通信
そしてその夜。
道から少し離れた丘の上に、俺は野営地を決めた。
まぁ野営といっても食事を作るわけじゃないけどな。
別に不眠不休でも動けると思うけど。
身体が疲れなくても人としての生活サイクルは守りなさいとマザーにも言われていた。
肉体は人間を越えているが、心はそうじゃないからって。
さすが年の功といったら、軽く叱られた。
やれやれ、本当にリアルの婆ちゃんがひとり増えたみたいな気分だよ……いやホント。
なんか実際、会話するたびに、アニメに出てくる世話役の婆ちゃんみたいな感じになってるしな。
いったい、俺の記憶から何を学んでるんだか。
野営を決めて落ち着いてから、マザーに定期連絡を入れた。
といっても車に乗り込みエンジンをかけ、カーナビについてる電話機ボタンを押しただけだが。
で、ナビの画面に、おなじみの婆ちゃん顔が映ったわけだが。
「つーわけよ……マザー、あんたどう思う?」
『ほう、よその文明圏のニオイを嗅ぎつけられたのかい』
「おう」
『一度も出会わずに、そこまで読み取られていたのは想定外だねえ。
どうやら、わしらの知らない探知技術があるようだネ』
「げ」
俺はともかく、オーバーテクノロジーの塊のマザーが想定外?
……やばくね?
『まぁ、それについてはこっちでも調査してみるさネ。
しかし、反応もいささか過激だねえ。
価値がないとみなしてスルーされるか迫害の可能性は、たしかに考えてたんだけどネ』
「そうなの?」
『異質なものに攻撃、排除しようとする動きは、生き物の世界ではおかしな事ではないからネ。
ハチとそのビークルを目にした時、現地住民がどんな反応を示すか。
まぁ確実に、はじめて見るものだろうからネ』
「……」
『もっとも、逆に異物を安全に取り込み、進化のきっかけにする事もある。
許容、拒絶……どちらも正しく、どちらも間違いだネ』
「単なる選択肢で、正否はない、か」
『そうだよ?わかってるじゃないか』
「まぁね」
俺は肩をすくめた。
「しかし困ったな」
『む、ほかにも問題があるのかい?』
「今の問題の続きだよ。
中央大陸の国に関わらないほうがいいって意見には賛成なんだけどさ。
だったら、南大陸にどうやって渡る?
渡航にはどうしても船がいるんだぜ?
そして港はシャリアーゼに入らないと使えないんだよ」
人間だけの旅なら、地域によっては船便がなくても渡れる。
事実俺は、日本国内で漁船にのせてもらった事があったりするし、小さな船でも原付くらいなら運んでもらえる事もある。
だけど、重い自動車となると、そうはいかない。
最低でも貨物船、できればカーフェリー級の船が必要になってくるわけだ。
『海路が無理なら、海底トンネルはどうだい?
中央大陸と南大陸の間は、海底トンネルでつながっているんだろ?』
「あーそれな、出入り口がまずいんだよ」
『まずい?』
「そのトンネル、通称ムラク道っていうんらしいんだけどさ。
ムラク道の出入り口って、中央大陸側は『シャリアーゼ国』、南大陸側は『コルテア』ががっちり管理してるんだよ。
別にお金をとられるわけじゃないんだけど、さすがに、無理やり国境越えてきたやつを放置してはくれないだろ。
たとえ中に入れたとしても、きっと出口で待ち構えられるぞ」
『なるほど……そういうのは、わしの調査じゃ出なかったネ。そうかい』
まぁ実際、心情的な不安もあるしね。
実は問題の海底トンネル……ルワンさんの話じゃ、どうやら青函トンネル級の巨大海底トンネルらしいんだよね。
それも、作られたのは千年単位の昔で、作った人もいなければ、当時の技術をもつ人たちもいない。
なんでも、管理しているのは精霊だかなんだか、そういうやつなんだって。
俺、たしかに伊豆の天城山隧道とかも行ったとあるよ。
かわったトンネル、古いトンネルは見ていて楽しい。
だけど、そんな俺でも不気味だなぁ、行きたくないなぁと思うトンネルはある。
ここのトンネルもなぁ……正直、ちょっと通りたくない。
なんかこう、いやな予感がするし。
とても残念なんだけど、ムラク道は現状、選択肢から外すべきだろう。
『ふうむ、たしかに厄介な状況だねえ』
「だろ?陸路も海路もダメって事だしなぁ」
海上なら船便を使うしかない。
車道はつながっているけど、そこに入るためには、出入り口を確保している国に話を通す必要がある。
これ、まずくねえか?
