バラサの男
「やぁ、僕はバラサ市長兼、商業ギルド支所長のルワンと言います。はじめまして」
「これはご丁寧に。俺はハチと言います、旅人です。よろしくお願いします」
追いかけてきたのは、スルーするつもりだったバラサの町のえらい人だった。
なんかでっかい翼竜みたいなやつに乗ってきたんだけども……ひとりで。
ま、そりゃそうだよな。
というか、これだけ大型の飛翔生物が人……人なんだよな?
とにかく、人を乗せて飛ぶとか正直、どうなってんの物理法則?
こんなん普通に物理的に無理じゃね?
あれか。
これが異世界ってやつなのか?
……なんか俺だけSFっていうか、別の作品世界に紛れ込んだ感がバリバリなんですが?
いや、そもそもルワンさん本人の姿もツッコミどころ満載なんだけどな。
見た目は二本足で立ち、歩く、羊のぬいぐるみ。
やべえ、モフモフだ……着ぐるみでも特撮映画でもないぞ。
てーか、このサイズじゃ中身の子役、小学生でも難しいだろ。
ま、まあいい。
敵意はなさそうだし、とりあえず話してみよう。
とりあえずキャンプ用のテーブルセットを取り出して車の横に広げた。
え、そんなもの車に積んであったのかって?
俺はもともと車にキャンプ用品と冬タイヤを積んでいたんだけど、ちゃんとそれも元通りに積まれていたんだよね。
「座れます?具合悪くないですか?」
「いえ、問題ありませんよ。ありがとう」
「あとこれ、お口にあえばどうぞ……ぬるくなっちゃってますが、眠気をさますお茶です」
ちなみにこのお茶、もともと積んであったやつね。
車だけでなく、積んであった荷物も再現されていたんだけど……水筒のお茶までそのまま再現されてたのには驚いたよ。
さすが宇宙人技術。
もはや凄すぎて意味不明だよね!はは、ははは……。
「ああ、ありがとう……もしかしてこれ異世界茶?」
「イセカイ茶?そんな銘柄は知らないかな……って、ああ、そういう意味ね」
途中まで反射的に答えて、言葉の意味が『異世界茶』だと理解できた。
「これは味を楽しむものというより、移動中の眠気覚ましなんですよ、ごめんなさい」
「……やっぱり本物の異世界茶なんだね……そ、そっかぁ」
なんだ?なんか、ルワンさんがギョッとしたようだけど?
「ありがとう……うん、ありがたくいただくよ。
ところで。
もしかして君、僕みたいな羊人族を初めてみるのかい?」
「え、なんで?」
「だって、めっちゃジロジロ見てるじゃないか」
「ごめん」
「いやいや悪くないよ」
クスクスと俺たちは笑った。
「むかしの記録でも、ぬいぐるみ扱いされたとか、そんな記録多いからね」
「すみません……まぁたしかに、女の子とか大喜びしそうだしなぁ」
「やっぱりそうなんだ……僕、これでも『おじさん』にあたると思うんですけど」
「ごめんなさい」
そりゃ失礼しました。
「ところで質問なんだけどハチさん、君は僕以外のこっちの人間に会ったことは?」
「ないよ、これがファースト・コンタクトってことになるのかな?」
「ファースト?
よくわからないけど、もしかして『この世界』ではじめて話した相手ってこと?」
「うん、それ」
「それは光栄だね……あれ、でも今きみ、南大陸語で話してるよね?言葉はどこで覚えたの?」
「南大陸語?」
「あれ、自覚ないのかい?」
あー……そういう意味ね。
たしかに俺が今、話してるのは日本語じゃないけど。
「言葉は解析して、書き込んでくれた人がいるんですよ」
「解析?書き込む?」
「うまく言えないんですが……。
えっと、ルワンさんっておっしゃいましたよね?
貴方から見て俺は何者に見えます?」
「ん?異世界人だと思うけど……違うのかい?」
「そうですか……」
どう説明したもんかと俺は思った。
だけど『彼女』のことは詳しく話さないとしても、事情は話しておく方がいいと思った。
「俺には恩人がいるんですよ、もうおばあさんなんですが」
「……ほう、そのひとも異世界人なのかい?」
「いえ、そもそも地球人じゃないんですよ。
あえて近い存在を問うなら、宇宙人……別の天体からきた存在ですかね」
彼女の正体は人工知能的なもんらしいから、その比喩は微妙ではある。
だけど、彼女が人造物であるという事は言わない方がいいだろう。
「この車も、俺のこの身体も、彼女に作ってもらったもんなんです。
つまり、この身体はもう人間じゃないんだ。
そして俺は、自由に歩き回れない彼女のために、この地上を旅して回ってるわけですよ」
「……どういうこと?」
「彼女はね、若い頃から俺みたいな存在をたくさん育ててきたんだそうですよ。
昔は仕事でやってたそうだけど……今は年寄りの楽しみだそうですね」
「年寄りの楽しみ?」
「はい……まぁたとえ盆栽いじりのノリだったとしても、助けてもらったし、親身になってくれてる。
俺からしてみたら、恩人であり尊敬すべき友人ですね」
嘘は何一つついてない。
余計なことを言ってないだけだ。
「そうか……」
ルワンさんは、その動くぬいぐるみみたいな身体で、ふうむと考え込んだ。
「そのおばあさんは、今どこにいるの?」
「俺が出てきた場所にいる……いや、いた、かな?」
「……いた?」
「俺が出発するまでは、彼女は地上にいましたよ。
けど、彼女は地上だと動きが制限されちまう。
衛星軌道へ……って、わかんないか。
要は空のさらに上、天空に戻ったはずです」
「天空?……まさか!」
え、なに?
このひと、何を想像した?
「もしやドワーフ……いやまさか、アマルティア人なのかい?」
「へ?」
わけがわからない。
説明してもらった。
【アマルティア人】
神話の時代にこの世界にきて、人々を導いてくれた存在。
この惑星の人々は神のようにあがめたが、要は異星人である。
彼らの領地である惑星が全惑星規模の災害に見舞われ、天候が落ち着くまでこの星に避難していた。
そして長き年月の果て、故郷の環境が落ち着き、彼らは帰っていった。
現在、ドワーフと呼ばれる研究者たちは彼らに教えを受け、技術を受けていた者たちやその子孫である。
種族進化のおり、小柄だったアマルティア人に似た容姿になったもの。
「あー……アマルティア人ではないですね。
たぶん彼女はむしろ、アマルティアとは別の──星の海の文明圏から来た存在だね」
アマルティアに該当する国はあるらしいけど、マザーを作った国とは違うっぽい。
「なんだって!?」
うわ、なんかすごい反応。
「まてまて、あくまで同レベルの存在ってだけだよ、アマルティア人じゃないって言ったろ?」
話せる範囲で──俺の話が中心になるけど、事情を話した。
「なるほど……では、まとめよう。
君は異世界人ではあるが、普通に転移してきたのではなく一度死亡していると。
で、その、星の海からやってきたご老人に助けられ、この乗り物を作ってもらったと?」
「うん、そういう事」
「なるほど……これは諸国に通達しておかないと、まずい事になるかもな」
「通達?」
「ああ、おかげさまでね。
お礼といっては何だけど、こっちの事情を説明させてもらうよ。
今後の指針にしてくれるかな」
そういうと、ルワンさんはニッコリと笑った。