指名手配
「ひとことで言うと、君を探している人たちがたくさんいるんだ」
「え、なんで?」
「この世界には、世界の外から誰かが入ってきたのを検知する古代の遺物があるのさ。
世界の外から何かが入ってくる時、世界には揺らぎが発生するんだけど、今回はその揺らぎがとても大きくてね。
ちょっとした騒動になってるんだよ」
「なるほど」
一部とはいえ宇宙船だもんなぁ……人間ひとりが転移してくるより大きな反応が出るのは、まぁ不思議じゃないよな。
「確認するけど、ハチっていうのは偽名なんだよね?」
「うんまぁ、名乗り用の名だよ」
学生の頃、創作関係でよく使ったペンネームだ。
正しくは、ラフカディオ・ハーンにあやかって八雲としていたけど、中二病かかってるから言わないでおこう。
ファンタジーものでは実名を隠すのはお約束なんだろ?
俺はSF畑だけど、それくらいなら知ってるぜ。
「だったらいい。今後もそのハチを名乗り続けてくれ。
名前で相手を縛る魔法というのがあってね、実名を知られるのは危険な事なんだ」
「へえ……わかった」
やっぱりあるんだ、あぶねえあぶねえ。
「君自身や乗り物を捕らえて奴隷化しようって動きがあるんだ。
これは珍しいことじゃない。
異世界人は総じて高い魔力や珍しい道具類をもち、しかも、相手も人間と見たら警戒しないお人よしが多い。
だから、その甘ったるい夢を持っているうちに保護する……というのが建前で、要は自分たちの道具として死ぬまで徹底的に使い潰すなり、他国に奪われないよう隷属化して飼い殺すか始末するのが目的だな」
「うわぁ……」
とんでもない話だが、現実的だし信憑性もあった。
「ああ、よくわかった。
せっかくの旅だし現地交流ってやつをしようかと悩んでいたけど、東大陸までお預けにしとくわ」
「うん、それがいい。
南大陸に渡るんだろ、水や食料は足りるのかい?」
「そっちはとりあえず大丈夫だ、ありがとう。
危険情報に感謝するよ。
ところで、ひとつ質問良いだろうか?」
「ああ、どうぞ」
「今もいったけど、俺の予定では、南大陸経由で東大陸にいこうと思ってる。
この方針で、何か注意すべき点はあるかな?」
「ふむ、そうだね……」
ルワンさんは右の拳を顎のところに起き、そして考え込んだ。
うーむ、考える人ならぬ、考える羊か……。
何せ、日本のコミックなんかでよく見かける獣耳人間じゃなくて、二本足で立ち上がった羊そのものだからね。見事な巻き角で、モフモフ加減がまるでぬいぐるみ。
たとえるなら、テディ・ベアみたいなのを羊ベースで作ったとして、それが歩き回ってると思ってくれ……その凶悪さが想像できないか?
うわぁ。
ケモナー趣味ってやつのない俺でも、この可愛さは理解できるよなあ。
俺が女の子なら、バラサに寄り道決定してたかもな……。
ハハハ。
おっといけない、雑念は排除だ排除。
「東に向かうって事は、最終目的地は魔族領ってことで合ってる?」
「ああ、そのつもりだよ」
「だとしたら……僕からの提案はひとつだね。
とにかく、どんな手を使ってもいいから東大陸に向かうんだ。
中央大陸はもちろん、南大陸もとりあえずスルーしたほうがいい」
「それはどうして?」
「まず南大陸・コルテア首長のアリア・マフラーンが危険だ。
彼女は有能で好人物なんだが、どうも異世界関係を過小評価する傾向があるんだな。
コルテア自体が複雑な事情を抱えている事もあって、国の安全のために君をどうにかしようと考える可能性がある。
手出し無用の連絡はしてみるつもりだけど、できればスルーしてさっさと通り過ぎるのをおすすめするよ」
「……そんなやばいやつなのか?」
「本来は有能な政治家で、しかも好人物なんだよ?