「なぁマザー」
『なんだい?』
「悔しいけど、俺たちを一度回収してもらう事はできるか?
つまり、改めて南大陸から再出発するって事だが……どうかな?」
『それも最終手段としては悪くないねえ……だけど』
そういうと、なぜかマザーはチラッと俺を見た。
おい、なんだよその意味有りげな演出?
『ハチ、あんた悔しくないかい?』
「あー……それはある、ちょっと悔しい」
『そうじゃろう、そうじゃろう!』
ケタケタとマザーは楽しげに笑った。
「……なんか楽しそうだな?」
『かつての兵士の中にも、あんたみたいな子がいたからねえ。
ふふふ、あんたもやっぱりそっちタイプだったかい……フフフ』
なんで楽しそうなんだよ、オイ。
『ふふふ、まぁ、あんたはそれでいいさ。好きにやりな。
それに、おまえさんもそうだが、実地調査させる個体はそういうやつが意外に向いてるもんさね』
「……褒められてんだか、貶されてんだか」
でもま、同類がいたんなら仕方ないか。
『それでじゃが、もうひとつ提案があるぞ?』
「え、あるの?」
『うむ、ある』
「……具体的には?」
『うむ、そろそろ船が使えそうだからねえ』
「え?使えそう?」
船?なんのことだ?
『ほれ、これさね』
「え」
その瞬間。
マザーを映していたカーナビの画面が、妙に懐かしいものを映し出した。
「……カーフェリー?」
『うむ、試行錯誤じゃがまぁ、何とか使えそうな感じになってきたところさネ』
ん?使えそうになってきた?
なんか妙な物言いじゃね?
いや、それよりも。
「……船を作ってる?なんで?」
『なんでって……ハチ、あんた東大陸から魔族領にどうやって渡るつもりだい?』
「え、渡る?」
『おや、データを見て気づかなかったのかい?
最後の最後、東大陸から魔族領の間には海路もトンネルも、橋も何もないんだよ?』
「……あ」
げ、そういやそうだっけ、しまった。
あまり遠い事に頭が回ってて、そこまで気づかなかったというか、考えてなかった。
「そっか、どのみち渡航は必要なんだ……ごめん」
『謝ることはない、設備や装備の采配は、わしの仕事だよ。
ただ、何が使えるか、何があるかは知っておかないとネ。
知っておけばイザという時、わしによこせ、使わせろと言えるだろ?』
「なるほど……わかった」
『うむ、よい返事じゃ』
こういうとこ、マザーはうまいよな。
指導に慣れてるというか……。
「ところで試行錯誤って?」
『地球式の船舶などデータが全くないからのう。
ハチの記憶にある映像から、こんなもんじゃろと推測するしかないんじゃ。
そして自分で構造を推定、図面を作成して作業クラスタに指示を行う必要がある。
作った試作品でテストし、データをとり問題点を改修……これの繰り返しじゃな』
「……そうなんだ」
なるほど、たしかにそりゃ試行錯誤だ。
『水上船舶なんて、わしらの世界では、伝説とおとぎばなしの世界じゃからのう。
現物があったとしても、それを分解するだけでは、構造がわかっても、なぜかその構造が必要かがわからぬ。
もちろん、ただフルコピーするなら可能じゃが……それでは未来がない。
きちんと理解していない模倣など、トラブルの元でもあるしのう。
一時しのぎはできても、その先にいけないんじゃよ』
「……」
なるほど。
『おまえさんのビークルにしろ、この船舶にしろ、地球には銀河文明で忘れられた多くの技術が眠っておる。
こういう忘れられた古い技術のことを「古代遺失技術」といい、それを使っている文明を「古代遺失文明」というんじゃ……地球はまさにこれじゃな』
「……」
古代遺失文明……地球って、そんなエキゾチックなカテゴリーだったんだ……ハハハ。
なんだかなぁ。
『ふふ、すまんな。
じゃがまあ、そういうわけでの、ハチの記憶にある船舶を色々と作成し、試行錯誤しておったんじゃ』
「まぁ俺、船はこういうもんだって一般知識くらいで専門家じゃないもんなぁ」
設計図もなきゃ動作原理も知らないもんな。
現物があった車と違い、マザーはそんな不完全な記憶を元に再現を試みるしかないわけだ。
そういえば。
「なあマザー、ところで武器はあるかな?俺が使えそうなやつ」
『武器?』
「あ、そういえば武器データもなくなってるんだっけ?」
『それは、たしかに無くなっておるが……ほしいのは護身用の武器かえ?』
「ああ、なんか物騒な話ばかりだろ?
