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第165話 霧に包まれた山道

 獅子の砦ヴィクトリオンを出発したアイリス達は次の目的地である『魔の谷シルヴァナイン』を目指していた。ヴィクトリオンから更に北上していくことになる。


 一旦、平地地帯に降りた所の安全な所で一夜を過ごしたアイリス達はシルヴァナインがある山岳地帯への道を歩いている途中だった。


「は~……お嬢、兄貴そろそろお昼にしませんかぁ?」


 岩々が道に点在してきた山道の途中でキッドが気の抜けた声をあげる。荷物持ちをしているキッドだが、疲れているわけではなく単純にお腹が空いているのだ。


「さっき朝飯食べたばっかりだろ? まだそんなに時間だって経ってないし」


 先を歩くジークが振り返りながらキッドに声をかける。


「まったく、キッドってすぐお腹が空くわよね。見かけは小さいのに本当に食いしん坊なんだから」


「ディーナはいいじゃないですかぁ、羽があるから。今だって浮いてますし!」

「あたしは身軽だからいいのよ。それに飛べるのは妖精族の特権だからね~」


 皆、会話を交えるくらいの余裕はまだ持っているようだ。


「そんなにお腹が空いたなら保存食のどれか、食べさせてあげてもいいんじゃない?」

「ぴぃぴぃ」


 ジークの隣を歩くアイリスが見かねて優しい言葉を掛ける。キッドは尻尾を左右に振って傍に寄っていく。


「お嬢は優しいなぁ~。兄貴やディーナとは違いますねぇ。一生ついていきます!」


 頬を擦り寄ろうとするキッドの顔を軽く押さえながらジークが口を開く。


「アイリスはキッドに甘いんだよ。いくらシャルさんから託されたって言ってもキッドはキッドなんだぜ?」


「あら、その割にはヴィクトリオンを立つ時は気を使ってたのは誰だったかしらね」


 ディーナもゆっくりと羽をはばたかせながら近づいてくる。


「あれはちょっと気を使いすぎてたっていうか……。でも昨日の夕飯の時とか今朝の飯をのほほんと食べてるキッドを見たらなんか馬鹿らしくなったっていうか落ちついたよな」


「本人が自覚ないんだから仕方ないわよね。まあ、その方が今はいいかもしれないけどね」


 確かに、とジークが頷きながら歩き出す。キッドはというとアイリスから携帯食料の一部を手渡しされて喜びながら口の中に運んでいた。


「ふぁにかいいまひた?」


 なんでもない、とジークとディーナが口を揃えて言ったのを見てアイリスは口に手を当てながら笑っていた。


「そういえば、そろそろシルヴァナインへの目印が見えてもいい頃なんだけどな」


 ジークが手にした地図と周りの景色を何度か見比べる。どうやら小さな風車小屋が地図には目印として記されているようだ。


「小さな風車小屋だったかしら? んーなんか霧が出てきてわかりにくいわね」


「そういえばいつの間にか霧の中に入ってたんだね、私達」

「……」

「? ピィちゃん?」


 アイリス達が気づいた時には辺りに見えていた岩々の景色は霧の中に包まれてしまっていた。どうにか四人の姿だけは視認出来ていた。その中で先ほどまで元気に鳴いていたピィが静かになっているのにアイリスが気づいた。


「……」


 名前を呼んでもピクリとも動かず霧の奥を見つめていた。


「ピィちゃん、どうしたんだろう」

「霧にびっくりしちゃったんでしょうかね?」


 キッドも近づいて名前を呼んでみるが反応は同じだった。すると周りを見渡していたジークが皆に声を掛けてきた。


「これじゃ下手に動く方が危ないな。霧が晴れるまでしばらくこの場に留まるしかないな」

「そうね、少し高い所から見てみたけど辺り一面霧の海って感じよ」

「それじゃ、みんなはぐれないようにしましょ」


「ひっ!?」


 それぞれ反応する中、キッドが甲高く、裏返った声を突然だして皆がかたまっている所に駆けてきた。


「どうしたの、キッド? 大きな声出して」

「お前、まさかこんな状況でまた腹が減ったとか言うんじゃないだろうな?」


「ち、違いますよ! 今、見ました? 霧の中で『何か』と目が合ったんですよ!!」


「は? 何と目が合ったっていうんだよ」


 キッドが走ってきた方向を目を細めながらジークが見るが、濃い霧が続いている景色しか見えなかった。


「あたし達じゃなくて? 第一、『目が合った』ってすぐ傍に顔でもない限りわからないじゃない」


ジ ークに続いてディーナもびくびくして尻尾が縮こまったままのキッドに言葉を掛ける。


「そ、それがよく見えなかったんですけど、顔がすぐそこに合ったんですよ!? 本当なんですって!!」


 必死な様子で訴えるキッドを落ち着かせるためにアイリスが頭を何度か撫でてあげた。


「一旦落ち着いて、キッド。ほら、深呼吸して」

「は、はい。は~ふ~……」

「落ち着いた?」

「はい。大丈夫です。すいません取り乱しちゃって」

「ううん。大丈夫だよ」


 優しくアイリスが微笑み、キッドを安心させる。


「あら、霧晴れてきたみたいよ」


 ふっとどこからか風が吹いてくる。ディーナの言う通り少しずつ霧が晴れて周囲の視界が開けてきた。すると目の前には古びた風車小屋が姿を現したのだった。


「あれ? いつの間にか目印の所まで来てたんだなオレ達」

「そうみたいね。それとさっきのはキッドの見間違いだったっていうのもわかっちゃったわね」


「ディーナ、どういう意味?」


 アイリスが尋ねるとディーナはキッドが『何か』と目が合った方向を指さしながら言葉を続ける。


「ほら見てよ、こっちは崖側なんだから何かいるわけないじゃない」


 指さした方向を見ると確かにそこは切り立った崖がそびえていた。崖の向こう側も崖になっているようで橋のようなものは近くには見当たらなかった。


「で、でも確かに目が合ったんですってばぁ!」


「はいはい。わかったから、さっさと先に進んじゃいましょ? また霧が出てきたら厄介ですもん」


 訴えるキッドの背中を押しながらディーナ達が先を歩いていく。アイリスは気になって再び崖の方をみるが、やはり何もなかった。


「ぴぃぴぃ?」

「あれ? ピィちゃん?」


 気が付くと肩に止まっているピィがアイリスに呼びかけていた。何事もなかったかのようにいつものピィに戻っていたのだ。


 そのまま先を歩くジーク達に追いついたアイリス。目的地のシルヴァナインはもうすぐそこまで近づいていたのだった。




数ある作品の中から本作を読んで頂きありがごうございます。

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