第137話 差し入れの帰りに
キッドとマルムに昼食の差し入れをしたアイリスは、午後の特訓が始まるのを見届けた後宿屋に帰ることにした。皆がそれぞれ特訓をしているので、自分も弓の練習をしたいと思ったからだ。
「本当はジークにも差し入れしたかったけど……今日は断られちゃったからまた今度聞いてみようかな」
「ぴぃ」
「ピィちゃん、ジーク頑張ってるかな?」
「ぴぃぴぃ!」
アイリスは秘密の特訓場から街に帰るために山道を歩いていた。途中、肩にのっているピィに声をかける。すると、アイリスの言っていることを肯定してくれるように元気よく鳴いてみせる。
「そうだよね。絶対真剣に特訓してるよね。……そういう時のジークってなんか大人っぽいっていうか……目が離せなくなるの。何でだろうね?」
「ぴぃぴぃ?」
ふふ、とアイリスがピィに向かって微笑む。そしてまた街に向かって歩き始めた。その時、正面から人影が現れたのだった。
「あれ? アイリス?」
「え、スカ―さん……?!」
人影の正体はヴィクトリオンまでの道中を案内してくれた仮面の獅子族の青年、スカ―だった。この森自体、ヒトが来ることは稀だとマルムから聞いていたアイリスは驚いた表情を浮かべながら呟く。
「誰かの気配がすると思ってきたら、まさかアイリスだったなんて。すごく奇遇だね。どうしてこんな街から離れた森の中にいるの?」
アイリスはマルムとキッドが特訓している、とは言えずにはぐらかす。
「えっと……何て言うか散歩、そう散歩したくて。ねえ、ピィちゃん」
「ぴぃぴぃ」
ピィと掛け合いをスカ―の前でするが、相手は目を細めながら尋ねてきた。
「ふーん、こんな所を女の子がたった一人で?」
「そ、そうなんです」
どうしよう、と切羽詰まったアイリスの顔を見つめていたスカ―がぷっと笑いをこぼす。
「はは、じゃあそういうことにしておこうかな」
「あ、ありがとうございます」
「そこはお礼言っちゃいけないところだよ。まあ、いいや。街まで送っていくよ。一人で帰らせるのは心配だしね」
そんな流れでアイリスはスカ―に送られて街まで戻ることになった。その道中、少し話をした。
「スカーさんはあの森で何かしてたんですか?」
「ああ、そうだよね。アイリスも逆に聞きたくなるよね」
無言で頷くとスカ―が言葉を続ける。
「あの森はボクのお気に入りなんだ。静かで、ヒトも滅多に来ないしね」
広がる森を見まわし、最後に空を見上げる。木漏れ日が差し込むのを見つめながらスカ―は穏やかな表情を浮かべる。
「スカ―さん?」
「ぴぃ?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしちゃってた。さあ、そろそろ森を抜けるよ」
「送ってくれて助かりました」
「いえいえ、どういたしまして。そうだ、このあと一緒にお茶でもどう?」
相変わらずスカ―はしれっと誘ってきたが、アイリスは直ぐに断った。
「ごめんなさい。私、やらなきゃいけないことがあるんです。お茶はまた今度でいいですか?」
「そっか。それなら仕方ないね。それじゃ、また今度お茶しようねアイリス」
森の終わり、街の入り口が見える場所でアイリスとスカ―は別れた。森を背にして彼が笑みを浮かべながら手を振っていた。
「はあ、いきなりスカ―さんと会うなんて驚いちゃったね」
「ぴぃぴぃ」
ピィに語り掛けながらアイリスは帰路についた。宿屋に戻るとディーナと廊下でばったり会った。
「あら、アイリス。ジークの所からの帰り?」
「ううん。ジークには一緒に来たいって言ったんだけど断られちゃって」
「……はぁ、意気地ないわねぇ」
軽くため息をつきながらディーナが言葉を漏らす。
「何か言った?」
「いいえ、何でもないわ。それじゃ、何処に行ってたの?」
「キッドとマルムさんに差し入れをしに出掛けてたの」
「マルム……ああ、カセドケプルの鍛冶師って聞いたわ。なるほどね」
「ディーナこそ、朝から何処に行ってたの? 特訓の内容がわかったって昨日は言ってたけど」
アイリスが尋ねると彼女は口元に指を添えながら微笑む。
「まだ内緒よ。でも楽しみに待っていてね。きっとみんな驚くんだから」
「う、うん。わかったわ。楽しみにしてるね」
「ええ、これからまた出かけるからまた夕食で会いましょ」
そう言ってディーナは宿屋の外に出ていった。残ったアイリスは部屋に一旦戻ると、宿屋の裏手にひっそりと佇む練習場に向かう。受付のヒトに確認すると今はあまり使われていないが、使ってもいいということだった。
「……私もみんなみたいにもっと強くならなきゃね!」
「ぴぃぴぃ!」
キッドの特訓を間近で見た影響もあり、アイリスの声にも気合が入っていた。光の弓を引く指にも力が入る。
一射、そしてまた一射。アイリスもまた来る試練に向けて練習を始める。
それぞれの特訓の幕が上がるのだった。
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