砂漠
訂正:
× それは東大陸のさらに北にあるらしい。
○ それは東大陸のさらに東にあるらしい。
失礼しました。
中央大陸某所。
豊かな自然の中にある城塞都市の奥の王城。
豪奢な装いの王と思われる男と、数名の人間が話し合っていた。
「中央大陸の砂漠に異変だと?しかし魔力反応はないのではないか?」
「たしかに大きな反応はありません。
しかし、広域魔力計測担当によりますと、中型魔獣クラスの魔力を帯びた『何か』が、中央ハイウェイを飛竜なみの速度で移動しているようです。
しかも、少しずつですが反応が大きくなっているとも」
「ほう、つまり飛竜なみの速度でハイウェイを走っていると?
ということは、移動用アーティファクトか?」
「おそらくはそうかと」
王と男たちの目が、欲望にギラつきはじめた。
外見こそ、だいたい地球で言うところの封建社会を思わせる風景だが、地球ではありえない要素もたくさんあった。
まず、今はなき古代文明の産物。
彼らはこれらを作る技術を持たないが、研究都市国家が存在し、そこの研究成果として、この世界に通信装置や飛行機械など、いくつかのオーパーツ的な機器類が機能……国家間交渉用やギルドの連絡網運営など、特殊用途に限るが使われていた。
次に、地球にない『魔力』それによる『魔法』を駆使した各種の技術。
元々は別の世界からやってきた、意思を現象に変える力をもつエネルギー生命体。
それに『精霊』と名をつけ、共存した結果生まれた新たな文明の萌芽。
彼らにとり、異世界からの漂着民は、歩く金と資源の山だった。
この世界に来る異世界人は、漂着のさいに、まず確実に『精霊』に汚染されている……しかも、世界にあまねく広がる前の、ひどく濃厚な『精霊』にだ。
おそらく、世界間移動のさいに汚染されているのだといわれるが──彼らには原因など、どうでもいいことだ。
重要なのは、異世界人はあまねく莫大な魔力を秘めている事。
とらえて『魔力』を搾り取れば、寿命で死ぬまで強力なエネルギー資源として利用できるのだ。
だから誰もが夢中になる。
例外がいるとすれば、自身も膨大な魔力をもつ、極東の『魔族』や、その魔族と親しく交流している獣人族の一派くらいであろう。
──ただし、彼らは男が何者か知らない。
遠い星の戦闘システムという異物が転移に介在した結果、単なる異世界人とは異質な存在が顕現しているなど、もちろん彼らの知る由もないこと──。
男たちの会話は続く。
「異世界人にしては当人の魔力が小さいのだろう?
魔力源としての期待はできないと聞いておるが?」
「たしかに現時点ではその通りとなっておりますが、事情があり結論が出ておりませぬ」
「む?事情とは何だ?」
「この者、漂着時点ではなんの反応もなかった、すなわち魔力を持たなかったと推察されます。
しかし今は、こうして遠方から感知できるほどにふくれあがっておりますれば」
「ああなるほど、泳がせてみるべきと、あんたらは言うわけだね?」
「もちろん陛下のご意思が最上でございます」
「わかっておる、別にそなたらの忠誠を疑ったわけではないわ」
ふむ、と王は拳に自分の顎を乗せた。
「しかし飛竜なみの速度で走れるアーティファクトとは……それだけでも価値があるのう」
「しかり」
「それに王よ、たとえ今後の成長が見込めたとしても、手の届かないところで成長されては」
「そうじゃ、それはまずい。
魔族や獣人どもの手に落ちるのは避けねばな。
それで現在位置はわかるか?」
「最新の情報では、バラサ・オアシスの近郊ですが」
「ですが?」
「バラサに向かう側道に入りません、そのまま通過の可能性があります」
「なんだと?」
男たちが議論をはじめた。
「バラサに立ち寄らない?」
「しかし、バラサの向こうは補給できる場所などないぞ?」
「もしかして海に出るつもりではないか?」
「現時点では、ハイウェイをそのまま南に、シャリアーゼに向かっています」
「なんと……」
男たちは首をかしげていた。
中央大陸のどまんなかには、この世界最大の砂漠が広がっている。
そのせいで中央部には、バラサというオアシスの町がある他は完全な無政府地帯で、ここを逃すと砂漠を出るまで、食料はおろか水すらも手に入らない。
古代道ともいわれるハイウェイはたしかに通じているものの、補給なしで通れるのはプロの隊商くらいだろう。
そんな話をしている中、男のひとりが顔色を変えた。
「まさか……この速度でさらに、無補給で大陸を渡れるのか?」
「まさか!」
男たちは顔を見合わせた。
無理もない。
中央大陸の砂漠を無補給で、しかも単体で渡れるなど、ありえないことだ。
もし可能だとしたら、そのアーティファクトの価値は計り知れない。
「すぐに部隊を差し向けよ!シャリアーゼにも通達を飛ばせ!