武器のひとつも入手して、毎日少しずつ練習するのはどうかなってね」
『練習のう……まぁ良い。
護身用の武器程度なら、兵器区分ではないからあるよ?』
「え、あるの?」
『逆に尋ねるけど、単なる道具と武器の境界、武器と兵器の境界はどこにあるのかネ?』
え?
『護身用武器まで兵器にいれようとすると、生活用品の一部まで兵器扱いされかねないからネ。
けど、いちいち細々と例外事項を作っては守りきれないよ。
だからこそ、護身用武器は最初からリストに入れてないんさネ』
「なるほど」
一般的には包丁は道具だが、魚がバラせるなら人だって殺せる。
だからって包丁を武器扱いにしたら、みんな困ってしまうもんな。
『とはいえ、その護身用武器のデータもかなり失われておるが……。
まぁ簡単なものなら、情報がなくとも作れるじゃろ……ちょっと待っておくれ』
「了解」
よし、ではこの問題はマザーにまかせておこう。
「船の準備は、あとどのくらいかかるんだ?
あと、わざわざ船を作るなら、もうシャリアーゼに向かう必要ないんじゃないか?
いっそ南大陸をスルーして東大陸に直接向かう方法はとれない?」
あえて人の多い場所で海を渡る必要はないだろう。
『はじめての実航海で海上、それも長距離運用はやりたくないねえ。
考えておくれ、小舟しか知らない世界の者が、わずかな映像を元に大型船をはじめて試作したんだよ?』
「う」
たしかに不安があるかも。
『それに問題は、それだけではなくてネ』
「ん?というと?」
『超大型生物……普通に考えたらありえないクラスの化物が報告されておるのサ。
具体的には、南大陸近海に長さ1km級以上の超巨大生物がおり、さらにその大型個体同士の戦闘まで確認しておるよ』
「へえ、いちきろね、いち……って1km!?」
な、なんだそれ!?
「えーと、マザー?なんか今、聞き間違えたような……えっと、いち?」
『間違いじゃないよ、1kmさ』
は、はいぃぃぃぃ!?
『タコに似た多足類で、触腕を入れるとその倍以上……そんなのが大量にいるらしいネ」
1kmの倍……足をいれたら2km級のタコて……。
「な、なんだよそれ、クラーケンってやつか!?」
『うんうん、さすがのわしも驚いたわ。
地球じゃ頭足類といったかネ?
銀河的にも、この手のニッチを占める生命体はおるんじゃが……ちょっとサイズの桁がおかしいねえ。
なんなんだろうね、この星は』
「……ははは」
頭が痛くなってきた。
『まったく、調べれば調べるほどこの星の生物は興味深いよ。
例の精霊とやらを取り込む事で、通常ならありえない進化をしておるんだろうネ』
「……」
俺の身体……宇宙人製サイボーグのこの身体が、なんだか頼りないものに思えてきた。
『話を戻すけどネ、特に海はこの手の想定外の生命体が多くて……ぶっちゃけ、安全対策に困っとる。
おそらく、例の精霊対策ができれば、解決しそうでもあるんじゃが……』
「今は人間国家の問題さえ何とかできれば、陸路の方が安全ってこと?」
『うむ、そうじゃ』
「まぁ俺も、km単位の海の化物に襲われたくないなぁ……マジな話」
『そうじゃな、わしがハチの立場でも御免こうむるわ』
俺とマザーはためいきをついた。
『話を戻すが、シャリアーゼに向かうのは情報収集の意味もある。
別に原住民と会話まではせずともよいし、入国もしなくてかまわん。
しかし、できれば国境や町並みを外から見る程度は、やってみてほしい。
むろん会話のチャンスがあれば、してみてもよいぞ』
「あくまで俺の目線で確認してくれって事だろ……OK了解した」
この世界には狙撃銃のようなものは、現在使われていないらしい。
ならば……まぁ少なくとも、1kmの化物に襲われるよりはマシだろう、うん。
『ああそれと、わしの方でも少し動くぞ。システム側からのう』
「え?システム側?」
どういうことだ?
