怒り
「あれ?」
マザーとの通信が終わっていくらもたたないうちに、俺たちは渋滞に遭遇した。
「なにこれ?」
「渋滞みたいだな……けど、なんでこんなところで?」
隊商なのは間違いないんだろうけど、これ、ひとつやふたつじゃないな。
しかも列が動いてる様子がない。
何が起きてる?
とりあえず最後尾につけて停止させた。
「ちょっと話聞いてくるわ」
「パパ待って、わたしが行く」
「アイリスが?」
「うん」
アイリスはにこにこ笑うと自分を指差した。
「パパはマップで検索してて!」
「まてまて普通逆だろ、俺が聞き込みしてアイリスが内部調「パパ?」」
じろり、とアイリスに睨まれた。
「お、おいアイリス」
「……また殺されたいの?」
う。
「いや、もう簡単に殺されたりは「パパ?」……わかったよ」
前略婆さん、なんかアイリスが怖いです。
そしてアイリスが飛び出していったのを、俺は見送りつつナビのマップを開いた。
マップには『交通状況』の項目がある。
日本では、交通情報のデータを受信する仕掛けがあって通行止めなどの情報も得られたんだけど、もちろんここは異世界だ。そんなもんあるわけがない。
だけど。
「お、通行止めマーク。ちゃんと出てるじゃねえか」
どういう仕掛けなのかね……マップもそうだけどさ。
だけどそのマークをタップした俺は、そこに出てきた表示で文字通り、凍りついた。
なぜなら。
《大型の羆の魔獣により被害発生中》
ヒグマの魔獣だって!?
アイコンの横には『i』のマークがあった。インフォーメーションだろう。
だけど、その項目をタップしてデータを見た俺は凍りついた。
「なんだ……これ」
データにあるヒグマのスペックは、こんな感じだった。
【リリン】
クリネル大ヒグマが魔物化し、さらに桁外れの戦闘力を得た魔物。
元の大ヒグマは人も襲うが、リリンは強大になりすぎて人族は食料たり得ない。
だけど怒らせると非常に危険。
立ち上がった身長: 約8m
前腕: 4本
な、なんだこの化け物!?
しかも、ゾッとしたのはそれだけじゃない。
道路脇の森の中に──そう、森の中だ。
そこに赤い光点──分析結果が『敵対』であるもの──が複数。
しかもそっちは種族が『人間族』と『水棲人』。
つまり。
よくわからんけどその化け物ヒグマは、意図的に路上に放たれた者だと?
「ちっ!」
俺は、なかば反射的に車をドライブポジションにいれ、ハンドルロックを解除した。
アイリスはどこに行った?
そうだ、行列の先頭に話を聞きに行ったはずで──!?
「っ!?」
刹那。
胸をしめつけるような痛みが俺を襲った。
なんだこれ。
アイリスに何かあったのか!?
俺はアクセルを全力で踏み込んだ。
俺の車、スズキエブリイは軽の箱バンだし、ターボすらもついてないやつだ。
当然、運動性能はそれなりに低い。
それはガソリンエンジンを廃して異星のエンジンに置き換えられてる俺の車だって同じ事──なぜならマザーは出力やエンジンフィールに至るまで、俺の元の愛車をそのまんま再現しているんだから。
だけど腐っても日本車。
いくらトロい車とはいえ荷物満載しているわけじゃなし、エンジン絶好調のやつをベタ踏み加速かましたら当然、タイヤを軋ませつつも無理くり走り出すのは至極当然。
驚いて硬直したり、あるいは暴走と勘違いして止めようと乗り出してくる隊商の男たちをすべて自己ベストの運転で一気にパスすると、全速力で行列の一番前に向かった。
だけど──そこで俺が見たものは──。
「っ!?」
……路面に転がってる、見覚えのある女の首。
そして。
倒れて血を流してる、見覚えのあるボロボロの女の体。
──そして。
それをいじりながら、見慣れぬ乗り物を警戒するようにこっちを見た巨大な化け物熊。
恐怖は感じなかった。
むしろ見た瞬間に頭のどこかがカチリと切り替わった、そんな気がしていた。
「……」
車を路肩に停止させた。
ドアをあけて外に出、ドアを閉じる。
次の瞬間、中に誰も入れないよう全部ロックをかけた。
……ああ、どうすればいいか今の俺には理解できる。
そう。
いかに宇宙人製アンドロイドの体といっても、構造的に人間を模している限りその能力には限界がある……それが普通だ。
だけど例のエネルギーは。
あれは、そんなシステムと関係ないものだ。
だからこそ、それを凌駕する──。
「グモォォォォォッ!」
ああ、俺の敵意に気づいたんだな。化け物熊がわめきだす。
だけど知ったことじゃない。
俺はその時になって、自分が獣のような唸りをあげているのに気づいた。
「てめえ……何やったのか理解してんだろうなぁ」
後になって気づいた事がある。
ここでどうして俺が絶望にとらわれたり、死んでるアイリスにとりすがって半狂乱にならなかったのか?
あるいは化け物熊への恐怖にやられなかったのか?
それはたぶんマザーが助けてくれると思ってたせいだろう。
だけど、生き返るからって殺された事には変わりない。
たしかに目の前でアイリスは死んでるけど、それは永遠の別れではない。
だからこそ、俺はくずれなかったんだと思う。
その代わりに俺を支配していたのは──怒り。
この瞬間、加害者である化け物熊への怒りに俺はたぶんキレた。
盛大に、かつてありえないほどにブチ切れた。
それ以外は何も考えてなかったと思う。
「グモォォォォォッ!」
「問答無用だこの野郎ぁぁぁぁ!!」
俺はその瞬間、体内のエネルギーを全身に満たした。
その状態で熊に駆け寄り、全力でケリを入れたのだった。