扱いの難しいコルテアって国をもう三十年も平和におさめてきた人物だしね。
ただ、彼女は徹底した平和主義者なんだよ」
「げ……」
「お、理解できるんだね?」
「あー……うん、関わらないようにするわ」
「うんうん、僕も強く推奨するよ」
ガチの平和主義者は危険だ。
それはつまり、ただ盲目的に戦いを忌避するだけのお花畑ではなく、平和維持のためならどんな事も辞さない危険人物って意味だからだ。
守るべき市民とみなされれば、おそらくとても頼りになる。
だけど、平和を乱す異分子とみなされたら、どんな目にあわされるかわかったもんじゃない。
そして。
俺はこの世界では異世界人、つまり異分子。排除される側なんだよねこれが。
……俺がゲッと思った理由、わかってもらえたかな?
「で、その東隣のタシューナンだけど」
「……まだあるのか?」
「まあまあ」
ルワンさんは続けて説明してくれた。
「タシューナンは今、王族の世代交代が近くてモメてるんだ。
王女殿下が遺跡やアマルティア文明の研究家をしててね……彼女本人は王位継承する気なんてないんだけど、彼女に実績を作らせて玉座に座らせようと、君に手を出すバカが現れる可能性がある」
「うわぁ……絵に描いたようなアレの図だな」
「うん、まったくだよ。いわば客人の君に見られるのは恥ずかしい話だけどね」
「恥ずかしい?いや、そりゃ問題だけど恥ずかしくはないだろ?」
「え?」
ルワンさんが不思議そうにこっちを見たので、俺は続けた。
「これはあくまで俺の主張だけどさ……そういう汚さもあるからこそ、きれいなものも輝く。
それが人の営みってやつじゃないの?」
「……」
「ま、それで被害をこうむる方としちゃ、たまったもんじゃないけどね」
「……ああ、そうだね!」
ルワンさんは少しポカーンとしたあと、何か納得したように微笑んだ。
「そんなわけでハチくん、東大陸まではとにかく危険を避けて進む事をおすすめするよ。
で、東大陸に行ったらまず、エマーンのサイカ商会を尋ねるといい。
彼らは猫人族、つまり猫の獣人族だけで構成されているが、魔族と直接取引をしたり、魔族の学者に資金援助したりと魔族と縁のある珍しい商会だからね。
そこで事情を話せば相談に乗ってくれる……。
ああ、もしダメなら、バラサのルワン、つまり僕の名を出してくれてもいいよ。
僕は商業ギルドの支部長も兼ねているから、話くらいは聞いてくれると思う」
そういうと、ルワンさんは懐からカードのようなものを取り出した。
「僕の紹介カードだ。これを商会で渡してくれれば話が早いよ」
「わかった……でもいいの?初対面の相手にこんなの渡して?」
「いいよ……というか、君はそうするに値すると思うからね!」
そう言い切って、ルワンさんは笑った。
「色々重要なことはあるけど、ひとつだけ、これだけは絶対に忘れないでくれ。
この世界じゃ、君らの言うところの宇宙文明との接触が昔あって、その痕跡がたくさん残されてる。
そして世界中がこれを解析し、我先にモノにしようと血眼になってるんだ」
「……」
へえ。
「だからこそ、やばい。
君のような存在をバラバラに分解してでも、古代の技術を手に入れたい──そういう連中がこの世界にはたくさんいる事を忘れないでくれ」
「……まじで?」
「うん、まじで」
そういうと、ルワンさんは小さくためいきをついた。
「存在自体が宝の山である異世界人。
その異世界人が、さらにアマルティアなみの技術をたんまり蓄えて普通に隣を歩いているとなったら……。
何が起きるか、僕にもちょっと予想がつかないよ。
だから中央大陸、それに南大陸はさっさと抜けてしまう事。
そして東大陸に渡ったら、安全そうなところからでも人と話し、情報を集めてみるといいよ」
「……了解、ありがとう」
俺は素直に頭をさげた。
ルワンさんと会話を続け、いくつかの情報を交換し。
そして、彼はまた翼竜もどきに乗り、去っていった……。
そしてその夜。
道から少し離れた丘の上に、俺は野営地を決めた。