『あんたが接触したルワンという男じゃが、バラサの責任者だけでなく、現地の商業ギルドのトップもしておるようじゃ』
「ああ、なんか支所長とかいってたね」
今さらだけど、ギルドったら組合とかそんな感じのやつだよね?
『それでじゃな……実はバラサに限らぬが、古い通信波をいくつかキャッチしておるんじゃよ。
どうやらアマルティア時代の通信システムを、今もギルドや国家間の連絡に使っておるようじゃな』
「え、そうなの?」
『まぁ組織間や国家間の通信など、早いに越したことはないからのう。
それでじゃが……わしでも入れる通信波のようなので、こちら経由でアクセスを開始しておるよ』
「……大丈夫なのそれ?」
『問題ないさね。
そもそも、別に侵入者排除の仕組みも動かしておらぬからの。
認証は動いておるが、元締めは衛星軌道上にあるアマルティアのシステムじゃ。
なので、そちらに問い合わせしてアカウント登録も正式にすませたわ』
「おー……ちなみにギルドの人たちも登録してるのかな?」
『いや、彼らのアカウントは更新されておらぬ。大昔の使い回しじゃな』
「え」
それは、まずいんじゃないの?
『システム側も流用である事は理解しているが、何しろ時間がたちすぎておるからのう。
管理頭脳は正規ユーザーが誰ひとりいない場合、暫定としてそういうユーザーでも認める事がある。
そうした例外事項を重ねて、長いこと運用されていたようじゃ』
「へえ……あれ?でもそれって」
マザーが正式登録しちゃったら、やばいんじゃね?
『今、この会話と並行して、暫定ユーザーを一時的に継続させるようにしておる……よし、今完了したわ。
このまま管理頭脳と協議の上、状況の刷新を行うつもりじゃよ。
何せ今のままじゃと暫定だらけで、いつ停止してしまうかわからんしのう』
「……それって、自分が上位管理者に収まるってことでもあるよね?」
『まぁ、ネットワークを敷設したアマルティアの関係者がおればよいが、おらぬようじゃからのう。
オーナーがいない状況が続いて気持ち悪い、やってくれと管理頭脳に言われてのう。
手伝いはするが表に出るのは勘弁じゃと言ってやったら、それでもいいと言われたわ』
「……」
なんか、妙なところで不器用だよなマザー。
会社とかで、よく頼まれて縁の下の力持ちしてるタイプの人を思い出すわ。
『わしも同じ人工頭脳ではあるが、まぁ暫定なら管理者もできるからのう』
「あ、やっぱり暫定は取れないんだ」
『そりゃそうじゃろ。
ああちなみに、ハチが望むなら管理者になれるぞ?異星人とはいえ人間じゃからな。
ただし任地は衛星軌道上じゃが』
管理者に「なれる」。
つまり実務はおんぶにだっこで、名前だけ管理者か。
それで衛星軌道上に住むとなったら……。
「今はいいです、死ぬほど退屈しそうだし」
せっかく世界中ドライブできるんだぜ、こっちがいいよ。
『ま、あんたはそうじゃろうな』
即答したら、なぜか楽しそうに言われた。
翌朝。
俺は予定通り、さらに南に移動を続けた。
路面は良好、天気も晴天、ただし風強し。
問題ないとは思うが、念の為に上限を時速80kmに設定。
路面など確認しつつ、ペースを守って進むのだった。