた辺りを覆ってきていた。そうなると少しはお互いの緊張も和らいだようで会話が始まる。
「……思えば結構遠くまできたね」
「……ああ、そうだな。スペルビア王国を旅立ってもう幾日になるかな」
「試練も今の所上手くいってるしね」
「だな。ひとまずはいい流れだよな」
それから二人はこれまでの旅のことを自然と話はじめる。お互い心臓は高鳴っていたが、温泉のわき出す音がそれをかき消してくれていた。
「そ、そろそろ上がろうかな。なんだか私、湯あたりしちゃいそう」
「そ、そうだな。そろそろ、うん。上がるか。お、オレ先に出るわ……!」
「う、うん」
湯気が濃い今のうちに、とジークが一目散に入ってきた木製の扉を開けて浴場から出て行く。残されたアイリスも誰かが来る前にと、反対の扉を開き浴場を後にした。
こちらは先に出たジーク。
「つるつる……つる……は! 何考えてんだオレ……!!!」
赤面しながらジークが自分の頬を何度も叩いていた。
一方アイリスはというと。
「……本当に湯あたりしちゃったかも……」
着替えながら熱を帯びた顔を両手で押さえる。胸の鼓動も何だか大きく聞こえていた。
この後、外で待っていたディーナとキッドはジークに八つ裂きにされる勢いで怒られたのは想像に容易かった。
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