第135話 秘密の特訓場
ジークとヴァルムの兄弟弟子の特訓が始まったその日、キッド側でも変化があった。今回は二人が宿屋から出ていった後のお話。
「お嬢は一緒に行かなくて良かったんですか?」
「一応聞いたんだけど、ジークが今回は二人だけが良いって言ったから止めにしたの」
「ぴぃぴぃ」
「ああ、そうだったんですか。きっと恥ずかしかったんですね……はは」
最後の一言はアイリスの耳には届いていないようだった。キッドはカセドケプルにいる師匠でもある鍛冶師マルムからの手紙の返事を待っていた。昨日手紙を出したので、恐らくは既に届いている頃だ。
「ジークも一日前にカセドケプルに手紙を出していたから、マルムさんにも届いてるといいね」
「そうですね。でも師匠、あんまり外に出ない感じなのでちょっとドキドキしますね」
「ふふ。確かにそうかもね。とりあえず、お茶いれるね」
「ありがとうございます、お嬢」
「可愛い子がいれてくれるお茶程美味しいものはないよねぇ」
「ん……? お師匠?!」
アイリスがテーブルの上でお茶の準備をしている横にわくわくした素振りで細い尻尾を振っているマルムの姿があった。相変わらず覆面で顔は隠れている。
「マルムさん!? いつから居たんですか?」
「はは、驚かせちゃったねぇ。ついさっき到着した所だよぉ」
「全然気付きませんでした……ボク」
「気配を消すのは得意だからねぇ、オレ」
突然の再会だったが、マルムは相変わらず軽い調子だ。ヴァルムとは違って本当に自由奔放という所がある。三人分のお茶を入れて話をすることになった。
「手紙を読んだけれど、試練大変そうだね」
「そうなんですよぉ……だからボクも兄貴みたいに特訓して欲しくて!」
「うんうん。わかってるわかってる。カセドケプルで住み込みしていた時に戦い方の基本を教えただけだったしね。とはいえ、久しぶりに会ったらキッド、結構立派な顔になったよね?」
「キッドには色々と助けてもらってます」
「ぴぃぴぃ」
「えへへ、お嬢に褒められると照れちゃいますねぇ」
「それは素晴らしい。師匠のオレも嬉しいなぁ」
懐かしい話などを交わしながら、本題へと移る。
「さて、それじゃ本格的な特訓をしようか」
「はい! 宜しくお願いしますっ!」
「気合も十分だね、よしよし」
しなやかに尻尾を振りながらマルムが立ち上がる。
「マルムさん、特訓はどこでするんですか? ジーク達は冒険者ギルドに施設を借りたみたいですけど」
「ああ、それなら大丈夫。オレの『とっておきの場所』があるからさぁ」
覆面の下に笑みを携えながらマルムが楽しそうに話す。アイリスも一緒に来てもいいとのことで、三人は宿屋を出てヴィクトリオンの街の端にある森へと向かう。
「はい、到着」
「ここがマルムさんのとっておきの場所ですか?」
アイリスが周りを見渡すと森の深い所という以外目立ったものは見当たらない。
「うん。そうだよ。オレの秘密の特訓場。ここにはあまり地元のヒトは来ないんだ」
「ここで何をするんですか、師匠?」
「ああ、こっちこっち」
そう言ってもう一歩深い森の奥へと案内すると、そこには無数の縄で結ばれた丸太が木々に吊るされていた。
「キッドにはここで『心眼』を鍛えてもらうよぉ」
「ここでどうやって鍛えるんですか?」
キッドが尋ねるとマルムが丸太の配置されているちょうど中心に歩いていく。よく見ると、立った中心の足元はかなり踏みしめた後が残っていた。
「まず見本を見せるねぇ。よいしょっと」
マルムは近くに木の高い所から垂れ下がっていた一本の縄を思い切り、下方向に引っ張る。すると大きな音と共に吊るされた丸太が動き出し、マルムの立っている中央に向かって勢いよく振れてきたのだ。
「マルムさん?!」
アイリスが思わず声を上げる。縄で吊るされた丸太はどれも太く、勢いがつき当たれば軽い怪我では済まないのが遠目でもわかったからだ。
「大丈夫だよ、アイリスちゃん」
そう爽やかに言うと、マルムはその場に立ったまま、次々と襲ってくる丸太をしなやかな身のこなしで避けていく。
「とまあ、こんな感じだね」
すっと振れている丸太の間から抜け出すと、両手を開いて見せる。キッドは開いた口が閉じない程驚いていた。
「ぼ、ボクに出来ますかね?」
「大丈夫。『心眼』を常に発動させていれば、全部は無理でも何個かは避けられるはずだから」
キッドは明るく笑顔で最初は無理だ、と遠回しに言われた気がした。
「ちなみにマルムさん、この丸太。当たったら痛いですよね?」
「うん、アイリスちゃんのいう通りめっちゃくちゃ痛いよ」
「ボクにもわかりますもん」
「まあ、初めは難しいかもしれないけどさ。何事も挑戦あるのみってやつだよぉ」
近くにあった木に寄りかかりながらマルムが軽い口調で言葉を掛ける。キッドもやる気になったようで声を上げる。
「とりあえず何事も挑戦ですよね! ボク頑張りますっ! お嬢は見ててくださいね!」
「うん。頑張ってね、キッド」
うんうん、と軽い調子に戻ったマルムが頷いていた。その後、何度か避けていたキッドに丸太が直撃したのは想像にたやすい。こうしてキッドの特訓は始まったのだった。
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