ほかの国にとられる前に、異世界人とアーティファクトを確保するのだ!」
途中で死んだなら、誰かにとられる前にアーティファクトの回収を。
弱っているのなら、これもまた捕獲のチャンス。
そして、元気に通過してしまうほどの者なら──手遅れになる前に断固、手に入れねばならない。
「ゆけ!あらゆる手を尽くすのだ!」
「「はっ!!」」
男たちは一斉に、王に礼をした。
◆ ◆ ◆ ◆
「……はぁ、すっげえ光景だよなぁ」
外は、サハラかタクラマカンかって規模の超絶大砂漠。
そんな世界の中をぶち抜ける、日本のバイパスくらいの広さのハイウェイ……まぁセンターラインも何もないけどな。
ナビが指しているのは、この大陸最南端の国『シャリアーゼ』までのルート。
遠いのなんのって、まだ二千キロ以上向こうらしい……とんでもねえ距離だよなぁ。
さて。
このドライブの非現実さをかきたてるもうひとつは、車内の風景が普通に日本の車だって事。
車内風景は、日本で走っていた時の風景そのまま。
この、ものすごく日本と変わらない感じと──窓の外の、大陸横断紀行なトンデモビュー。
いやはや、凄いもんだよなぁ。
とはいえ。
「ま、慣れたかな?」
さすがに丸2日も走れば、見慣れた。
日本の国道を走る程度のペースで流しているが、平和なもんだ。
人間の順応力はすごいと思うよマジで。
変わらないといったが、大きく変わったところもある。
たとえば、走りのよさだ。
足回りがおデブになった大改造は、不整地や高速走行での安定度を劇的アップした。
風が吹いても全く揺らがないし、どっしりとした走りが非常に頼もしい。
うっかりハイウェイから外れてしまった時も、まるで平然と荒野を走り、ハイウェイに戻れたのには驚いた。
あれ元のエブリイだったら、そのままクラッシュしてただろう。
いやホント、マジですげーよ。
車重は間違いなく重くなっているわけだけど、そもそも燃費の心配がないし。
いや、そもそもガソリン車じゃないわけだし。
ディーラーのひとつもない今の環境では、燃費より頑丈さだよね、ホント。
「あ」
しまった、ディーラーといえば、えらいこと思い出しちまった。
俺のエブリイ、残価設定クレジットってやつがまだ終わってないんだった。
うわぁ……スズキのディーラーのお兄さん、さんざん世話になったのにゴメンな。
支払い中のオーナーが車ごと死亡……しかも土砂崩れってたぶん天災扱いだよね?
ほんとマジごめん。
ところで、この車にはカーナビがとりつけてある。
もちろん内容も日本の地図でなく、この星にあわせて改造されている──てかGPS衛星もないのにどうして作動するのか不思議だけど、もしかしたらマザーが代替え品を飛ばしてるのかもね。
で、表示されている近郊の街の名前は、バラサ。
砂漠のオアシスな町っぽいな。
だけど。
「──寄らない方がよさそうだな」
行けば、念願のファーストコンタクト。
だけど俺は行く気持ちになれなかった。
理由?
マザーからそういう指示をされているのもあるけど、それだけじゃないぜ。
送られてきた情報の中に、中央大陸の人間族国家の動きがあったんだよね。
内容は、こうだった。
【中央大陸の危険度】※危険度・高
中央大陸のほとんどの国家は、良くも悪くも人間族という単一種族の至上主義政策をとっている。
自分たち以外の種族は神が自分たちのために用意してくれた家畜という考え方であり、異世界人も例外ではない。
特に異世界から転移で転げ落ちてきた異世界人は、例のエネルギーに汚染される事で強い『魔力』を持っているケースが多い事から、捕まえて隷属させ、ケージに閉じ込めて生かさず殺さずで魔力を絞り続けるような事が普通に行われている。
すみやかにグレーゾーンの南大陸、あるいは比較的安全度の高い東大陸に移動を強く推奨。
いきなり、これなんだよね……。
さすがにビビった。
とにかく、さっさと抜けちまおうぜ。
マザーも目的地として魔族領を推奨しているけど、それは東大陸のさらに東にあるらしい。
つまり、はるばる旅するしかない。
当座の目的は決まったわけだけど、問題はどうやって行くか。
ここ中央大陸は、地球にあてはめるとヨーロッパだが、地球のヨーロッパよりはだいぶ巨大らしい。
そのかわり、地球のユーラシアのようにアジア、つまり東大陸と陸続きではないから、陸路で直接極東には行けない。
現実的なのは、南大陸経由で東大陸に行く方法。
中央大陸南端のシャリアーゼから、対岸の南大陸コルテアに渡る必要があるが、なんと地球の津軽海峡くらいの広さしかないそうだ。
で、南大陸と東大陸は陸路でつながっているので、これで東大陸のエマーン国へ行けるわけだ。
あとは──たくさんの国を通るので無事通れるかはわからないが、東大陸中央ハイウェイなるものを通って、魔族領の対岸に至る……これが今のところの全予定って事になる。
これってヨーロッパからアフリカ経由で中東にまわり、アジア各国を通って上海あたりまで行けって事じゃないか?
しかもその間の国も何も、現時点では漠然としかわかってない。
これ、地球レベルでも間違いなく大冒険旅行だよな?
出発しといてなんだけど、本当にたどり着けるのか俺?
と、そんな時だった。
「ん?何か接近してる?」
ナビに黄色い点滅……これって敵意で赤く、味方で青く映るんだっけ?
黄色や白は中立で……黄色ってことはこちらに関心はあるって事だよな?
うわ、めんどくさ……。
しかもこれ、飛ばさないと追いつかれるぞ。
どうする?
けど、振り切ろうという気持ちにはならなかった。
言葉が通じるかわからないけど、とりあえず話してみようと。